大恐慌で「一番得した資産」は何だったのか。株価が暴落し、銀行が揺らぎ、現金が足りなくなる。そんな局面で「結局、何を持っていた人が一番得をしたのか」は、投資家なら誰もが一度は知りたい問いです。ただ、大恐慌の結論は単純ではありません。名目の価格だけを見るのか、物価の変化を含めた実質の購買力で見るのか。下落局面(1929〜1932)だけなのか、政策転換を含む回復局面(1933以降)まで見るのか。さらに金本位制や資本規制など、当時特有の制度を無視すると、判断を誤ります。本記事は「名目/実質」「期間」「国と制度」を混在させず、一次統計と公的・学術整理に基づいて、相対的に強かった資産を定量で比較します。そのうえで、デフレ・信用収縮・流動性というメカニズムを分解し、現代の投資設計に条件付きで落とし込みます。
※本記事は、特定の金融商品、銘柄、投資手法の売買を推奨するものではありません。大恐慌期のデータや制度(例:金本位制、規制、当時の金融システム)は現代と異なるため、同じ結果が再現されるとは限りません。本文は一次統計と公的・学術資料に基づく整理であり、投資判断はご自身の責任で行ってください。

目次
▶ 1. 結論|大恐慌で一番得した資産は何だったのか?
1-1. まず結論:勝ちやすかった資産の条件(デフレ耐性・信用リスク)
1-2. 「名目」と「実質」で結論が変わる理由(インフレ調整の重要性)
1-3. 例外:国・期間・通貨制度で結果が変わるポイント
▶ 2. 前提整理|何が起き、何が資産価格を動かしたか?
2-1. 株価暴落と信用収縮:資産価格が同時に崩れたメカニズム
2-2. デフレと実質金利:現金・債券が有利になりやすい背景
2-3. 金本位制と政策対応:当時特有の「今と違う前提」
▶ 3. 候補資産|何を「得した資産」と呼ぶのか
3-1. 現金(通貨):価値が上がる場面と落とし穴(破綻・取り付け)
3-2. 国債(短期・長期):デフレ局面で強くなりやすい理屈
3-3. 金(ゴールド):守りの資産が勝てる条件と負ける条件
3-4. 株式:なぜ長期では回復しても、当時は厳しくなりやすいのか
3-5. 不動産・農地:流動性と負債の罠(ローンがあると何が起きるか)
3-6. 外貨・預金・社債:信用リスクをどう扱うか(安全資産の定義)
▶ 4. 図表比較|大恐慌期に「得した」を定量化する方法
4-1. 評価軸の設計:実質リターン、最大下落、回復年数、流動性
4-2. 図表1:資産別の名目リターンと実質リターンの見取り図
4-3. 図表2:最大下落(ドローダウン)比較で見える「生存率」
4-4. 図表3:同じ資産でも短期と長期で結果が変わる(期間依存性)
▶ 5. メカニズム|なぜその資産が勝ったのか
5-1. デフレの本質:モノが安くなるほど現金の購買力が上がる
5-2. 信用収縮の本質:安全資産に資金が集中する構造
5-3. 政策と制度の本質:金・通貨・国債の相対関係が変わる瞬間
▶ 6. ケーススタディ|勝った人・負けた人の分岐点
6-1. 成功例:レバレッジを避け、流動性を確保した家計の生存戦略
6-2. 失敗例:株と不動産を借金で買い、資金繰りが崩れる典型パターン
6-3. 中間例:分散はしていたのに苦しくなった理由(信用・通貨・期間)
▶ 7. 現代比較|大恐慌と今の違い、同じところ
7-1. 金本位制がない世界で「同じ結論」になるとは限らない理由
7-2. リーマン期・コロナ期での再現性チェック(何が似て、何が違うか)
7-3. インフレ局面だと最適解が変わる(大恐慌の逆張り注意点)
▶ 8. 実践|個人投資家が「次の危機」に備える設計図
8-1. 生活防衛資金の最適化:現金の量と置き場所(銀行分散など)
8-2. 債券・金・株の役割分担:守りと成長を混ぜる具体配分の考え方
8-3. 絶対に避けたい設計:借金投資、集中、流動性ゼロの組み合わせ
8-4. 行動ルール:暴落時に売らないための手順(先に決める項目)
▶ 9. 誤解を潰す|よくある勘違いと検証ポイント
9-1. 「株は長期なら勝つ」だけで大恐慌を語る危険
9-2. 「金を持てば安心」にならないパターン(制度・価格・保管)
9-3. 「国債は絶対安全」ではない条件(通貨・財政・インフレ)
▶ 10. Q&A|大恐慌で資産選びを迷うポイント5つ
10-1. 大恐慌で「一番強かった資産」は現金?金?
10-2. いま同じ危機が来たら国債は守りになる?
10-3. 株はどこまで下がる想定で組むべき?
10-4. 不動産は危機に強い?弱い?
10-5. 分散は何を基準に決める?
▶ 11. まとめ
11-1. 結論:大恐慌で強かった資産に共通する3つの条件
11-2. ここだけ覚える:名目と実質、信用リスク、換金しやすさ
11-3. 今すぐできる:生活防衛資金と資産配分の最終チェック
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1. 結論:大恐慌で一番得した資産は何だったのか?

