S&P500の将来株価は、企業利益=EPSの成長に大きく左右されます。本記事ではBloombergやロイターなど最新データをもとに、2025〜2030年のS&P500をベース・強気・弱気のシナリオ別に分析し、適正株価水準を徹底検証します。インフレや金利、政策の影響も織り込み、各社の年末ターゲット比較やEPS成長率シナリオを表と図でわかりやすく整理。長期的に資産形成を考える投資家にとって、買い時・売り時の判断軸を提供します。
株価が高いのか安いのか、投資家にとって永遠のテーマですが、その答えを探るカギは「EPS(1株当たり利益)」にあります。S&P500は世界経済を映す鏡のような指数であり、そこに組み込まれた企業の利益がどのように成長するかによって、今後5年、10年の株価水準が大きく変わってきます。現在のS&P500は過去最高値圏にあり、予想PERも22倍超と高めの評価を受けています。果たしてこの水準は妥当なのか、それとも楽観に寄りすぎているのか。本記事では最新のEPS予測を踏まえ、2025年から2030年にかけてのシナリオ別株価レンジをわかりやすく解説します。インフレや金利といったマクロ要因も交えながら、長期投資家が押さえておくべき視点を整理していきましょう。

目次
- はじめに──なぜEPSから株価を読むのか
- S&P500のEPSと株価の基本的な関係
2-1. EPSとは何か?
2-2. PERとの組み合わせで見える適正株価
2-3. 過去のEPS推移と株価の相関性 - 現在(2025年時点)のEPS成長率と株価水準
3-1. 最新のEPS予想値と実績値
3-2. 2025年のS&P500株価とPER比較
3-3. 市場が織り込むインフレと金利の影響 - 2025〜2030年シナリオ別の株価レンジ分析
4-1. ベースシナリオ(EPS成長+2〜3%の場合)
4-2. 強気シナリオ(EPS成長+5%以上の場合)
4-3. 弱気シナリオ(景気後退・EPSマイナスの場合)
4-4. シナリオ別の株価レンジ比較表 - インフレ・金利・政策の影響をどう織り込むか
5-1. 米国金利動向と株価の関係
5-2. インフレ率が企業収益に与える圧力
5-3. 政策(金利・財政・規制)が株価に与えるリスク - 投資戦略への応用──EPSから見た買い時・売り時
6-1. 長期投資で重視すべき指標とは
6-2. シナリオごとのリスク管理方法
6-3. EPSと配当成長を組み合わせた戦略 - まとめ──EPS成長率から導く未来のS&P500
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1. はじめに──なぜEPSから株価を読むのか

株式市場では「企業の収益=EPS(1株当たり利益)が長期的な株価を決定する」と言われます。S&P500指数のような株価指数も例外ではなく、企業群のEPS成長が指数の上昇余地を規定します。実際、株価はEPSとPER(株価収益率)の積で決まり、EPSが向上すれば株価も理論上は上昇し、EPSが伸び悩めば株価も停滞しがちです。過去を振り返っても、長期的に株価は企業利益のトレンドに沿って推移する傾向が強く、短期的な変動はあっても最終的には企業の稼ぐ力に収れんします。したがって、投資家にとってEPSの成長率を分析することは、現在の株価水準が適正か、将来的にどの程度の株価上昇(あるいは下落)の可能性があるかを読む上で極めて重要です。
もちろん株価は常に将来を織り込みます。現在のS&P500はAIブームなどを背景に過去4年で最高水準となる予想EPSの22倍超という高いPERで取引されており、市場は将来の大幅な利益成長を期待していることが示唆されています。同時にインフレ動向や金利政策といったマクロ要因もバリュエーション(適正株価水準)に影響を及ぼします。本記事ではS&P500のEPS成長率に着目し、現在の株価水準が妥当かを検討するとともに、2025〜2030年のシナリオ別にS&P500の株価レンジ予測を行います。さらに、インフレ・金利・政策要因の織り込み方や、EPS動向から考える長期投資戦略についても考察します。
2. S&P500のEPSと株価の基本的な関係

2-1. EPSとは何か?
