金と米ドルは、世界の金融を支える二つの柱として長い歴史の中で役割を変えながら存在してきました。どちらも価値保存の手段として語られる一方、その性質はまったく異なり、経済環境によって強さが入れ替わることがあります。たとえばインフレが意識される局面では金が評価され、流動性が求められる局面ではドルが選ばれるといったように、両者は常に市場心理とマクロ環境の影響を受けながら動いています。
2025年の世界は、高止まりする物価、複雑化する地政学、新たな通貨やデジタル資産の台頭など、不確実性が増す状況にあります。その中で、自分の資産をどこに置くかを考える際には、金とドルの強みと弱み、そして両者の相互補完性を理解しておくことが欠かせません。表面的な価格の上下ではなく、価値の源泉とその背後にある構造を捉えることで、揺れやすい環境でも長期的な判断軸を持つことができます。今回のテーマは、そのための出発点となる視点を整理していくものです。
*本記事は、特定の金融商品を推奨することを目的としたものではなく、2025年10〜11月時点で入手可能なデータや歴史的事実をもとに、金と米ドルの価値を多角的に整理するための情報提供を目的としています。ここで扱う将来シナリオや価格レンジは、過去の推移や現行の政策環境を前提にした一例であり、いずれも確定的な結果を示すものではありません。資産配分や投資判断は、読者の立場やリスク許容度によって大きく異なるため、最終的な判断はご自身の責任において行っていただくようお願いいたします。

【2025年11月更新】
目次
- はじめに
- 金とドルの歴史的背景
- 現代における金とドルの役割
- 金が持つ価値の源泉
- ドルが持つ価値の源泉
- 金とドルの価格変動要因
- インフレ・デフレと金・ドルの関係
- 10年後を見据えたシナリオ分析
- 金とドルの組み合わせ戦略
- 投資判断のヒント・リスク管理
- まとめ
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1. はじめに

金と米ドルは、世界の金融システムを支える二つの柱として長い歴史を歩んできました。どちらも資産保全や決済、リスクヘッジといった重要な役割を持ちながら、その価値の源泉は根本的に異なります。金は数千年にわたって価値を保ち続けた実物資産であり、希少性と歴史的信頼を背景にインフレや信用不安が高まる局面で存在感を増します。一方、ドルはアメリカの経済規模と軍事力、国際金融市場の深さを土台に、世界中の貿易や投資の基準となる基軸通貨として圧倒的な流動性を持ち続けています。
2025年の世界では、インフレの再加速懸念、FRBの金利政策の転換点、地政学的な不確実性、さらには各国が外貨準備として金を積み増す動きなど、多様な要因が複雑に絡み合っています。金とドルの強弱は、単なる価格の上下ではなく、国際秩序やマクロ環境の変化そのものを映し出す鏡でもあります。こうした状況を踏まえると、短期的な値動きに振り回されるのではなく、それぞれの資産がどのような環境で力を発揮し、どのようなリスクを抱えているのかを冷静に理解することが、10年先を見据えた資産配置を考えるうえで大きな意味を持ちます。金とドルをどちらか一方ではなく、補完し合う存在として捉える視点が重要になりつつある背景を、まずは丁寧に整理していきます。
2. 金とドルの歴史的背景

金とドルの関係は、現在の国際金融システムを理解するうえで欠かせない重要なテーマです。両者は長い歴史の中で立場を変えながら、時に支え合い、時に対立しながら世界経済の基盤を形作ってきました。かつては金が通貨価値の裏付けとして絶対的な存在でしたが、20世紀後半以降はドルが金に代わって世界の基軸通貨となり、決済と信用の中心へと移行しました。金本位制から管理通貨制度への転換、ブレトン・ウッズ体制の成立と崩壊、ニクソン・ショックなど、歴史的な転換点には必ず金とドルの力関係が影響しています。この章では、両者がどのように現在の姿へと至ったのか、その背景を時系列で整理していきます。
ブレトン・ウッズ体制と金本位制
第二次世界大戦後、各国の通貨制度を安定させるために築かれたのがブレトン・ウッズ体制でした。1944年の会議で合意されたこの枠組みは、各国通貨をドルに固定し、ドルは1オンス=35ドルで金と交換することを保証するという、事実上の金ドル本位制ともいえる仕組みを採用しました。各国はドルと交換できる金を基準に通貨の価値を保ち、ドルは金を裏付けとする唯一の通貨として国際金融の中心に位置づけられました。この体制の狙いは、戦後の混乱を収束させ、通貨の信認を守りながら世界貿易を再活性化させることにありました。
しかし、1950年代後半からアメリカの経常赤字拡大や海外軍事支出の増加により、世界に出回るドルの量が金準備量を上回り始めます。各国がドルを金に交換しようとする動きが強まり、交換保証の維持は次第に難しくなっていきました。最終的に1971年、ニクソン大統領が金との交換停止を宣言したことでブレトン・ウッズ体制は崩壊し、世界は金本位の時代から管理通貨制度へと移行しました。この出来事は、金とドルの関係が歴史的に大きく転換した瞬間であり、今日の為替制度の原点といえる重要な節目となりました。
ドルの基軸通貨としての確立
ブレトン・ウッズ体制が崩壊し、ドルが金との交換を停止した後も、ドルが世界の中心通貨としての地位を失うことはありませんでした。むしろ1970年代以降、ドルは金という制約から解放され、アメリカの経済力・軍事力・金融市場の厚みを背景に、基軸通貨としての存在感を強めていきました。特に、ニューヨークを中心とする資本市場の規模は他国を圧倒し、国際貿易の決済通貨としてドルが用いられる割合は現在でも圧倒的多数を占めています。1970年代後半には、産油国との合意により原油取引がドル建てで行われる「ペトロダラー体制」が確立し、エネルギー資源という世界の基礎産業の価格決定がドルに結びついたことで、需要と流通量はさらに拡大しました。各国中央銀行が外貨準備の中心にドルを置き続けているのも、深い金融市場と高い流動性を通じて、国際的な安全資産としての役割を果たし続けているからです。これらの要因は相互に作用し、ドルの信用と利便性を高め、人民元など新興通貨が台頭してきた現在でも地位が揺らぎにくい構造をつくり上げています。ドルはもはや金の裏付けを必要としない「信用の通貨」として、現代の国際金融システムに深く組み込まれた存在となっています。