結論から言えば、大恐慌期に相対的に「得をした」資産は、安全性が高くデフレに強い資産でした。 具体的には、現金(紙幣)と国債などの高信用度債券が典型です。これらは名目価値をほぼ維持しつつ、物価下落によって実質的な購買力が大きく向上しました。一方で金(ゴールド)も特殊な役割を果たし、国によっては通貨価値下落の局面で購買力を飛躍的に高めました。ただし金については、当時の制度制約(米国での保有禁止など)により誰もが恩恵を受けられたわけではありません。このため、平均的な米国投資家に限れば「現金」が最有力候補となります。銀行に預けず手元に現金を保有した人は、銀行破綻による損失を免れ、約25%の物価下落で購買力を大きく伸ばせました。実際、現金をタンスに入れておいただけで、数年後には同じ金額でより多くの物やサービスを買えるようになったのです。
しかし、この「勝者」である現金も絶対的なものではなく、名目と実質の視点や期間・制度の違いで評価が変わります。例えば、大恐慌後期(1933年以降)には米ドルが金に対して40%以上切り下げられたため、金を持っていた人は突如としてドル建てで資産価値が増大しました。一方、現金ドルを持っていた人はその分だけ国際的購買力を失っています。このように、どの資産が「一番得をしたか」はどの通貨・どの期間で測るかで答えが異なります。そこで以下では、まずデフレ耐性と信用リスク耐性という観点から大恐慌期に強かった資産の条件を整理し、次に名目と実質の違いや国別・制度別の例外を解説します。
1-1. まず結論:勝ちやすかった資産の条件(デフレ耐性・信用リスク)
大恐慌期に価値を維持・向上できた資産には、共通して「デフレに強い」ことと「信用リスクが低い」ことという二つの条件がありました。デフレ期では物価が下がるため、名目価値が減らない資産はそれだけで実質価値が上がります。例えば金利の付かない現金でも、物価が2割下がれば購買力は約2割増します。加えて、大恐慌では銀行倒産や企業倒産が相次いだため、元本や利払いが保証されている信用力の高い資産が相対的に安全でした。まとめると、当時「勝った」資産とは以下のような性質を備えていました。
- 名目価値が安定: 額面が減らない、あるいは固定額の支払いがあること。例えば現金(紙幣)は額面が変動しませんし、国債も満期まで額面で償還され定期利息があります。価格が暴落した株式や不動産と対照的に、これらは名目上の価値を保ちました。
- デフレで実質価値が上昇: 名目価値が一定なら、物価下落により実質的な購買力が増します。現金や高格付け債券(国債など)はまさにこれで、1929–33年の約25%の物価下落により、何もしていなくても購買力が大幅アップしました。一方、株や不動産は価格自体が急落したため、デフレの恩恵を受け切れませんでした。
- 信用リスクが極めて低い: 発行主体が破綻しないor政府が保障している資産です。現金(当時の紙幣)は政府の負債ですが、少なくとも米国政府は紙幣価値を維持しました。また米国債は政府が利払いを続けデフォルトしませんでした。一方、銀行預金は銀行破綻で引き出せなくなるリスクがあり、社債も多くがデフォルトしました。したがって「安全資産」として資金が集中したのは、信用リスクの低い現金や国債でした。
以上から、大恐慌期に相対優位だったのは「信用力の高い定額資産」と表現できます。代表例である米国の現金や国債は、どちらも信用度が高く額面固定であり、デフレで実質価値を増しました。逆に、信用度の低い資産(社債・株式など)は元本毀損や債務不履行が発生しやすく、デフレで債務負担が増すため二重に不利でした。
1-2. 「名目」と「実質」で結論が変わる理由(インフレ調整の重要性)
大恐慌で「どの資産が得をしたか」を論じる際には、名目(額面上の増減)と実質(購買力の増減)を区別することが極めて重要です。名目では増えていないように見える資産でも、デフレ調整後の実質では大きく価値を上げている場合があります。例えば現金は名目利子が付かず額面は増えませんが、物価が下落すると実質的な価値(購買力)は上昇します。実際、米国の消費者物価指数は1929–1933年に約25%下落しました。この間、現金1ドルの購買力は約1.33ドル分に増えた計算です。名目では±0%でも、実質では+33%のリターンに相当します。
一方で、名目上大きく増えたように見える資産も、実質ではそうでもない場合があります。典型例が金(ゴールド)の価格です。米国では1934年に1オンス=20.67ドルから35ドルへと金の公定価格が約69%引き上げられました(ドルの切下げ)。名目上、金のドル価格は大幅上昇しています。しかし同時期に物価も下げ止まりから上昇に転じており、実質的な購買力の増加分は名目上の上昇ほどではありません。また米国内では1933年に金の私的保有が禁止され、実質的にその時点でのドル換算価値(1オンス=20.67ドル)で強制的に交換させられています。つまり、法制度の下では多くの米国人にとって金の名目上昇益は享受できない幻の利益でした。
このように、名目リターンと実質リターンの差異は大恐慌期の評価を大きく変えます。名目だけ見れば「1934年に金が大儲け」「株価も1933年には大幅反発した」などと映ります。一方、実質ベースで長期を見ると「金も現金も購買力を倍増させた」「株価はようやく元本を回復した程度」となるのです。特に名目リターンがプラスでも、それがインフレに追いつかない場合は実質ではマイナスになります。逆に名目マイナスでもデフレがそれ以上に進めば実質プラスもあり得ます。
投資判断では実質リターンを重視すべき理由はここにあります。 大恐慌期のような極端なデフレ・インフレ変動下では、名目値だけ追っても資産の真のパフォーマンスはつかめません。物価変動を調整して初めて、「どの資産でどれだけ購買力が増減したか」が見えてくるのです。
1-3. 例外:国・期間・通貨制度で結果が変わるポイント
「大恐慌で一番得をした資産」は、一概に世界共通ではありません。国や通貨制度、観測する期間によって、勝者が異なる場合がある点に注意が必要です。いくつか例外的なポイントを挙げます。