まずEPS(Earnings Per Share)とは、企業の純利益を発行済み株式数で割った1株当たりの利益のことです。S&P500指数の場合、構成企業全体の利益水準を指数化した「1指数ポイント当たり利益」とでも言うべき指標になります。個別企業であればEPSが高いほど1株が稼ぐ利益が大きいことを意味し、株価にとってプラス材料です。指数の場合も、構成企業の合計利益が増えれば指数EPSも上昇し、それだけ指数水準の上昇余地が生まれます。投資家にとってEPSは、株価の土台となる企業の収益力を示す重要指標と言えるでしょう。
2-2. PERとの組み合わせで見える適正株価
EPS単体では割安・割高は判断しにくいため、通常はPER(株価収益率)と組み合わせて評価します。PERは「現在の株価が1株当たり利益の何倍か」を示す倍率であり、「EPS×PER=株価」という関係になります。例えばEPSが10ドルの企業に市場が20倍のPERを適用すれば株価は200ドルとなります。同様に、指数の適正水準も指数EPSと適切なPER(市場の平均的な株価収益率)を掛け合わせることで推計可能です。市場全体のPERは景気サイクルや金利水準によって変動しますが、歴史的にはS&P500のPERは概ね10倍から20倍の範囲に収まってきました。この範囲は企業利益に対する投資家の期待値を反映しており、PERがその上限を大きく超えていれば楽観的すぎる(水準として割高)、逆に下限を大きく割り込めば悲観的すぎる(割安)と判断されます。
2-3. 過去のEPS推移と株価の相関性
S&P500の株価とEPSは長期的に強い相関関係があります。企業利益が拡大局面では株価も上昇基調となり、利益成長が停滞・減少すれば株価も伸び悩む傾向が鮮明です。実際、株式市場は長期的には企業業績を映す「体重計」のように機能します(短期的には投機マネーの需給で上下する「投票箱」と言われますが、いずれ業績に見合った価格に収斂するという意味です)。例えば2022年には景気減速懸念でS&P500企業の利益が横ばい〜微減となりましたが、株価指数も年内を通じ約20%下落しました(いわゆる“Earnings recession”=利益の後退が株価調整を招いた格好です)。一方でその後2023年に企業利益が持ち直すと株価も力強く反発し、2024年には過去最高値圏をうかがう展開となりました。このように株価は基本的に企業の利益成長率に追随するため、将来の株価レンジを考える上でもまずEPS成長率のシナリオを立てることが重要なのです。
なお歴史的な平均EPS成長率は年7%前後とされています(1980年代半ば以降のS&P500企業の平均)。この数字はインフレ率や経済成長率に影響されるものの、長期では概ね5〜10%の範囲に収まります。後述のシナリオ分析では、この歴史的水準を踏まえつつ悲観(0%前後〜マイナス)、保守的(+2〜3%)、楽観(+5%以上)のケースを検討します。
3. 現在(2025年時点)のEPS成長率と株価水準

3-1. 最新のEPS予想値と実績値
2023年までのS&P500構成企業のEPSはコロナ禍後の景気回復で力強く伸び、2024年は1株あたり約239ドル(前年比+10.2%)の利益が見込まれています。アナリスト予想では2025年も二桁成長(+10〜15%)が期待されており、2025年EPSは270ドル台半ば(概ね$265〜$275程度)とのコンセンサスがあります。しかし足元では景気減速やインフレ長期化懸念もあり、この予想成長率11%前後という数字に対して下振れリスクを指摘する声も出ています。実際、米アトランタ連銀GDPNowモデルが2025年初にマイナス成長を示唆するなど経済減速の兆しがあり、「2025年のS&P500利益成長率は想定より低くなる可能性が高い」との指摘もあります。とはいえ現時点の市場コンセンサスとしては「2025年も増益基調が続く」との見方が優勢です。

図:2025年末のS&P500目標値 – 主要証券会社の多くは6,300〜6,500ポイントを予想しており、一部では6,500超を見込む強気シナリオも示されています(2025年8月時点の調査)。いずれも増益期待を背景にした上昇シナリオですが、足元の株価はすでに6,400〜6,500に達しており、予想を先取りしている点には注意が必要です。