3. 現代における金とドルの役割

現代の金融市場において、金とドルはそれぞれ異なる理由から揺るぎない存在感を持っています。金は長い歴史に裏打ちされた価値と希少性を背景に、インフレや地政学リスクが高まる局面で資産保全の受け皿として注目されやすく、ドルは基軸通貨として国際貿易や投資、外貨準備の中心を担い、圧倒的な流動性と信用力を維持しています。近年は中央銀行が金保有を増やす動きが続く一方、国際決済におけるドルの利用比率は依然として高く、両者はそれぞれ異なる役割を果たしながら世界経済を支えています。こうした力学を踏まえることで、金とドルが資産形成にどのような示唆を与えるのかが見えてきます。
金の現代的役割
現代における金の役割は、単なる歴史的遺産としての価値にとどまりません。金は通貨や金融商品のように発行主体が存在せず、政治的意思によって価値が左右されないという特性を持っています。この独立性こそが、金融市場が不安定化したときに投資家が金を選択する理由のひとつです。特にインフレ圧力が高まる局面や、実質金利が低下する環境では、金の価値保存機能が強く意識されます。また近年は地政学リスクの高まりやサプライチェーンの変化を背景に、中央銀行が金準備を積み増す動きが続いており、金の国際的需要は構造的に底堅さを増しています。金は利息を生まない資産である一方、長期で見ると通貨価値の低下を補う形で上昇してきた実績があり、歴史上の大きな危機でも価値を完全に失ったことはありません。さらに、ETFなどを通じて流動性が大幅に向上したことで、現物資産でありながら売買しやすくなった点も、現代市場における重要な特徴といえます。金融政策や景気サイクルとは独立した価格形成をする金は、ポートフォリオ全体の分散効果を高める役割を持ち続けており、さまざまな経済環境の中で資産価値の安定に寄与しています。
ドルの現代的役割
ドルが現代の国際金融において果たしている役割は、単なる通貨の枠を超えたものになっています。基軸通貨としての地位は、アメリカ経済の規模や軍事力だけでなく、世界最大の資本市場が提供する深い流動性によって強固に支えられています。国際貿易の決済通貨として最も多く利用され、外貨準備に占める比率も依然として圧倒的に高い状況が続いていることは、ドルの信認が長期にわたり維持されている証拠といえます。さらに、米国債市場は世界最大の安全資産供給源となっており、金融ショックや景気後退の局面では「質への逃避」としてドル需要が高まる傾向があります。加えて、ドル建てで取引される原油や主要コモディティの存在も、世界の経済活動におけるドル需要を半永久的に生み出す仕組みとなっています。他方で、人民元やユーロの存在感が高まる中でも、決済インフラの整備状況、法制度の透明性、金融市場の開放度などを踏まえると、ドルに匹敵する通貨は依然として限られています。金融政策の方向性や実質金利の動向が世界の資金フローを左右するなど、ドルは単なる通貨を超えた“国際金融の基準”として機能し続けています。
4. 金が持つ価値の源泉

金の価値は、単に価格が高いという理由だけで説明できるものではありません。通貨のように発行主体が存在せず、政治や金融政策による恣意的な価値変動から距離を置ける点が、金を独自の資産として際立たせています。希少性、歴史的信頼、実需の安定といった複数の要素が重なり合い、世界中で価値保存手段として受け入れられてきました。物価上昇や通貨価値の下落が避けられない長期の視点では、金の“純粋な実物性”がポートフォリオを支える役割を果たす場面も少なくありません。こうした背景を踏まえ、金という資産がどこから価値を獲得しているのかを整理していきます。
希少性
金の希少性は、その価値を支える最も基本的で揺るぎない要素です。地球上に存在する金の総量は限られており、可採埋蔵量は年々減少しています。現在の年間産出量は世界全体でおよそ3,500トン前後とされ、これは全ストック量のわずか1〜2%程度にすぎません。供給量を中央銀行や政府が任意に増減させることができる通貨とは根本的に異なり、地質学的な制約が金の価値を長期的に支えています。
また、新たな鉱山の開発には数十年単位の時間と巨額のコストが必要であり、環境規制の強化も相まって、急激に供給が拡大する可能性は極めて小さいと言えます。さらに、リサイクルを含めた二次供給も増加してはいるものの、価格上昇局面でも供給量が大きく跳ね上がることはほとんどなく、金市場は構造的に供給が硬直的です。この硬直性が、インフレや金融不安の高まりによって需要が増えた際に価格が上がりやすい仕組みをつくっています。希少であることは単なる数量の問題ではなく、供給量を恣意的に増やせない“制約”そのものが、長期の価値保存手段としての信頼につながっています。
歴史的・文化的価値
金が長い期間にわたり価値を認められてきた背景には、歴史的・文化的な蓄積があります。古代文明では金は神聖性や権力の象徴として扱われ、エジプト、メソポタミア、ローマ帝国など、世界各地で通貨・装飾・宗教儀式の中心的な存在でした。腐食せず、美しい光沢を保ち続ける物質的特性が、富と永続性の象徴としての位置づけを強めてきました。また、中世から近代にかけては金貨が各国の通貨として直接流通し、金が経済の基盤を支える役割を果たしてきたことは、現在の投資家が金に対して持つ信頼の根源にもつながっています。