- 国による違い: 大恐慌の影響と政策対応は国ごとに異なりました。例えばイギリスは1931年9月に金本位制を離脱し通貨(ポンド)を切り下げました。一方、米国は1933年まで金本位制を維持し、その後ドル切下げを実施しています。この違いから、イギリスでは1931年以降はインフレ的となり、金や外貨を持っていた人が大きな利益を得ました(ポンドが20~30%下落したため、それだけ金の対ポンド価格が上昇)。逆に米国では1933年までデフレが深刻で、現金ドルの購買力が向上しています。つまり、国ごとの通貨政策次第で「安全資産」の座は入れ替わり得るのです。金本位制維持中は現金が強く、離脱後(通貨切下げ後)は金や外貨が強かった、という具合に。
- 期間の区切り方: 「大恐慌」と一口に言っても、いつからいつまでを見るかで資産の成績は変わります。1929年の株価ピークから1932年のボトムまでを見ると、現金の実質リターンが最大で、他の資産は軒並みマイナスでした。しかしその後1933~1936年の回復期まで含めると、国債や金が累積リターン最大になります(株価は大きく反発しましたが依然ピークを下回る)。さらに長く1930年代全体で見ると、米国株は実質ほぼ横ばいまで戻り、国債と金は大きな実質プラスを維持しました。このように、どの時点を始点・終点にするかで「一番得した資産」は異なるため、分析では期間を明示することが重要です。
- 通貨制度・資本規制: 当時は各国が金本位制離脱のタイミングや資本規制の有無で投資家の行動可能範囲が違いました。米国では1933年に一般市民の金保有を禁止し強制的にドルと交換させています。このため米国内では、たとえ金の価格が上がってもその利益を享受できたのは一部に限られました。一方、金保有禁止をしなかった国や海外に資産を持つ投資家は、通貨切下げで大きな利益を上げています。例えば米国在住でも国外に金を保管していた人は、1934年のドル切下げでドル建て資産価値が約69%増加しました。制度によって投資可能な資産や利益確定の可否が制限された点も、結果を分けたポイントです。
以上のように、大恐慌期の「勝者」は普遍的ではなく、条件次第で異なることを押さえておく必要があります。一般論としては「デフレ期には現金・国債が強い」が成り立ちますが、それは米国1930年代という文脈で見た場合です。国が違えば通貨の運命も違い、またどの局面までを評価するかで最適な資産像も変わるのです。次章からは、大恐慌という状況そのものを整理し、なぜそのような資産の明暗が分かれたのかを見ていきます。
2. 大恐慌の前提整理:何が起き、何が資産価格を動かしたか?

大恐慌期(1929年末から1930年代)の資産パフォーマンスを理解するには、まず当時起きた出来事と経済メカニズムを押さえる必要があります。ここでは(1)1929年の株価大暴落と信用収縮, (2)記録的デフレと実質金利上昇, (3)金本位制下の政策制約という三つのポイントに沿って、大恐慌期の環境を整理します。これらの要因が重なり合い、安全資産への資金集中とリスク資産の価値崩壊を引き起こしました。当時の異常事態を理解することで、なぜ現金や国債が強く、株や不動産が苦戦したのか、その背景がクリアになります。
2-1. 株価暴落と信用収縮:資産価格が同時に崩れたメカニズム
1929年10月、ニューヨーク株式市場の大暴落(いわゆるウォール街大暴落)が大恐慌の引き金となりました。ダウ平均株価は9月初めの最高値(381ドル)からわずか数ヶ月で半値以下になり、1932年夏までにピーク比89%安という壊滅的な水準に落ち込みます。株価暴落の直接要因は、1920年代に膨張した株式バブルの崩壊でした。人々は「株は絶対に上がる」と信じ、僅かな証拠金(頭金)で借入れをして株を買い漁りました。典型的には代金の10%だけを現金で払い、残り90%を信用取引で借りるという超高レバレッジ投資が横行していたのです。株価が上がり続ける限りはこの手法で大きな利益が出ましたが、下落が始まると10%の下落で自己資本は吹き飛び、証拠金維持のための追加入金(追証)か強制売却に追い込まれることになります。1929年秋にはまさにこの連鎖が起き、下落→追証・投げ売り→さらなる下落という悪循環で株価は暴落しました。
株価暴落は、単に株式資産を減らしただけでなく、信用収縮(クレジットクランチ)を引き起こすことで他の資産にも波及しました。多くの投資家や投機家は株を担保に借金をしていたため、株価下落で担保価値が不足すると貸し手は融資を引き上げます。企業も株式時価総額が急減すると信用力が低下し、新規借入や社債発行が困難になります。加えて株価暴落は人々の心理に深刻な打撃を与え、銀行預金の取り付け騒ぎへと発展しました。1929年末から1930年にかけて、経済は一時持ち直すかに見えましたが、1930年末に銀行破綻が多発すると預金者が現金引き出しに殺到し、連鎖的に銀行が倒産していきます。1930–1933年に全米の銀行の約1/3が休業・倒産(9,000行以上)する事態となりました。
この一連の信用収縮で何が起きたかというと、世の中のお金の量そのものが激減したのです。銀行が倒れればその銀行に預けていた預金は消滅し、貸出も停滞します。人々は不安から現金を家にしまい込み始め、流通通貨量も減りました。実際、1930年秋から1933年冬にかけて米国のマネーサプライ(流通通貨量)は約30%も縮小しています。お金の量が減れば、その希少性ゆえに一単位のお金の価値(購買力)は上がります。これが後述するデフレ(物価下落)を引き起こし、逆に借り手側の負担(債務の実質価値)は増大しました。こうした悪循環により、株式だけでなく不動産や商品価格などあらゆる資産価格が同時に下落し、実体経済も急激に悪化していったのです。
要約すると、株価の大暴落が信用システム全体の崩壊を招き、資産価格の全面安と経済の大恐慌化につながったということです。安全資産が一人勝ちした背景には、この「すべて売られる」局面で唯一信頼されたのが現金や国債だったことが挙げられます。ほとんどの投資対象が同時に値下がりする中、政府の信用で裏付けられた資産だけが最後の逃避先(セーフヘイブン)になったのです。