3-2. 2025年のS&P500株価とPER比較
2025年9月現在、S&P500指数は約6,400〜6,500ポイントと史上最高値圏で推移しています。この水準は、予想EPSに対するPERが22倍超と過去数年で見ても割高な部類に入ります。直近4年間で見れば最もPERが高い局面であり、投資家が将来の利益成長に強い自信(あるいは楽観)を持っていることを示唆します。参考までに、過去5年平均のPERはおおむね18〜20倍ですから、現在の22倍超という水準は平均をかなり上回るバリュエーションです。これは言い換えれば、「現在の株価水準を正当化するには今後も企業収益が順調に拡大することが必要」という市場からのメッセージとも言えるでしょう。
もう一つ比較すべき指標として債券利回りとの関係があります。2025年時点で米国10年債利回りは概ね4〜5%程度と、S&P500の益回り(EPS/株価)約4.5%(PER22倍の逆数)とほぼ拮抗しています。金利と株式益回りが同水準の場合、株式の相対的な魅力度はやや低下します。なぜなら投資家は「無リスクに近い国債で5%得られるなら、リスク資産である株式もそれ以上のリターンが欲しい」と考えるからです。このように株価水準の適正さを判断するには、株式の収益力(EPS)だけでなく金利環境や他資産との比較も重要なのです。
3-3. 市場が織り込むインフレと金利の影響
現在の株価には、インフレが徐々に低下し金融引き締めが緩和されるとの期待も織り込まれています。実際、投資家は近い将来の利下げを織り込み始めており、2025年9月のFOMCでは25bps(0.25%)の利下げが行われるとの観測が浮上しています。これは2022年以降高騰していたインフレ率がピークアウトし、中期的に2%程度へ落ち着くとの見方が強まったためです。低インフレ・低金利は株式にとって追い風であり、実際に2023年以降インフレ鈍化とともにS&P500が急速に最高値圏へ回復したことがそれを物語っています。
一方で、インフレ率が高止まりすると企業収益を圧迫する圧力となります。原材料費や人件費などコスト高が企業の利益率を下げるほか、インフレ退治のために中央銀行が金利を引き上げれば景気が減速し売上も伸び悩むためです。幸い2024年後半〜2025年の企業利益率(ネットマージン)は12%超と過去5年平均(約11.6%)を上回る水準を維持しており、高インフレ下でも企業が価格転嫁やコスト削減で利益を確保している様子がうかがえます。今後もインフレ動向と企業の利益率推移には注視が必要ですが、市場は現状「インフレは徐々に沈静化し、金利も高止まりから低下に向かう」という楽観シナリオを前提に株価を評価しているようです。
4. 2025〜2030年シナリオ別の株価レンジ分析

4-1. ベースシナリオ(EPS成長+2〜3%の場合)
まずベースシナリオとして、2025年以降のS&P500構成企業のEPSが年率+2〜3%程度の緩やかな成長にとどまるケースを考えます。これは歴史的平均(7%前後)を下回る低成長シナリオであり、言い換えれば経済成長が低迷しインフレも2%程度に抑えられた「スロー成長」の世界観です。具体的には、2025年に$265程度と見込まれる指数EPSが以後毎年+2.5%成長すると仮定すると、2030年には約$300まで増加します(265ドルに毎年2.5%の成長を5年間重ねると、およそ300ドルになる)。一方、PERについてはこのシナリオでは大きな拡大は望みにくいでしょう。むしろインフレ目標達成でFRBは高金利を維持している可能性が高く、投資家の要求収益率も上がるため、株式の適正PERは現在より低い18倍程度(歴史的平均に回帰)まで低下するかもしれません。その場合、2030年の適正株価指数はEPS($300)×PER(18〜20倍) = 約5,400〜6,000ポイントとなります。これは現在の水準(約6,400)と比べ大きな上昇余地がない数字です。むしろ金利環境次第では横這い〜一時的な調整局面もありうるシナリオと言えます。ベースシナリオ下では配当込みのトータルリターンで年数%台(株価上昇は僅少+配当利回り1.5%程度)を得られる程度で、大きなキャピタルゲインは期待しすぎない方が良いでしょう。
4-2. 強気シナリオ(EPS成長+5%以上の場合)