国家間の信用が不安定な時代には、金はいざというときに価値を保持できる“最後の拠り所”として評価され、戦争や財政危機が起きてもその価値がゼロになったことはありません。文化的にも、金は富や繁栄を象徴する素材として世界中で受け入れられ、婚礼や祭礼など人生の節目に使用され続けてきたことで、日常生活の中にも価値観として深く根づいています。こうした歴史的・文化的文脈が積み重なることで、金は単なるコモディティを超えた普遍的な価値を持つ資産として現代にも引き継がれています。
工業・装飾品としての需要
金の価値を支える要素として、工業用途や装飾品としての安定した実需も無視できません。金は電気伝導性が高く、腐食しにくいという特性を持つため、電子部品・半導体・通信機器など、現代産業の中核を担う製品に広く利用されています。特にスマートフォンや高性能サーバー、EV関連部品など、需要が増え続ける分野では不可欠な素材となっており、景気循環に左右されにくい構造的な需要が存在します。また、宝飾品需要はインドや中国を中心に大きな市場を持ち、文化的・宗教的な背景から金製品の需要が一定水準で維持される傾向があります。
これらの国々では、金は資産としての保有だけでなく、贈答品や婚礼文化にも深く結びついており、価格変動があっても需要がゼロになることはほとんどありません。工業用途と装飾品需要の両面があることで、金市場には長期的な安定感が生まれています。この実需は投機的な取引から独立した需要源として機能し、金融市場の不安定期でも金の価値が完全に崩れにくい理由のひとつとなっています。
5. ドルが持つ価値の源泉

ドルの価値は、単なる紙幣としての存在を超え、世界経済の信認構造そのものと深く結びついています。アメリカの経済規模と軍事力、法制度の透明性、そして世界最大の資本市場が提供する流動性が、ドルを国際金融の中心に押し上げてきました。国家間の貿易決済、外貨準備、国際投資、コモディティ取引まで、ドルが利用される場面は圧倒的に多く、通貨としての信用は長年にわたり維持されています。こうした背景から、ドルは単なる通貨ではなく、「世界が最も信頼している決済インフラ」として機能し続けています。
信用と信用創造
ドルの価値を支える根幹は、アメリカという国家そのものへの信用と、金融システムが持つ信用創造の仕組みにあります。まず、アメリカは世界最大の経済規模と高い生産性、強固な法制度を備えることで、ドルに対する長期的な信認を形成してきました。国債市場は世界で最も規模が大きく、流動性も圧倒的であり、安全資産としての米国債を購入する行為そのものがドル需要を生み出す構造になっています。また、ドルは管理通貨制度のもとで発行量をアメリカ自身が調整できるため、経済危機の際には量的緩和を通して潤沢な流動性を供給し、金融システムを維持する力を持っています。
この柔軟性は金本位制では不可能だった点であり、信用創造の仕組みがドルを現代経済に適した通貨にしています。銀行は預金をもとに貸し出しを行い、貸出金が新たな預金を生むことで通貨量が増えるという信用創造のメカニズムが働きます。その結果、ドルは実体経済の規模に合わせて拡大することが可能となり、国際取引や金融市場で圧倒的な利便性を発揮するようになりました。ただし、この仕組みは同時にインフレリスクや財政悪化の影響も受けやすく、信用が揺らぐ局面ではドルの価値が不安定化する可能性もあります。信用と供給の柔軟性、この二つの要素がドルの強さを形づくる一方で、リスクの源泉にもなっている点は押さえておく必要があります。
世界経済の中枢・基軸通貨
ドルが世界経済の中心に位置づけられる理由は、アメリカの経済力だけでなく、国際金融システム全体がドルを基準に設計されてきた歴史的経緯にあります。国際貿易の多くはドル建てで行われ、特に原油をはじめとした主要コモディティは長年にわたりドルで価格が決まっています。各国の中央銀行が保有する外貨準備の約半分をドルが占める状況は、ドルが依然として“世界で最も必要とされる通貨”であることを示しています。また、米国の資本市場は圧倒的な規模と透明性を持ち、企業や政府はドル建てで資金調達を行いやすい環境が整っています。
さらに、国境を越えた資金移動を支える決済インフラ、SWIFTや欧米系銀行ネットワークの多くがドルと強く結びついており、ドルが世界の金融システムの血流のような役割を果たしています。こうした仕組みの中で、ドル需要は構造的に生まれ続け、危機の際には“安全資産”として買われやすい特徴も持ちます。一方で、ドルの覇権は永続的に保証されるものではなく、地政学的対立やアジア諸国の台頭、人民元建て取引の拡大といった潮流が長期的な変化を促す可能性はあります。しかし現時点では、ドルに代わる同等の流動性と信用力を備えた通貨は登場しておらず、世界経済の中心的存在としての地位は揺るぎない状態が続いています。
6. 金とドルの価格変動要因

金とドルの価格は、それぞれ独立した要因で動いているように見えて、実際には金利、インフレ、地政学リスク、世界の流動性環境など多くの共通要素によって相互に影響を受けています。金は実質金利の低下や不確実性の上昇で買われやすく、ドルは金利差や安全通貨としての需要によって強弱が左右されます。金融政策の転換や市場のセンチメントの変化によって両者の関係は大きく揺れ動くため、単純な逆相関として理解するだけでは十分ではありません。価格変動の背景を体系的に把握することで、長期的な資産配置の判断により深みを持たせることができます。
金利動向
ドルの価格は金利と深く関係しています。アメリカの中央銀行(FRB)が金利を上げればドルの需要が高まりやすく、逆に金利が下がればドルから他の資産に資金が流れやすくなります。金は利息を生まない資産ですが、ドル金利が低い局面では「ドルを持っていても利息が少ないから、金に資金を移そう」という動きも起こりやすいです。