2-2. デフレと実質金利:現金・債券が有利になりやすい背景
大恐慌期のもう一つの大きな特徴が、深刻なデフレ(物価下落)でした。先述の通り、マネーサプライが激減したことで需要が落ち込み、物価は急速に下がりました。米国の物価指数で見ると、1929年を100とした場合1933年には約75前後まで低下しています。つまり約4年間で物価が25%程度も下落(デフレ率25%)した計算です。これは現代の常識からは考えられない猛烈なデフレで、年平均にして-7%前後の物価下落が連続したことになります。
デフレは一般に債務者に不利・債権者に有利とされます。なぜなら、物価が下がる(=お金の価値が上がる)ほど、お金を貸している人は後で返ってくるお金の価値が増し、逆にお金を借りている人は返済負担が実質的に重くなるからです。大恐慌期はこの典型でした。例として、1929年に100ドル借金していた人は、1933年には名目額こそ同じ100ドルでも、その100ドルの購買力は実質的に133ドル分に相当しました。収入も物価低下で目減りする中、借金だけは重くのしかかったのです。実際、農民や住宅ローンを抱えた家庭が次々に破産・差し押さえに追い込まれました。1933年時点で全米の住宅ローンの40~50%が延滞・デフォルト状態に陥っていたとの推計もあります。
これを資産運用の視点で見れば、貸し手(債権者)側だった人は有利だったことを意味します。代表的なのが国債や社債を持っていた投資家です。債券は額面と利息が決まっており、借り手(発行体)は契約通りの額を支払います。大恐慌期、米国政府は債務不履行を起こさず国債の利払い・償還を続けました。例えば1930年初に年利4%の国債を買っていた人は、1933年まで毎年4ドルの利息を受け取りつつ元本100ドルも保証されていたわけです。名目利回り4%前後の債券でも、物価が毎年7%下がる環境では実質利回りは+11%にも達します。 当時の長期国債利回りは3~4%台でしたが、それでもデフレのおかげで二桁の実質リターンを享受していた計算です。
この実質金利の高騰は、裏を返せば現金預金者にとっても利益でした。無利息の現金ですら実質+7%/年の利息が付いたようなものだからです。「枕の下に札束を入れて寝ていた人が勝者だった」と言われるゆえんはここにあります。もちろん、デフレには経済全体としては悪影響(需要減による不況深刻化)がありました。しかし個人レベルで見ると、大恐慌期ほど「貯金(現金)こそ最強」となった時代は他に例がないのです。
さらにデフレは、安全資産への資金シフトを加速させました。値下がりが続く状況では、人々はますますお金を使わず貯め込もうとします。また、借金で投資していた人ほど、返済のために他の資産を売って現金を確保せざるを得なくなります。この結果、相対的に安全と見なされた資産、当時で言えば米国債や現金の需要が高まり、国債価格の上昇(利回り低下)に拍車がかかりました。事実、米国の長期国債利回りは1929年に約4%だったものが1930年代半ばには3%を切る水準まで低下しています。信用力が高くデフレに強い資産に市場の資金が集中し、ますますその資産の価値が上がる、大恐慌期にはそうした安全資産の独歩高(セーフハブ効果)が起きていたのです。
2-3. 金本位制と政策対応:当時特有の「今と違う前提」
大恐慌期の金融環境を語る上で欠かせないのが、各国が金本位制という通貨制度下にあった点です。金本位制とは、各国通貨の価値を金との交換比率で固定する制度です。大恐慌当時、1ドル=金0.04838オンス(=約1.504グラム)に固定され、各国通貨もそれぞれ金や他通貨との固定相場を維持していました。この枠組みは戦前からの国際的約束事であり、各国政府・中央銀行は通貨価値を守るために金準備を流出させない・固定レートを維持することを最優先しました。しかしこれが結果的に大恐慌を深刻化させたと経済史では指摘されています。
金本位制下では、各国が自国通貨を勝手に増発(紙幣増刷)したり大幅に金との交換比率を変えることができません。当時のFRB(米連邦準備制度)も、金準備が減少する中では通貨供給を拡大できず、政策金利を引き下げて景気刺激することにも消極的でした。むしろ金流出を防ぐために利上げしたほどです。また政府も、金との兌換停止(=事実上の通貨切下げ)に踏み切るまでは積極財政を躊躇しました。「お金を刷って景気対策」といった現代の発想は、当時の金本位体制では制約が非常に大きかったのです。
米国がようやく金本位制を停止する(ドルと金の交換を一時停止)大胆策に踏み切ったのは、F・ルーズベルト大統領就任直後の1933年3月でした。続いて4月には私的な金保有を禁止し、ドルと金の交換を国内的に封鎖します。そして1934年1月、Gold Reserve Act(黄金準備法)によってドルの金平価を20.67ドル→35ドルに変更(約40%のドル切下げ)しました。この政策転換により、ようやく米国内でも通貨供給が増やせるようになり、デフレが止まって景気が下支えされました。実際、1933年を底に米国の物価は上昇に転じ、経済も回復軌道に乗ります。一方、イギリスや日本は米国より早く1931年に金本位制を離脱していました。そのためデフレも米国より浅く、経済も比較的早く回復しています。
このように、各国が金本位制から離脱し自国通貨を切り下げるタイミングが大恐慌克服のカギとなりました。資産選択の面では、金本位制離脱前と離脱後で有利な資産が変わっています。離脱前(各国がデフレに陥っていた段階)は前述の通り現金や国債が最強でした。ところが、いったん離脱して通貨が切り下げられると、現金や国債の実質価値は目減りします。例えば米ドル建て国債を持っていた外国人投資家は、1934年のドル切下げで資産価値が実質41%も吹き飛びました。逆に金や外貨を持っていた人は同じ分だけ得をしています。イギリスでも1931年のポンド切下げで、英国債を持っていた米国人は損をし、代わりに金を持っていた英国人が得をしました。つまり各国通貨の運命(切下げするか否か)により、資産パフォーマンスのランキングが変化したのです。