次に強気シナリオでは、2025年以降の年率EPS成長が+5〜7%と力強いケースを想定します。これはイノベーションの進展や生産性向上により企業収益が加速し、経済も潜在成長率を上回る好調さを示すシナリオです。近年で言えばAI(人工知能)技術の普及による効率化や、新産業の拡大が利益成長を押し上げる可能性があります。実際、一部の市場関係者は「AI革命が1990年代後半のインターネットブームに匹敵する利益拡大と株価上昇をもたらす」と指摘しています。このシナリオでは2025年の指数EPSが仮に$265だとすると、年+5%成長なら2030年に約$340、+7%成長なら約$370にまで増加します。企業収益の力強い拡大に伴い、株式市場には楽観的なマインドが広がりやすく、PERも高水準で維持される可能性があります。例えば低金利も相まって現在並みの22倍程度のPERが続くとすれば、2030年の適正株価指数はEPS($340)×PER(22倍)=約7,500ポイントとなり、現在からさらに+15〜20%程度の上昇余地があります。仮に市場がバブル的な過熱局面に入ればPER25倍超もあり得るため、その場合は2030年にS&P500が8,000〜9,000ポイントという水準も視野に入ります。実際、エバコアISI証券は強気ケースとして「投資家のAI熱狂がバブル化すればS&P500は2026年までに9,000に達し得る」と試算しています。強気シナリオ下では株価上昇と配当を合わせた年率リターンも10%近辺と非常に魅力的ですが、その分楽観予想が崩れた際の調整リスクも高まる点には注意が必要です。
【エバコアISI証券(Evercore ISI)とは】
米国ニューヨークを拠点とする独立系投資銀行エバコア(Evercore Inc.)の調査部門で、マクロ経済・株式市場分析において高い評価を受けています。特にインデックス投資や資産運用に関するリサーチで注目されており、その予測精度と中立性に定評があります。
実績
- Institutional Investor誌(旧Extel)による「All‑America Equity Research」調査において、2024年まで3年連続で「全米最高のリサーチ企業」に選出されました 。
- 2024年調査では、「No. 1ランクのアナリスト数」が業界最多の17名に達し、個人の実力でも高い評価を得ています。
- 創業者エド・ハイマン(Ed Hyman)は、経済分析分野で44回にわたってNo. 1評価を獲得し、信頼の厚さを示しています。
信頼性の背景
これらの実績は4000人超の機関投資家や資産運用会社による投票に基づくものであり、アナリストとしての質・調査レポートの貢献度の高さが業界内で広く認められていることを意味します。ウォール街の投資家やファンドマネージャーからの信頼も厚く、ブルームバーグやロイターなどの金融メディアでも頻繁に引用される情報源です。
4-3. 弱気シナリオ(景気後退・EPSマイナスの場合)
最後に弱気シナリオでは、近い将来に景気後退が起きてS&P500企業のEPSが一時的にマイナス成長(減益)となるケースを考えます。例えば2026年前後に米経済がリセッション入りし、企業利益が前年比-10%程度落ち込むような局面です。その後、景気は持ち直すものの成長率は低めに留まり、2030年のEPSが2025年時点と大差ない水準にとどまる可能性があります。仮に2026年に指数EPSが$265→$240(▲10%)に低下し、その後年+3%で回復すると、2030年でもEPSは約$270程度にしか戻りません。利益が伸び悩む状況では株式の適正PERも大きく低下しがちです。リセッション期には一時的にPERが15倍前後まで低下する局面もあり得ます(景気悪化局面では投資家が悲観的になり、将来予想EPSにも割引きを適用するため)。仮に2030年時点でPERが18倍程度に回復していたとしても、EPS($270)×PER(18倍)=約4,860ポイントに過ぎません。これは現在から見て大幅下落となる水準であり、弱気シナリオが現実となれば株価指数が一時的に5,000割れとなる可能性も十分考えられます。もっとも、その後景気刺激策や自律回復でEPS成長が戻れば株価も持ち直すでしょう。例えばエバコアISI証券の弱気ケースでは「インフレの粘着と低成長でS&P500が2026年に5,000まで下落する」という想定ですが、長期的には企業も適応し再成長すると考えられるため、2030年には再び6,000台を回復しているというシナリオも描けます。いずれにせよ弱気シナリオでは途中で大きなドローダウン(20〜30%以上の下落)を経て緩やかに水準を戻す展開が予想され、長期投資家にとっては試練の時期となるでしょう。