2025年11月時点での金価格はおよそ$4,000/oz台で推移しており、直近(11月20日時点)では約$4,058.29/ozと過去最高水準に近い。リーマン・ショック直後の2008年末には約$700台まで急落した後、2011年には一時$1,900超へ上昇した。そこから2015年頃まで低迷し、2020年の新型コロナ下では安全資産需要の高まりで$1,943.93の史上最高値を付けた。2022年はFRBの利上げ局面などで一時下落したものの、2023年以降は再び上昇に転じた。特に2025年は強い上昇局面となり、3月には約$3,086/ozの高値を付け、10月20日には$4,381.22/ozの新史上最高値を記録した。年初から約55%上昇するなど急騰し、背景には依然として高インフレや地政学リスクが安全資産需要を刺激していることが挙げられる。
- 2020年7月: 新型コロナ下で$1,943.93/oz(当時の史上最高値)
- 2025年3月: 貿易・地政学リスクで一時$3,086を超える
- 2025年10月20日: $4,381.22/ozの史上最高値更新(年初比+55%)
- 2025年11月20日: $4,058.29/oz(前日比0.6%安)
2025年11月17日時点の米ドル指数(DXY)は約99.57とやや低下している。2010年代以降、DXYは概ね70台半ば~100のレンジで推移し、欧州債務危機時の2011年に70台前半に落ち込んだ後、2014年ごろから100前後に回復した。2020年のコロナ初期には再び100を突破し、2022年9月には114.78まで急伸して20年ぶり高値を記録した。その後2025年前半にかけて反落し、上半期で約11%低下した。長期的には20年間で約10%上昇しており、依然としてドル高基調が続いている。
- 2022年9月: 114.78(20年ぶり高値)
- 2025年11月17日: 99.57
景気・金融政策
景気循環と金融政策は、金とドルの価格に最も広範な影響を与える要因の一つである。景気が過熱しインフレ圧力が高まると、中央銀行は金利を引き上げ、ドルは金利差の拡大によって買われやすくなる。一方で、政策金利の上昇は金にとって逆風となりやすい。金は利息を生まないため、債券利回りが上昇する局面では相対的な魅力が低下しやすいからだ。しかし経済が減速し、利下げサイクルに入ると状況は一転する。2024年後半から2025年にかけてのアメリカはまさにこのパターンで、FRBは高インフレ沈静化を確認しつつ段階的な利下げを実施し、政策金利は3.75〜4.00%まで低下した。
インフレ率は3%前後にとどまっているため、実質金利は大きく上昇しておらず、金は価格上昇の余地を維持している。この環境下で、金は2025年10月に史上最高値の4381ドルを記録した。一方でドル指数(DXY)は利下げによる金利差縮小の影響で100を割り込み、約99前後まで低下している。景気減速、政策転換、不確実性の高まりは金を押し上げ、ドルを押し下げる要因として同時に作用することが多い。景気や政策のサイクルを読むことは、両者の価格変動を理解するうえで欠かせない視点となる。
2025年9月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比+3.0%となった(10月分は政府閉鎖の影響で不明)。2021年以降の推移を見ると、2021年は+7.0%、2022年は+6.5%と高水準で推移し、2023年末には+3.4%まで低下した。いずれもFRBの物価目標2%を大きく上回っており、2025年も2%超の高インフレ環境が続いている状態だ。
- 2021年: +7.0%
- 2022年: +6.5%
- 2023年: +3.4%
- 2025年9月: +3.0%
現在のFF金利ターゲットレンジは3.75~4.00%に設定されている。2022年3月以降、FRBは高インフレ抑制のため大規模な利上げサイクルに入り、2023年半ばまでに累計9回以上の利上げでFFレートを5.00–5.25%まで引き上げた。その後、2024年下旬から利下げに転じ、2025年9月と10月にそれぞれ0.25%ずつ利下げして現在の水準に低下している。市場では2026年前半にも追加利下げを織り込んでおり、年末までに政策金利が3%前後に低下すると見る向きが多い(モルガン・スタンレーは3.00–3.25%を予測)。
地政学リスク
地政学リスクは金とドルの両方に安全資産としての需要を生み出すが、その性質は異なる。紛争、テロ、政情不安、サプライチェーンの混乱といった事象が生じると、投資家はリスク回避姿勢を強め、信用度の高い資産へ資金を移す傾向がある。金が支持されるのは、国家の信用に依存せず保有そのものが価値を持つ“実物資産”であるためだ。社会不安やインフレが意識される局面では、金は歴史的に強さを発揮しやすい。
一方、ドルも安全資産としての地位を確立しており、特に金融市場が急激なストレスに直面する際には、短期債や現金需要の高まりを背景にドル買いが進む構造がある。2025年に金価格が史上最高値を更新した背景には、複数地域での地政学的緊張と、供給網の再編に伴う不確実性の高まりが影響していた。同時期にドル指数が100を割り込んだのは金融政策の影響が大きいが、局所的なショックが発生すれば瞬間的にドル買いが発生する場面も散見された。地政学リスクは短期的な相場を大きく揺らしながら、中長期的には“安全資産としての分散需要”を強めるため、金とドルの双方に重要な影響力を持ち続けるテーマである。
7. インフレ・デフレと金・ドルの関係

インフレやデフレといった物価動向は、金とドルの価値に最も直接的な影響を与える要因の一つである。金はインフレ局面で購買力の維持に寄与しやすく、実質金利が低下するほど相対的な需要が高まる。一方ドルは、物価上昇に対応するための利上げや金融引き締めを背景に強くなることが多く、金とは逆方向に動く局面がしばしば見られる。デフレ環境では流動性への需要が高まるため、ドルが選好されやすく、金は利益確定売りに押され弱含む場合がある。物価情勢の変化は投資家心理と金融政策の双方を揺り動かすため、金とドルを理解するうえで欠かせない視点となる。