また大恐慌期には政府の政策対応や制度変更が資産価格に直接影響を与える場面も多々ありました。前述の金保有禁止令はその代表例です。米国ではExecutive Order 6102によって市民が金を保有・売買することを禁じ、政府に強制的に安値(1トロイオンス=20.67ドル)で買い上げられました。その数ヵ月後にドル切下げが実施され金価格が35ドルになりましたが、市民はすでに金を没収されているため利益を享受できません。政府のルール変更によって、資産のリターンが事後的に奪われるリスクがあったわけです。その他にも、銀行が休業(1933年3月のBanking Holiday)して預金引き出しを停止したり、各国が為替管理を導入して自国通貨からの資本逃避を防いだりと、平時では考えられない介入が行われました。こうした「ルールそのものの変化」が、各資産のパフォーマンス計算を複雑にしています。大恐慌期を評価する際には、こうした制度面のインパクトも考慮しなければなりません。
以上、株価暴落と信用収縮→デフレ→金本位制離脱という大きな流れを整理しました。これらの前提を踏まえ、次章では具体的な資産クラス(現金、国債、金、株式、不動産、外貨など)の動きを見ていきます。
3. 候補資産を全部並べる:何を「得した資産」と呼ぶのか

ここでは、大恐慌期における代表的な資産クラスごとの状況を詳しく見ていきます。現金・預金、国債(短期債・長期債)、金(ゴールド)、株式、不動産・農地、外貨・社債といった主要な資産について、それぞれ「当時価値が上がった場面」「逆にリスクや落とし穴になったポイント」を整理します。大恐慌期は資産間の明暗が極端に分かれましたが、同じ資産でも条件次第で勝敗が変わるケースもありました。例えば「現金」と一口に言っても、自宅で保管した現金と銀行に預けた預金では安全性が大きく異なります。また長期国債と短期国債も、金利変動の影響で異なる値動きを示しました。各資産の性質と当時の制度・市場環境を踏まえ、「何をもって『得した』と評価するのか」の基準も明確にしていきます。
3-1. 現金(通貨):価値が上がる場面と落とし穴(破綻・取り付け)
大恐慌期の米国で最強の資産は現金(USドル紙幣)だった、このように言われることがあります。実際、前章で述べたように、デフレ下では現金の購買力が劇的に向上しました。銀行に預けずタンス預金としてドル紙幣を持っていた人は、額面こそ増えないものの、わずか数年で実質価値が3~4割増加する恩恵を受けています。また株や不動産など他の資産が軒並み急落する中で、現金だけは名目価値が目減りしないため、「最後の砦」として機能しました。このように見ると、大恐慌期において現金は無敵のようですが、実際には注意点や例外もいくつか存在しました。
①銀行預金は現金とイコールではない: まず押さえるべきは、銀行預金=現金ではないということです。当時、銀行に預けたお金は元本保証ではなく、銀行が倒産すれば引き出せなくなるリスクがありました。事実、1929–1933年に米国では9,000行以上の銀行が閉鎖・破綻し、多くの預金者が預金を失いました。当時はまだ預金保険制度(FDIC)は存在せず、銀行が潰れたら預金者は泣き寝入りです。したがって、同じ「ドル建て資産」でも、自宅の現金は安全でも銀行預金は安全ではなかったのです。大恐慌期に「現金が勝者」と言う場合、それは銀行から引き出して手元に確保しておいた現金を指す点に留意が必要です。銀行が健全に営業を続けていれば預金でも問題ありませんが、パニック時にはどの銀行も安全とは限らず、実際に取り付け騒ぎが各地で起きました。このため資産防衛策としては、信用不安時に素早く預金を引き出し現金化した人が結果的に得をしています。一方、判断が遅れて銀行休業(モラトリアム)や倒産に巻き込まれた人は、預金封鎖で資産を失いました。
②通貨そのものの信用: 米ドル現金が信頼を保てたのは、当時の米国政府が法的にも財政的にも破綻しなかったからです。極端なインフレも無く、ドルの国外兌換も1933年までは維持されていました。つまり、米ドルという通貨への信用が大きく揺らがなかった点が重要です。これは大恐慌期の米国ならではの事情でもあります。例えば同時期の他国では、自国通貨の信用が維持できずにハイパーインフレや通貨切下げを経験したケースもあります(ドイツの大戦間期ハイパーインフレは有名ですし、大恐慌期にもオーストリアや中南米諸国で対外債務不履行に伴う通貨下落が起きています)。米国でも仮に政府がデフォルトしたり極端なインフレ政策を採用したりしていれば、ドル現金は安全資産でなくなっていたでしょう。しかし実際には米国政府は債務を履行し、通貨膨張も金本位制離脱まで抑制されていました。そのため、米ドル紙幣そのものが「信用力の高い資産」として機能したと言えます。
③現金資産の流動性: 現金の強みとして流動性(どこでも誰にでもすぐ価値交換できる)が挙げられます。大恐慌期、人々が最も望んだのは流動性の高い形での資産保有、すなわち現金でした。相場暴落時には「とにかく現金さえあれば」という心理が広がり、実物資産(家具や車など)を売ってでも現金を確保する動きが見られました。当時は銀行が次々潰れましたが、幸い米国政府が紙幣を増刷してでも預金者に現金を配るような措置は1933年以降取られ、流動性崩壊は食い止められました。それでも、地域によっては銀行閉鎖中に代用通貨(商店のクレジットや自治体の発行する手形)が流通する例もあったほど、現金は貴重でした。現金を十分持っていた人々は取り付け騒ぎにも冷静でいられ、また物価が下がる中で有利に買い物や投資(安値拾い)ができる強みがありました。