4-4. シナリオ別の株価レンジ比較表
以上のシナリオをまとめ、2025〜2030年におけるS&P500の想定株価レンジを比較してみます。
| シナリオ | 前提EPS 成長率 (年率) | 2030年 推計EPS | 想定PER レンジ | 2030年 株価レンジ (概算) |
|---|---|---|---|---|
| 弱気ケース | 途中減益後に 低成長 (0〜+3%) | ~$270 | 15倍 → 18倍前後 | 5,000以下〜6,000弱 (一時急落後に緩慢回復) |
| ベースケース | 緩やかな成長 (+2〜3%) | ~$300 | 18〜20倍程度 | 5,500〜6,300 (横ばい圏〜やや上昇) |
| 強気ケース | 安定成長 (+5%以上) | ~$340 (+更に上も) | 20〜24倍程度 | 7,000〜8,000超 (堅調上昇、場合によりバブル高騰) |
上記のように、弱気⇔強気で将来の株価レンジには大きな開きがあります。エバコアISI証券の示す極端な想定では2026年までのレンジが5,000〜9,000とされていますが、概ね2030年まで視野に入れても5,000ポイント台〜8,000ポイント台が一つの目安と言えるでしょう。ベースシナリオでは現在水準(6,500前後)から大きく乖離しないレンジに収まり、強気ではあと数年で指数7,000台半ば〜8,000台乗せ、弱気では一時的な急落で5,000割れもありうる展開です。実際には景気循環の波の中で上下動しつつこれらレンジ内で推移する可能性が高く、投資家は楽観・悲観の両極に振り回されない中長期視点を持つことが肝要となります。
5. インフレ・金利・政策の影響をどう織り込むか

5-1. 米国金利動向と株価の関係
金利(利回り)は株式のバリュエーションに直接影響する重要なファクターです。一般に金利が低い局面では株式が高く評価されやすく、金利上昇局面では株式バリュエーションに下押し圧力がかかります。背景には、債券など他の資産との相対的な魅力があります。例えばFRBの政策金利や長期国債利回りが低水準なら「預金や債券では増えないので株式でリターンを狙おう」という資金が増え、結果として株式のPERが高めに許容されます。しかし一旦金利が上昇し始めると、安全資産である債券の利回りが相対的に魅力を増すため株式には割安感が必要(=PER低下圧力)となります。実際、2022年に米金利が急上昇した際にはS&P500のPERも20倍超から16倍前後まで低下しました。その後インフレ鎮静化と利上げ停止観測に伴い2023〜2025年にかけてPERは再び22倍超まで拡大しています。これは投資家が「将来的に利下げが来れば株式の方が有利」という見方に転じたからです。このように金利と株価はシーソーの関係にあり、今後もFRBの政策(利下げ開始時期やその速度)や債券市場の動向から目が離せません。長期投資の戦略を考える上でも、「株式益回り(=予想EPS/株価)」と「長期金利」の比較、いわゆるフェドモデル的な視点で株式の割高・割安をチェックすることが有用でしょう。
5-2. インフレ率が企業収益に与える圧力
インフレ(物価上昇)は企業のコスト面・売上面双方に影響を与え、ひいてはEPSに大きな影響を及ぼします。まずコスト面では、原材料価格や人件費などがインフレによって上昇すると企業の利益率は圧迫されます。製品価格への転嫁が難しい業種ではインフレ率上昇がそのまま利益マージンの低下を意味します。実際、2021〜2022年にかけて資源高・人件費高が直撃したセクター(素材・一般消費財など)はEPSが伸び悩み、株価も低迷しました。一方で売上面では、適度なインフレは名目売上を押し上げ企業収益成長に寄与しますが、インフレが一定水準を超えて高すぎると消費者の購買力を削ぎ需要減退を招くため、結果として企業の売上・利益は伸びなくなります。したがって「低位で安定したインフレ」は企業収益にも株価にもプラスですが、「高インフレ」は利益率低下と需要減退のダブルパンチで株価にマイナスとなるわけです。