インフレ環境での金とドル
インフレが加速する局面では、金とドルはしばしば対照的な動きを見せる。金は実物資産であり供給量が限られているため、貨幣価値が低下する環境では購買力を維持する手段として需要が高まりやすい。特に実質金利が低下すると、金は利息を生まないという弱点が相対的に薄まり、資金が流入しやすくなる。2021年以降のアメリカでは物価上昇率が高水準を維持し、2025年もCPIが3%前後で推移する中、金価格は安全資産需要の高まりと実質金利の低位安定を背景に歴史的な急騰を見せた。
一方、ドルはインフレ抑制のための利上げ局面では金利差の拡大によって強含む傾向があるが、利上げがピークアウトし市場が利下げを織り込み始めると一転して弱含みやすい。FRBが2024年後半から利下げを開始し、2025年には政策金利を3.75〜4.00%まで引き下げたことでドル指数(DXY)は100を割り込み、金とドルの力関係は再び変化した。インフレ局面は金とドル双方に異なる形で影響を与えるため、二つの資産を同時に観察することで市場の根底にある力学を読み取りやすくなる。
デフレ(または低インフレ)環境での金とドル
デフレや低インフレ環境では、金とドルの需給バランスはインフレ局面とは大きく異なる形で推移する。物価が下落する、あるいは上昇率が著しく鈍化する状況では、企業収益や経済活動に不透明感が強まり、投資家はより流動性の高い資産を求める傾向がある。ドルは世界の基軸通貨であり、国際決済や短期資金の受け皿として機能するため、デフレ局面では資金がドルに集中しやすい。特に金融市場がリスクオフに傾斜すると、キャッシュや短期国債への需要が高まり、結果としてドル高が進む構造が形成される。一方、金はインフレヘッジとしての需要が弱まるため、短期では軟調に推移することが多い。
ただし、デフレ局面が長期化し金融システム不安が意識される場合には、金が“通貨そのものの信用リスクに対するヘッジ”として再評価される場面も少なくない。歴史的には2008年のリーマン・ショック後が典型で、短期的にはドル高が進んだものの、金融不安が深まるにつれ金にも資金が向かった。つまり、デフレ局面では金とドルの力関係が単純に整理できないことがあり、投資家は物価動向だけでなく金融市場のストレス度合いを総合的に判断する必要がある。
スタグフレーション環境での金とドル
スタグフレーションは、物価が高止まりする一方で景気が減速するという、投資家にとって最も厄介な局面の一つである。金利を引き上げれば景気がさらに悪化し、金利を下げればインフレが悪化するため、中央銀行は有効な政策手段を取りづらくなる。こうした環境下では、金とドルの動きにも特有のパターンが生まれやすい。まず金は、実質金利が低下しやすくなるうえ、通貨価値そのものへの不安が高まるため、買われやすい。供給量が限られ、信用リスクに左右されない金は、スタグフレーション下で歴史的に強さを発揮してきた。1970年代のアメリカでは、インフレの再燃と景気低迷が重なるなかで金価格が急騰したことがその典型例である。
一方ドルは複雑な反応を示し、短期的には流動性需要から資金が集まる場面もあるものの、長期的にはアメリカ経済の停滞や財政悪化が意識されれば売られやすくなる。2025年の世界経済でも、供給制約の継続や地政学リスクの増大を背景に、スタグフレーションの再来を懸念する声が高まっている。DXYは100を割り込み弱含む一方、金は史上最高値を更新し続けている。同じリスクオフ環境でも、インフレを含む“悪い物価上昇”が伴う場合には、ドルよりも金が強い資産として評価されやすい。スタグフレーションは現代の投資家にとっても避けられないシナリオの一つであり、この局面では金が価値保存の中心的役割を担う可能性が高い。
8. 10年後を見据えたシナリオ分析

10年先を見据えた資産配分を考えるとき、金とドルの将来像を単一のストーリーで語ることは難しい。世界経済は常に循環し、インフレ、金利、景気、地政学、技術革新といった要因が複雑に絡み合いながら変化していくためだ。金は信用リスクに左右されない実物資産として価値を持ち続ける一方、ドルは基軸通貨としての機能を維持しつつも、多極化やデジタル化といった潮流の影響を徐々に受けていく可能性がある。複数のシナリオを並行して考えることで、どの環境でも資産価値が大きく毀損しないポジションを準備することができる。将来の不確実性が増す今こそ、金とドルの“役割の違い”を前提にした多層的な視点が求められる。
シナリオ1:アメリカの覇権維持
アメリカの覇権が今後10年間維持されるシナリオでは、ドルは依然として国際金融の中心にあり続ける可能性が高い。基軸通貨としての流動性、巨大な資本市場、軍事力と同盟ネットワーク、そして高度なテクノロジー産業が支える生産性の高さは、ドルへの根強い信任を支える要因である。国際貿易決済の大半がドル建てで行われ、外貨準備の多くを各国がドルで保有している構造は一朝一夕では変わらない。このシナリオでは米国経済が安定成長を続け、FRBも緩やかな金利調整を通して市場の信頼を保ち続けるため、ドル指数(DXY)は現在の90〜100台を中心としたレンジで推移することが想定される。
一方、金はドル覇権が揺らがない環境でも一定の役割を果たし続ける。実質金利が低位に安定する局面や地政学リスクの上昇時には、金は依然として価値保存の手段として選ばれやすい。ただし、ドルが強い状態では金の急騰は起こりにくく、4000ドル台の高値圏に達した2025年比では、上昇余地は限定的になる可能性がある。つまり、アメリカの覇権維持シナリオは、ドルにとって追い風となり、金には“保険資産としての安定需要”が続く構図となる。投資家にとっては、ドル建て資産の比率を確保しつつ、金を補完的に保有するという戦略が妥当性を持ちやすい環境と言える。
シナリオ2:多極化する世界とドル覇権の低下