落とし穴:政府の介入 – 現金そのものに直接の欠点は少ないものの、当時一つだけ注意すべき点がありました。それは政府による通貨封鎖のリスクです。実際に1933年3月、ルーズベルト大統領は全国銀行休業を宣言し、1週間近く預金者は銀行から現金を引き出せなくなりました。このときは休業明けに預金引き出しが再開されたのでパニックは収束しましたが、仮に預金封鎖が長引いていたら現金不足で物々交換に戻るような混乱も起こり得たでしょう。また米国ではありませんが、通貨そのものが切下げられるリスクもありました。イギリスは1931年にポンドを金本位から切り離し、対金で約30%通貨価値を下げました。これは即ち、英国民にとって現金ポンドの購買力が大きく減ったことを意味します。米国のドルも1933年以降対外価値は切下げられています(国内では金兌換停止で影響は限定的でしたが)。要するに、どれだけ現金が最強でも、それは「その通貨への信認」が維持されている限りでの話なのです。大恐慌期の米ドルはそれを満たしましたが、現代では各国とも管理通貨制度に移行しており、極端な状況では中央銀行が意図的に通貨価値を下げる(インフレを起こす)可能性もあります。この点については後の章で触れます。
まとめると、大恐慌期における現金(通貨)は、「信用力が高く流動性が最も高い資産」として他を圧倒しました。ただし、銀行預金ではなく現金そのものを保有すること、そして政府が通貨価値を大きく毀損しないこと、この2つの条件が揃って初めて、その威力を発揮したのです。
3-2. 国債(短期・長期):デフレ局面で強くなりやすい理屈
米国債もまた、大恐慌期に投資家を救った資産の一つです。国債は基本的に元本と利息の支払いが政府によって保証された債券であり、信用リスクが極めて低いのが特徴です。当時の米国は財政的にも比較的健全で、連邦政府が債務不履行に陥る懸念はほぼありませんでした。そのため国債は「危機の避難先」として人気が集まり、価格が上昇(利回り低下)しました。また前述のように、デフレのおかげで国債の利息収入は実質価値が大きく跳ね上がりました。結果、大恐慌期の国債保有者はかなりの実質リターンを得ています。例えば米10年国債の利率は年4%前後でしたが、1929–1933年の累計名目リターンは+約15%、実質リターンでは+約50%にも達しました。株式や不動産が大幅マイナスだったのと対照的です。
もっとも、国債といっても償還までの期間(デュレーション)によって投資家の体感リスクは異なりました。当時の国債投資を「短期債」と「長期債」に分けてみましょう。
- 短期国債(Treasury Bills等): 満期が3ヶ月~1年程度の割引国債です。これらは事実上現金同様の安全資産と見做され、株価暴落後に市場で強く買われました。短期国債の利率(3ヶ月物など)は1929年に3%台でしたが、危機深刻化と連れて低下し1932年には1%程度、1933年以降は1%を下回る水準まで落ちました。利率低下は債券価格の上昇を意味しますから、短期国債に投資していた人は値上がり益を得たことになります。実際、1929年始めから1932年末までの3ヶ月国庫短期証券の累積リターンは名目+約15%でした(利息再投資を含む)。それに加えデフレ分の実質上昇があるため、購買力ベースでは+約50%の増加です。短期国債は価格変動が小さく、ほぼ利息収入がそのままリターンになります。利息自体は低下したものの、その分価格が上がって既存保有者に利益を与えました。安全かつ流動性が高く、実質利回りは高水準、短期国債はまさに大恐慌期の理想的な投資先でした。
- 長期国債: 満期10年や20年といった長期の債券です。長期債は価格変動リスクがありますが、1929年以降の環境は長期債保有者にも追い風でした。まず、中央銀行が引き締めから緩和姿勢に転じた結果、長期金利が低下基調となりました(景気が悪化し貸出需要が減ったこともあり、債券市場では低金利を織り込んでいきます)。米10年国債利回りは1929年の約3.3%から1934年には2.0%台まで低下しています。利回り低下=債券価格上昇ですから、長期債の保有者は評価益を得ました。実際、10年国債の指数で見ると1929年から1933年にかけて名目で約+20%、1939年まで保有すれば名目+55%程度の上昇となりました。デフレを調整した実質ではさらに大きなプラスです。もっとも、長期債は途中で一時的に価格下落する場面もありました。例えば1931年には一時的に国債利回りが上昇(価格下落)しています。これは銀行危機で国債を売って現金化する動きがあったことや、米国債の信用(=ドルの金本位制維持)に若干の疑念が生じた可能性があります。しかし下落幅は限定的で、すぐに利回り低下トレンドに戻りました。結果として長期債投資家も報われていますが、価格変動のストレスには短期債より晒されたと言えます。
以上から、大恐慌期の国債は総じて「勝ち組」資産でしたが、短期債の方が安定して利益を得られ、長期債は多少の含み損局面を耐える必要があったことが分かります。いずれにせよデフォルトリスクがなく利払いが続いた点は共通で、国債全般の信頼性が際立ちました。教訓としては、「信用リスクのない債券」は極端な不況でも価値を保ちやすいこと、そしてデフレ下では債券の実質利回りが非常に高くなることが挙げられます。
落とし穴:通貨価値の変動 – 国債投資にも一つ盲点がありました。それは、通貨自体の価値変動による影響です。米国債はドル建て資産なので、ドルが安定している限り安全ですが、ドルの対外価値が下がると実質価値も下がります。実際、1934年のドル切下げ(約40%)により、米国債を持っていた外国人は同等の金(ゴールド)や他通貨ベースで見て資産を大きく毀損しました。国内投資家にとっても、輸入品など国外からの財・サービスの購買力という点ではドル安は損失です。つまり、自国通貨建てで安全な国債も、通貨の信用が揺らげばリスク資産に転じるのです。この点、大恐慌期の米国債は国内投資家には最後まで安全資産でしたが、外国人にとっては1934年に不利益を被る結果となりました。また、その後のインフレ(第二次大戦期・戦後)では国債の実質価値は大きくめべりします。大恐慌期はデフレでしたから心配ありませんでしたが、インフレ局面では国債も現金同様に実質価値が目減りする点には留意が必要です(詳細は後述するインフレ局面の節で解説します)。
3-3. 金(ゴールド):守りの資産が勝てる条件と負ける条件
金(ゴールド)はしばしば「究極の安全資産」や「インフレ・通貨不安ヘッジ」として語られます。大恐慌期においても、金は重要な役割を果たしました。ただ、そのパフォーマンスは国や制度に強く依存し、一概に「金が最強だった」と言い切れない側面もあります。