現在の米国ではインフレ率(PCEコアなど)が徐々に低下しつつあるとはいえ、依然として目標2%を上回る水準にあります。企業収益面では幸いにも多くの企業が価格転嫁やコスト効率化で対応し、2024年末時点でS&P500全体の純利益率は12%台と過去平均を上回る水準を維持できまし。しかし今後も賃金上昇圧力などインフレ要因が再燃すれば、こうした高水準の利益率を維持できなくなるリスクがあります。またインフレは金融政策にも影響するため、インフレ率次第で前述の金利上昇リスク(=バリュエーション低下リスク)が再浮上する点にも注意が必要です。総じて、長期投資家はインフレ動向を注視し、高インフレ局面では保守的な利益見積もりと株価バリュエーションへの慎重姿勢を心がけるべきでしょう。
5-3. 政策(金利・財政・規制)が株価に与えるリスク
政府・中央銀行の政策も株式市場に大きな影響を及ぼします。まず金融政策(金利)は前述の通りですが、極端なケースでは政治的介入による中央銀行の独立性リスクも考えられます。例えば政権が自分に都合の良い金融政策を強いるためにFRB人事に介入するような事態になれば、市場の混乱要因となりかねません。また財政政策の面では、増税や政府支出抑制は企業利益を直接圧迫します。法人税率の引き上げは純利益(EPS)を棄損しますし、政府支出削減による需要縮小も間接的に企業業績に響きます。逆に減税や大型景気刺激策は短期的に企業利益を押し上げ株価にプラスでしょうが、財政悪化による長期金利上昇(国債増発による金利上昇)という副作用には注意が必要です。
さらに規制や貿易政策も重要です。例えば反トラスト法(独禁法)による大手ハイテク企業への締め付けは、そのセクターの利益成長を鈍化させ株価にマイナスです。貿易政策では、関税引き上げや貿易戦争が企業業績に影を落とします。実際に2025年時点で米国が発動した追加関税(いわゆる「解放の日」関税)は、多くの企業にコスト増やサプライチェーン混乱をもたらしました。アトランタ連銀はこれら関税による米GDP押し下げ効果を▲1.1%(2025年)と試算しており、歴史的な経験則ではGDP1%の変動が企業利益を約4%動かすため、相応のEPS下押し要因となる可能性があります。実際、市場でも「関税など政策リスクによって2025年の利益成長見通し(+11%程度)は過度に楽観的で、現実とのギャップがいずれ埋まるだろう」との指摘がなされています。
要するに、金融・財政・規制を含む政策要因は企業利益や投資家マインドに影響し、それが株価に跳ね返ります。長期投資家としては、政策変更に伴うシナリオ変化(例えば増税リスクによるEPS成長率シナリオの下方修正など)に目配りしつつ、ポートフォリオの柔軟な調整やリスクヘッジ手段を考えておくことが重要です。
6. 投資戦略への応用──EPSから見た買い時・売り時

6-1. 長期投資で重視すべき指標とは
長期投資家にとって、短期的な株価の上下に一喜一憂するのではなく企業のファンダメンタルズ(基礎的収益力)に注目する姿勢が大切です。特にS&P500のようなインデックス投資では、全体のEPSトレンドやバリュエーション指標を定期的に点検すると良いでしょう。具体的には、まず市場全体の予想EPSの推移に注目します。予想EPSが順調に右肩上がりであれば、市場全体の収益力が高まっている証拠であり長期の株価上昇を支えます。一方、予想EPSが下方修正局面に入った場合、いずれ株価もそれに追随して下落する可能性が高いです。次にPERやCAPEなどのバリュエーション指標も長期投資では参考になります。例えばCAPE(10年周期の平均実績EPSで算出するPER)が歴史的水準から大きく乖離して高すぎる場合、将来的な低リターンを警戒した方が良いかもしれません。もっとも、CAPEは構成銘柄の変化や時代の構造変化で適正水準が変わるため絶対的な判断基準にはなりませんが、市場に楽観や悲観が行き過ぎていないかの目安にはなります。総じて長期投資で重視すべきは「企業利益(EPS)の質と持続的な成長力」であり、景気サイクルによる一時的な変動より長期トレンドにフォーカスすることが肝要です。
6-2. シナリオごとのリスク管理方法