世界が多極化し、ドル覇権が緩やかに低下していくシナリオでは、アメリカ一極の金融秩序から、複数の経済圏が共存する構造へ移行していく。BRICS諸国は自国通貨建て取引の拡大や共通通貨構想を進め、資源国を中心に人民元建て貿易の比率も徐々に増えている。欧州も独自の金融インフラ整備を進め、アジアではインドが成長力を背景に国際取引での影響力を強めつつある。こうした動きはドル需要をゆっくりと押し下げる方向に働き、外貨準備におけるドル比率は中長期的に減少する可能性がある。
ただし、流動性・安全性・市場規模の点でドルに代わる通貨は依然として存在せず、急激な覇権の崩壊が起きる可能性は高くない。ドル指数(DXY)は80〜95程度の広いレンジで揺れ動き、時期によっては新興国通貨やユーロが局所的に強さを見せると考えられる。一方、金にとってはこの環境が追い風となり、国家の外貨準備における金保有比率の上昇が続く可能性が高い。米国の影響力が薄まる世界では、信用リスクに左右されない資産への需要が高まり、金は“通貨間の勢力バランス変化に対するヘッジ”として重要性を増す。金価格は実質金利次第ではあるものの、長期的には底堅い推移となり、ドルの緩やかな弱体化と共に相対的価値を高めていくシナリオとなる。
シナリオ3:デジタル資産・CBDC(中央銀行デジタル通貨)の普及
デジタル資産やCBDCが普及するシナリオでは、通貨と決済インフラの構造が大きく変わり、金とドルの位置づけにも新たな力学が働くようになる。主要国はすでにデジタル通貨の実証実験を進めており、特に中国のデジタル人民元は実装段階に近づきつつある。各国がCBDCを導入すれば、国際送金の効率化や資本移動の透明性が高まり、既存のドル中心の決済網への依存度が徐々に低下する可能性がある。ただし、流動性・信用力・市場規模という基軸通貨の要件を満たすデジタル通貨は現時点で存在せず、CBDCがすぐにドル覇権を揺るがすシナリオは考えにくい。
一方、民間の暗号資産は投機的性質が強く、価値保存の手段としては不安定な側面が多いが、デジタル社会における資産の一つとして一定の存在感を保ち続ける。金にとっては、このデジタル化の潮流がむしろ追い風となる可能性がある。通貨や決済がテクノロジーに依存する度合いが高まるほど、国家信用やシステムリスクに左右されない実物資産としての魅力は相対的に増し、外貨準備としての金保有を強化する国も増えるだろう。ドルはデジタルドルの導入によって利便性を高めつつも、競合通貨の登場によって相対的な影響力が緩やかに低下する構造が想定される。デジタル化の進展は、金とドルが担う役割の境界線を再定義する可能性を秘めている。
さらに深掘りしてみると
シナリオごとの大枠を押さえたうえで、もう一段細かく金とドルの動きを見ていくと、インフレ率や実質金利、ドル指数、金価格の水準にはそれぞれ現実的な「レンジ」が存在していることが見えてきます。将来を点で当てにいくのではなく、あり得る価格帯や水準感を幅として捉えておくことで、自分のポジションがどのシナリオに強く、どのシナリオに弱いのかを冷静に評価しやすくなります。ここから先は、ベースライン、スタグフレーション、デジタル化進展といった複数パターンを想定しながら、金とドルがどのゾーンに収まりやすいのかを少しだけ数字も交えてイメージしていきます。
ベースライン・シナリオ(確率50%)
ベースライン・シナリオでは、世界経済が急激な変動を避けつつ、緩やかな成長とインフレの安定を維持し、ドル覇権も大きく揺らがず継続すると見られる。この環境では、アメリカのインフレ率はおおむね2〜3%台で推移し、FRBの政策金利も3%台後半を中心とした水準に収まりやすい。実質金利はプラス圏ではあるものの高止まりせず、長期的に0〜1%程度の帯で落ち着くため、金の上昇ペースは2025年のような急騰にはなりにくい。
金価格は3000〜4500ドルのレンジで推移し、地政学リスクが高まる局面では上限に近づき、金融緩和が行われる局面では強含む可能性がある。一方ドル指数(DXY)は90〜105の幅を中心に動く余地が大きく、利下げ局面では下限に近づき、アメリカ経済の底堅さが意識される局面では上昇する構図が続く。多極化は進むものの急進的な覇権の変化は起こらず、ドルの流動性優位は維持される。このシナリオでは、金とドルの両方を組み込んだ分散戦略が最も効果を発揮しやすく、資産価値の安定性を確保しつつ、長期的な変動にも対応しやすい環境となる。
スタグフレーション・シナリオ(確率30%)
スタグフレーション・シナリオでは、世界的な供給制約や地政学リスクの長期化によって物価が高止まりし、同時に実体経済の減速が進むため、金とドルの力学は大きく変化する。アメリカのCPIは2%を十分に下回れず、3〜4%台の粘着的なインフレが続き、FRBは景気悪化を避けるために大幅な利上げができず、実質金利は再び低下する。政策金利は3%台前半まで下がる一方で、物価が鎮静化しないため、金融政策は常に「後手」に回りやすい構造となる。
この環境では、金は価値保存の最重要資産として再評価され、価格は4500〜6000ドルのレンジに入り込む可能性がある。信用リスクに依存しない金の強みが際立ち、中央銀行の金購入も増加する。一方のドルは短期的にはリスク回避から買われる局面があるものの、長期的にはアメリカの財政悪化や実質金利の低下が意識され、DXYは80〜95の不安定な帯で推移しやすくなる。ドルの“安全資産”としての立場は維持されるものの、インフレ環境ではその購買力が毀損しやすく、金に比べて優位性が揺らぎやすい。投資家にとっては、インフレと景気停滞のダブルリスクに備えるために、金の比率を高めたポートフォリオが相対的に効果を発揮しやすい局面といえる。
デジタル革新・低インフレシナリオ(確率20%)