まず事実関係として、金の対通貨価値は各国の通貨切下げ時に大きく上昇しました。1930年代前半、主要国は相次いで金本位制を離脱し自国通貨を切下げています。イギリス(1931年)、米国(1933–34年)、フランス(1936年)などがその例です。例えば米国は1934年に1オンス=20.67ドルから35ドルへ公式価格を変更(約69%のドル価値切下げ)しています。英ポンドも1931年に金との固定を外した後、対ドルで約30%下落しました。これらの局面では、金の価格(現地通貨建て)が急騰し、金保有者はその分だけ通貨建て資産を増やすことができました。特に米ドルに対して金は1933–34年にかけて名目約70%上昇し、結果として金の購買力は短期間でほぼ倍増しています。当時のデータを例示すると、「1931年に金で購入できた不動産面積」が「1934年には同じ金量で2倍に増えた」という記録が残っています(金/住宅価格比の急騰)。
しかしながら、米国の一般市民はこの金価格上昇益を享受できませんでした。前述の通り、1933年に米政府は金の私的保有を禁じ、保有金を強制的に政府に売却させています。つまり、ドル切下げによる金価格急騰の利益は政府が獲得し、一般の金保有者には行き渡らなかったのです。国外に金資産を逃していた一部の富裕層などは例外でしょうが、大半の米国人にとって「金最強」は机上の空論となりました。このように、金は国家による制度変更リスクを強く受ける資産でもあります。実際、米国では金保有禁止から数十年にわたり金の民間保有・売買が制限されました(1970年代まで)。大恐慌期に金で儲けたのは、米国では政府とルールをかいくぐった一部の投資家、国際的には自国通貨が切下げされた国の金保有者たちです。
制度面以外で見ると、金の価値は通貨と反対方向に動くという一般論が当てはまります。金本位制下では各国通貨と金の交換比率が固定されていたため、大恐慌初期には金価格(各国通貨建て)は動きませんでした。例えば米ドル建て金価格は1933年までは1オンス=20.67ドルのままです。しかしその間、ドルの購買力はデフレで大きく上がっており、金1オンスで買える財・サービスの量も増えていました。つまり見かけ上金価格は不変でも、実質的な金の価値(購買力)は上昇していたのです。さらに各国が金本位制を放棄すると、金は通貨に対し名目でも価値を上げました。総合すれば、大恐慌期に金は「通貨価値下落へのヘッジ」として機能したと言えます。自国通貨の信用が揺らぐ局面(インフレや通貨切下げ)では金が威力を発揮し、逆に通貨が安定している間(デフレで通貨価値上昇中)は現金と同程度の効果に留まりました。
金投資の落とし穴としては、上記の政府規制リスクに加え、保管・流動性の問題があります。現金や国債は取り扱いが容易ですが、金地金を大量に保有するには盗難リスクや保管コストが伴います。大恐慌期、米国内で金売買が禁止された後は、金そのものを持っていても国内では換金できずに宝の持ち腐れとなりました。また、金は利子や配当を生まない資産なので、安定期には他の資産に劣後する可能性もあります。例えば1930年代後半、米国が景気回復局面に入ると株式や債券が収益をもたらす一方、金価格(35ドル)は固定されたままなので何のキャッシュフローも生みませんでした。「守りの資産」である金は、危機時には輝くが平時にはパフォーマンスで見劣りする傾向があります。大恐慌期においても、金本位制離脱という一瞬のイベントで劇的な価値向上があったものの、それ以外の期間は静的な資産でした。
以上を踏まえると、大恐慌で金が「得をした資産」かどうかは、誰の視点かで答えが変わります。国家としては金準備の価値を高めることに成功しましたし、早期に金へ逃避した投資家も通貨切下げで利益を得ました。しかし平均的な米国庶民にとっては、金は途中から手放さざるを得なかった資産であり、現金や国債ほど直接の恩恵はありませんでした。このことは、「金は究極の安全資産だが、政府の意向一つで没収・価値固定されるリスクもある」という教訓として現代にも残されています。
3-4. 株式:なぜ長期では回復しても、当時は厳しくなりやすいのか
株式(エクイティ)は長期的にはリスクプレミアムにより他資産を上回るリターンをもたらすことが多いですが、大恐慌期に限って言えば最悪の投資先でした。米国株式市場(代表的な指標であるダウ工業株30種平均)は、1929年9月の高値から1932年7月の安値までに約89%下落しています。10万円が1万円強になるような暴落で、レバレッジをかけていた投資家は軒並み破産しました。その後、1933年以降は大幅な反発も見せ、1933年には年率+50%超、1935年にも+40%以上といった戻りを経験します。しかし、それでも1929年のピーク水準に戻るには25年もの歳月が必要でした。1954年になってようやくダウ平均が381ドルを回復したのです。投資家心理面でも、1929年のトラウマは長期間にわたり影を落とし、1930年代を通じて株式市場への信頼は低迷しました。多くの国民は株式投資を忌避し、安全な預金や債券を好むようになったのです。
なぜ大恐慌期の株式はこれほどまでに厳しかったのでしょうか。主な理由を整理します。
- ①業績悪化と減配・無配: 大恐慌では企業の業績が大幅に悪化し、多くの企業が赤字・倒産に追い込まれました。1929–1933年に米国のGDPは約30%も縮小し、失業率は25%に達しました。売上が激減し利益が出なくなった企業は、株主配当を減額ないし停止しました。株式の価値は将来の配当や利益に対する期待で決まりますから、それが潰えた以上、大幅に値下がりするのは避けられません。実際、大恐慌期に生き残った企業も配当は大幅カットしています。投資家にとっては、株価下落だけでなく配当収入も途絶えるという二重の苦痛となりました。