前述した強気・弱気シナリオを踏まえ、長期投資家は様々な局面に耐えうるリスク管理を心がける必要があります。それぞれのシナリオに応じた対応策を考えてみましょう。
強気シナリオの場合: 楽観相場では含み益が増え投資家心理も緩みがちですが、過熱感には注意が必要です。長期上昇局面でも10%以上の調整(ドローダウン)は頻繁に起こり得ます。したがって強気相場でも油断せず、定期的な利確やポートフォリオのリバランスを検討します。またボラティリティが低水準のうちにプットオプションでヘッジしておく手法も有効です。これは保険料が比較的安い平時に下落ヘッジを準備し、大幅下落時のダメージを和らげる効果があります。強気相場ほど逆に下落耐性を備える—「晴れた日に傘を準備する」—発想が重要でしょう。
ベースシナリオの場合: ゆるやかな成長で株価変動も比較的穏やかな場合、基本に忠実な積立投資が有効です。毎月一定額をインデックスに投じるドルコスト平均法は、横ばい局面でより多くの口数を仕込むことができ、後の上昇期に効いてきます。またこのシナリオでは大暴落リスクは低いもののリターンも限られるため、低コストのインデックスファンドで運用コストを極力抑えることも大切です。過度なリスクテイクは不要ですが、インフレに負けない資産成長を目指す上で株式への継続投資は欠かせません。ゆえに退屈に見えても規律ある投資を続けることが長期成果を生むでしょう。
弱気シナリオの場合: 景気後退による株価急落時こそ長期投資家の腕の見せ所です。まず生活防衛資金を確保し、暴落時でも投げ売りしなくて済む体制を整えておきます。その上で、割安となった局面での追加投資(買い増し)を検討します。ただし景気後退による弱気相場では下落が長引く可能性もあるため、一度に資金を投入し過ぎず時間分散しながら段階的に買い向かうのが得策です。また逆張りのタイミング判断は難しいため、予め「株価〇〇%下落ごとに一定額を買い増す」などルールを決めておくと感情に流されにくくなります。弱気相場では銘柄選別も重要になります。過去の例では景気後退期でも利益を維持・成長させたディフェンシブ企業や、高い配当利回りを誇る株が下支え要因となりました。インデックス投資でもセクター配分を見直し、防御的なセクター(公益、生活必需品、ヘルスケア等)を一時的に厚くするといった戦略も考えられます。何より弱気相場では悲観に巻き込まれ過剰にポジションを落としすぎないこと、景気と企業利益はサイクルであることを忘れずいずれ回復するとの視点を持ち続けることが大切です。
6-3. EPSと配当成長を組み合わせた戦略
長期の資産形成では配当の果たす役割も無視できません。S&P500は平均で約1.5%前後の配当利回りがありますが、特に増配を続ける企業は長期投資の強い味方です。配当は企業の利益の一部から支払われるため、増配できる企業は概してEPSも安定成長している傾向があります。実際、長年にわたり毎年増配を続ける配当貴族(Dividend Aristocrats)と呼ばれる企業群は「安定した収益と成長力、健全な財務」を備えた高品質企業であり、過去の実績でも配当成長企業のグループはS&P500平均を上回るリターンを達成してきました。例えばS&P500配当貴族指数は2005年から2023年にかけてS&P500を上回るパフォーマンス(しかもボラティリティは低減)を示し、荒れた市場でも相対的に堅調でした。
このことから得られる示唆は、「長期では利益成長とともに配当も増やせる企業に投資せよ」という戦略です。EPS成長率の高い企業でも、株主還元に積極的でなかったりキャッシュを将来生み出せない事業モデルでは株主価値は高まりません。逆に適度な利益成長でも増配を続ける企業は、株主に実質的なリターンを提供しつつ市場からの信頼も厚いため株価も堅調になりやすい傾向があります。インデックス投資家であっても、配当貴族ETFや高配当株ETFを組み入れることで配当とEPS成長の両取り戦略を実践できます。配当再投資も活用すれば複利効果で資産増殖を加速できる点も見逃せません。重要なのは配当もEPSも無理なく持続的に成長できる企業を選ぶことであり、一時的な高配当利回り(減配リスクが高い場合が多い)に飛びつくのではなく長期視点で増配余力のある銘柄を重視すべきです。
7. まとめ──EPS成長率から導く未来のS&P500