デジタル化が加速し、CBDCが本格的に普及するシナリオでは、通貨・決済・資産の概念が再定義され、金とドルの役割も大きく変わっていく。各国が独自のデジタル通貨を導入することで国際送金が効率化され、ドル中心の決済システムへの依存度はゆっくりと低下する。特にアジアや中東では、資源取引や貿易フローの一部が人民元や他通貨へシフトし、ドルのシェアは長期的に縮小する可能性がある。ただし、圧倒的な流動性と市場規模を持つドルを代替する通貨は現状存在せず、覇権交代が一気に起こるシナリオは考えにくい。
DXYは85〜100のレンジでボラティリティが高まり、国際政治や技術標準の競争で揺れ動く。一方、金はデジタル化の進展によって安全資産としての強みがむしろ際立つ。通貨や決済が高度にデジタル化し、ハッキングやシステム障害、国家の監視強化などの新しいリスクが顕在化するほど、信用リスクに左右されない実物資産として金が選好されやすい。金価格は3500〜5500ドルの幅で推移し、中央銀行の金需要はさらに増える可能性がある。デジタル化の波はドルの相対的な影響力を薄めつつ、金の存在価値を改めて浮かび上がらせる構図となる。
9. 金とドルの組み合わせ戦略

金とドルは互いに異なる性質を持ちながら、長期の資産構築においては補完し合う関係にある。金はインフレや信用不安に強く、ドルは流動性と決済基軸としての安定性を備えているため、どちらか一方に寄せすぎると特定のリスクに脆弱になりやすい。10年スパンで資産を守るという視点では、この二つをどの割合で組み合わせるかがパフォーマンスだけでなく“耐久性”にも影響する。景気サイクル、金利環境、地政学リスク、デジタル化など複数の変動要素を踏まえたうえで、どの局面でも資産価値が大きく毀損しない構造を作ることが重要だ。金とドルの役割の違いを理解し、環境に応じた適切なバランスを考えることが、長期投資における安定性を高める鍵となる。
保有比率の考え方
資産配分を考える際に最も重要なのは、金とドルを「どちらを多く持つか」ではなく、「どのリスクに備えたいのか」を起点に比率を調整する視点である。金はインフレや地政学リスク、金融システム不安に強く、ドルは流動性と国際決済通貨としての安定力を持つ。そのため、金の保有比率を高めればインフレ耐性や安全資産としての価値は強まるが、価格変動が大きいため短期的なボラティリティを受けやすい。
一方、ドル資産を厚くすれば為替変動から得られる収益や世界の基軸通貨の安定性を享受できるが、金利低下局面やドル安トレンドでは資産価値が押し下げられる可能性がある。一般的な長期スタンスの投資家であれば、金は全体の5〜15%、ドル建て資産は10〜30%程度といった枠組みが一例として挙げられるが、あくまで状況に応じて変動させる柔軟さが必要である。インフレ加速や地政学リスクが強まる局面では金の比率を高め、逆に景気回復や金利上昇が継続すると判断するならドル資産を厚めに持つなど、環境に応じた“可変的な配分”こそがリスクに強いポートフォリオにつながる。
為替リスク
ドル資産を保有する場合、避けて通れないのが為替リスクである。ドルの価値は金利政策や景気サイクル、地政学リスク、国際資金の流れによって常に変動するため、円換算したときの評価額が上下しやすい。たとえばアメリカの利下げ局面ではドル金利の魅力が薄れ、資金が他の通貨や資産に流れることでドル安が進みやすい。一方、金融危機や有事が発生するとドル需要が急増し、短期的に大きく円安方向へ動くこともある。
このようにドルは環境によって強弱がはっきり表れやすいため、保有比率が高いほど為替変動の影響を強く受けることになる。さらに、金も国際的にはドル建てで取引されるため、金価格が上昇しても円高が同時に進むと日本円ベースでは伸びが抑えられるケースがある。したがって、金とドルの組み合わせを考える際には、「ドルそのものの価格変動」と「円との為替レート変動」という二層構造のリスクを理解し、どの程度の影響を許容できるかを明確にしておくことが欠かせない。適切な比率設定や、複数の通貨建て資産を併用することで、過度に特定通貨に依存しないバランスの良い資産構造をつくることが、長期的な安定性につながる。
10. 投資判断のヒント・リスク管理

金とドルはいずれも世界的に重要な資産クラスだが、それぞれが持つリスクとリターンの性質はまったく異なる。金はインフレや有事に強い一方で利息を生まない資産であり、ドルは流動性と信用の高さを武器にしながらも、為替変動や金利サイクルの影響を受けやすい。こうした構造的な違いを踏まえると、投資判断では単に「どちらを買うか」ではなく、「どのような環境で、どの程度の比率で組み入れるか」を考えることが重要になる。10年という長いスパンを見据える場合、個々の価格変動よりも、経済環境や金利動向、地政学情勢に応じて資産の役割がどう変化するかを理解し、リスクを過不足なく管理する視点が欠かせない。今後の不確実性が増す局面でこそ、金とドルをどう扱うかが資産防衛の精度を大きく左右する。
投資目標と期間を明確に
金とドルを資産に組み入れる際には、まず自分が目指す投資目標と運用期間をはっきりさせておくことが不可欠である。どちらも長期保有に適した資産だが、果たす役割は異なるため、目的が曖昧なままでは適切な比率を判断しにくい。たとえば、10年以上のスパンで資産を安定的に守りたい場合、短期的な値動きに一喜一憂する必要はなく、経済サイクルや金利政策、インフレの変動を含んだ「長期の潮流」を軸に考えることができる。
一方、数年以内に資金を使う予定がある場合、為替変動の影響を受けやすいドル資産を重くしすぎると、円高局面で評価額が想定より低くなる可能性がある。金についても、インフレ局面では上昇しやすい反面、実質金利上昇局面では調整を受けるため、投資期間や資金用途との整合性を考える必要がある。つまり、投資目標と期間を明確にすることで、「金はどの局面で役立つのか」「ドルをどれだけ保有すべきか」といった判断がより現実的になる。長期の安定か、中期の備えか、あるいは流動性の確保か。目的を整理しておくことが、金とドルを組み合わせる際の最も重要な起点になる。
分散投資の重要性
金とドルをどう活用するかを考えるとき、前提として欠かせないのが分散投資という視点である。どちらも強みと弱みが明確な資産クラスであり、単独でリスクを吸収できるわけではない。金はインフレや地政学リスクに強い一方で利息を生まず、良好な景気局面では相対的に停滞しやすい。ドルは流動性と信用力が圧倒的だが、金利サイクルや為替変動の影響を受けやすく、アメリカ経済の変調がそのまま資産価値に反映されてしまう。こうした性質の違いから、一方に偏ったポートフォリオは想定外の局面で脆さを露呈しやすい。
金利上昇局面、リスクオフ局面、インフレ加速局面など、経済環境によって強弱が入れ替わるため、それぞれが弱点を補完し合うように組み合わせていくことが重要になる。また、金とドルだけでなく、株式や債券、不動産などの資産クラスを適度に組み合わせることで、ポートフォリオ全体の値動きが安定しやすくなる。リスクを完全に消すことはできないが、複数の資産が異なるタイミングで反応する仕組みをつくることで、大きな下落や急激な変動への耐性が高まる。結果として、資産形成の持続性が高まり、長期運用の軸がよりぶれにくい構造になる。
各種リスクへの対応策
金とドルを組み合わせた資産運用は強力だが、それぞれが抱えるリスクの性質は異なるため、あらかじめ対処の方向性を整理しておくことが欠かせない。金には現物ゆえの流動性の問題があり、ドルには為替や金利変動に伴う価格変動リスクがある。また、両者とも地政学リスクの影響を避けることは難しく、世界情勢が揺らぐ局面では想定外の動きを見せることもある。こうした複数のリスクを前提にしたうえで、どのような備えをしておくかが長期運用の安定性を左右する。各資産の弱点を理解し、現実的な対策を講じることで、不確実性の高い環境でも動じない資産構造がつくりやすくなる。
流動性リスク
金とドルを組み合わせる際にまず考えるべきなのが流動性リスクである。金の現物は価値そのものは安定しているものの、売却の手続きや現金化までの時間が読みにくい場面がある。買い取り店舗の営業時間や査定、持ち運びの手間など、実務的な制約が意外と多く、必要なタイミングで即現金化できるとは限らない。この点、金融市場で取引される金関連商品は売買がスムーズで、価格もリアルタイムで更新されるため、現金化という観点では明確なメリットがある。長期保有目的で現物を持つとしても、一部は流動性の高い商品に置くことで、急な支出や市場変動に備えやすくなる。
価格変動リスク
ドル資産は金利や景気指標に反応しやすく、さらに為替レート変動によって円換算の評価額が大きく動くため、保有比率が高いほど影響も大きくなる。一方、金も安全資産として認識されながら、実質金利上昇局面では調整が入りやすく、短期間で10%以上動く局面も珍しくない。つまり、どちらも「安定しているように見えて実は値動きが大きい」資産である。このため、ポートフォリオ全体の中でどれだけの変動を許容できるのかを明確にし、過去データから想定レンジを把握したうえで保有比率を調整する姿勢が求められる。変動リスクはゼロにできないが、許容度に見合った構成を選ぶことで精神的な負担を軽くし、計画的な運用が続けやすくなる。
地政学リスク
金とドルの双方に強い影響を与えるのが地政学リスクである。戦争、政情不安、制裁、貿易摩擦、資本規制などは予測が極めて難しく、発生した際には避けにくいショックとなる。ドル需要が一時的に急増する場合もあれば、金融制限でアクセスが制限されるケースもある。こうした不確実性に向き合うには、資産を一つの通貨や一つの口座に集中させないことが基本となる。複数の通貨や資産クラスに分散する、預金口座を複数に分ける、現物資産を一定割合保持するなど、アクセスリスクを軽減する方法は多い。想定外の事態が起きたときに慌てないためには、事前の備えが何よりも重要であり、複数のリスクにまたがって対応できる構造を整えておくことが、長期運用の安定性を高めることにつながる。
金とドルにはそれぞれ強みがあり、どちらか一方に答えを求める必要はない。大切なのは、自分がどの程度の変動に耐えられるかを理解し、そのうえで長期に持ち続けられる比率を見つけることだ。市場環境は想定外の出来事で大きく揺れ動くものだが、事前にリスクの種類と影響を整理しておけば、不安を抑えながら判断できるようになる。短期の値動きに振り回されず、金とドルの役割を冷静に捉えた資産配置を続けていくことが、最終的に安定した運用につながる。
11. まとめ

金とドルはいずれも世界の金融システムを支える重要な軸であり、その役割は対立ではなく補完にあります。金はインフレや信用不安、地政学リスクといった「通貨や制度への不信」が高まる局面で価値を発揮し、一方のドルは国際決済の中心として圧倒的な流動性と信用力を備え、グローバル経済の血流として機能し続けています。2025年時点の市場環境では、インフレ再燃の懸念、FRBの利下げサイクル、地政学的緊張、外貨準備の構成変化など複数の要因が絡み合い、金とドルの強弱がこれまで以上に複雑に揺れ動いています。
そのため、どちらか一方に偏るよりも、両者の特性を理解しながら適切に組み合わせる姿勢が、長期的な資産防衛にはより現実的といえます。金には価値を生む利回りがない代わりに、極端な局面で資産を守る力があり、ドルには流動性とグローバルな信用がある代わりに、政策や景気循環によって変動するリスクも存在します。10年以上の視点で考えるなら、金とドルはそれぞれ異なるリスクに対応する “別々の盾” のような存在です。金融環境の変化を冷静に観察しながら、両者を柔軟に組み合わせることで、不確実性の大きい時代でも資産の安定性を高めていく道が見えてきます。
*本記事の内容は、特定の金融商品や取引を推奨するものではなく、一般的な情報提供を目的としたものです。将来の価格や経済環境を保証するものではありません。最終的な投資判断は、ご自身の資金状況やリスク許容度に基づき、自己責任で行ってください。