S&P500の将来株価はEPS(企業利益)次第で大きく変わります。適正株価水準を考える上では、「将来どれだけのEPS成長が見込めるか」「市場はそれに何倍のPERを許容するか」をセットで考える必要があります。現状、2025年に向けては10%前後の利益成長が市場コンセンサスとなっており、それを織り込んでS&P500は史上最高値圏にあります。しかし将来2030年までの道のりには、景気循環の波やインフレ・金利・政策といった不確実要因が待ち構え、楽観シナリオ通りに進む保証はありません。強気の場合はさらなる利益成長が株価を牽引し史上最高値を更新し続ける可能性がある一方、弱気の場合は一時的に株価が大きく後退して膠着する展開もあり得ます。そのレンジはおおむね「S&P500指数5,000〜8,000ポイント台」という幅広いものになりますが、長期投資家にとって大事なのはその揺れ動きの中でブレない軸を持つことです。
結局、株価は長い目で見ればEPSに収斂するという原則に立ち返り、企業の収益力と市場のバリュエーション水準を冷静に見極めることが重要です。過去を見れば、S&P500は平均7%程度のEPS成長と約2%の配当によって年約9〜10%の総合リターンをもたらしてきました。今後も経済成長やイノベーションが続く限り、企業利益は拡大し株式には報酬がもたらされるでしょう。ただしその道程は必ずしも直線的ではなく、景気後退や金融環境の激変で一時的に利益が落ち込む局面も訪れます。そうした波を乗り越えるために、本稿で述べたEPS成長率シナリオの知見やインフレ・金利の織り込み方、配当戦略などを活かし、長期目線で計画的に資産形成を行っていきましょう。最後に改めて強調すれば、「株式の真価は企業が生み出す利益にあり、適正な株価水準はそこから逆算される」という基本を押さえておけば、どんな相場環境でも冷静に投資判断が下せるはずです。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、将来の成果や利益を保証するものではありません。投資・投機にはリスクが伴います。最終的な判断と実行は、必ずご自身の責任において行ってください。
【参考資料】
- Bloomberg, S&P 500 Index Valuation Data (2025年) — 予想PER22倍超の現状評価に関するレポート
Bloomberg Markets - Reuters, S&P 500 earnings outlook and valuation — 2025年予想EPS・PER水準と利下げ観測に関する記事
Reuters Markets - S&P Dow Jones Indices, S&P 500 Earnings and Index Data — S&P500のEPS推移、純利益率データ
S&P Dow Jones Indices - FactSet, Earnings Insight Report (2024–2025) — S&P500企業のEPS予測、セクター別業績見通し
FactSet - Yardeni Research, S&P 500 Earnings Forecast — EPS成長率と長期平均データ
Yardeni Research - Evercore ISI, S&P 500 2025–2026 Price Target Scenarios — 株価レンジ(5,000〜9,000)シナリオ試算
Evercore ISI - U.S. Bureau of Economic Analysis (BEA), GDP and Inflation Data — 米国インフレ率、実質GDP推移
BEA - U.S. Federal Reserve (FOMC), Policy Statements and Economic Projections — 金利動向と市場予想
Federal Reserve - Atlanta Fed, GDPNow Forecast Model — 景気減速シナリオの参考データ
Atlanta Fed GDPNow - S&P 500 Dividend Aristocrats Index, Historical Performance — 配当貴族指数の実績パフォーマンス
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