- ②信用収縮による追証と投げ売り: 前述の通り、多くの投資家は借金(信用取引)で株を買っていました。暴落局面では証拠金維持のため追加資金を要求(マージンコール)され、それに応じられない場合は強制的に持ち株を売却させられます。この追証売り・強制処分が雪だるま式に増え、下落に拍車をかける悪循環に陥りました。要は、株式市場から信用が消え去り、買い手不在で暴落が止まらなくなったのです。値頃だと思って途中で買い支えた投資家も、下げの勢いに耐え切れず退場する状況でした。このようなパニック相場では、ファンダメンタルズを超えて過剰に売られるため、本来割安になった段階でも下げ止まりません。大恐慌期の株安には、こうした市場メカニズム上の歯止めの無さも影響していました。
- ③政策ミスと市場不信: 1929年の大暴落後、当初フーヴァー政権やFRBは強い介入を行わず、「市場に任せる」姿勢でした。しかし事態は悪化し、後手に回った印象が拭えませんでした。さらに1932年には政府系機関による株式買い支え(通称「フーヴァーの空売り禁止と買い支え」)も試みられましたが効果は限定的でした。政府が場当たり的に市場介入する様子は、逆に投資家の不信を招きました。「何か隠しているのではないか」「政府もお手上げでは」といった噂が飛び交い、市場心理は極度に冷え込みました。株は長期的には企業価値に収斂しますが、短中期的にはこのような心理要因に大きく左右されます。大恐慌期はまさに悲観一色で、少し戻しては売られる展開が長く続きました。
こうした要因の結果、株式は大恐慌という特定の期間では「報われない資産」だったと言えます。長期ではもちろん経済成長とともに企業収益も回復し、株価も元に戻りました。しかし、それまでに失われた時間と機会費用は甚大でした。25年という人間の投資寿命に匹敵するブランクを埋めるには、並大抵の忍耐では足りません。実際、1929年に高値掴みした世代は、多くが生きているうちに損失を回復できなかったとされています。仮に配当再投資などを考慮すればもう少し早く実質回復したとも言われますが、それでも数十年規模の辛抱が必要でした。
重要なのは、「株式は長期では勝つ」という一般論も、投資家の時間軸次第では当てはまらないことです。大恐慌期に資産防衛を考えるなら、株は真っ先に避けるべき対象でした。実際、一部の慧眼な投資家(例えばジョセフ・ケネディなど)は1929年の狂騒の前に株を売り抜け現金化して難を逃れています。一方、過去の成功体験から「株は手放すな」と抱え続けた人々は、結果的に塩漬けで長い塩辛い冬を過ごす羽目になりました。
3-5. 不動産・農地:流動性と負債の罠(ローンがあると何が起きるか)
不動産や農地といった実物資産もまた、大恐慌期には非常に厳しい状況に置かれました。不動産価格は全国平均で約3割下落し、地域によってはそれ以上の暴落に見舞われました。例えば都市部の住宅地では買い手がつかず、名目価格では半額以下でも売れないケースがありました。農地も農産物価格の暴落や天候不順(米国では「ダストボウル」と呼ばれる干ばつ)により、土地の価値は大きく毀損しました。
不動産の弱点は、流動性が低い(すぐ売れない)ことと、購入に借金を伴うことが多いことです。この二つが大恐慌期には致命的な弱みとなりました。
まず、資産価値が下がり始めても不動産はすぐには現金化できません。買い手を探すのに時間がかかり、価格交渉も必要です。大恐慌期には買い手自体がほとんどいなくなり、不動産市場は凍りつきました。売り急ぐ人は投げ売り同然の安値を提示するしかなく、そうした火災売却(ファイアセール)の低価格が周囲の資産価値をさらに押し下げる悪循環も起きました。結果として、実需で持っていた人まで含めて評価額が大きく減少しました。
さらに深刻だったのが、ローンの問題(負債の罠)です。家や農地は多くの場合、購入時に住宅ローンや農業融資を受けて取得されています。デフレと所得減によりローンの実質負担が跳ね上がり、返済が困難になる人が続出しました。銀行は返済滞留が増えると債権回収のため担保物件を差し押さえ、市場に競売として放出します。しかし不況下でまともな買い手はおらず、多くの物件は債権額にも満たない値で落札されました。借り手は財産を失った上に借金がなお残るケースもありました。1932年には米国で一四半期(3ヶ月)に25万件以上、1933年には1日あたり1,000件超のペースで住宅差し押さえ(フォアクロージャー)が発生したとされます。これは異常な数字で、如何に大勢が不動産ローンで破綻したかを物語っています。
また農地では、農作物価格の下落で収益が絶たれた上に天災も重なり、ローンの返済どころではなくなりました。金融機関は農地を取り上げ競売にかけますが、地域経済ごと疲弊しているため買い手は付きません。結果、農地価格も下落する一方となりました。
不動産投資のもう一つの落とし穴は、維持コストや税金です。所有しているだけで固定資産税や維持管理費がかかります。不況期にはそれらコストを捻出するのも難しくなり、税金滞納で差し押さえられる不動産もありました。賃貸用不動産の場合は入居者の家賃滞納や空室増により収入が激減し、ローン返済ができなくなるオーナーも多かったです。
こうした「流動性がなく、負債付き」という不動産の性質は、大恐慌のような極端な環境下では致命傷になり得ます。平時にはインフレと経済成長に伴い不動産価値は上がることが多く、借金して買ってもリターンを得やすいものです。しかしデフレで経済が縮小するとき、レバレッジをかけた不動産投資は最悪の組み合わせとなりました。
もっとも、不動産がすべての人にとって悲劇だったわけではありません。ローンを完済済みで、売る必要もなく住み続けられた人にとっては、価格下落は単なる評価上の問題であり、住居としての価値は変わりませんでした。また現金を持っていた人にとっては、不動産価格の暴落は絶好の買い場でもありました。実際、富裕層の中には不況期に底値で土地を買い集め、戦後の復興期に大きな富を築いた例もあります。とはいえ、それは資金力と時間余裕のある一部の勝者の話です。大多数の家計にとって、大恐慌期の不動産は負債とともに自宅を失う悲劇の象徴でした。
総じて、不動産は「流動性ゼロ資産+高レバレッジ投資」の典型であり、大恐慌というシナリオでは非常に脆弱でした。現代でもこの教訓は重要です。つまり、ローンを利用した不動産投資は不況やデフレには極端に弱いという点です。好況期には勝ちやすい手法ですが、一度逆回転すると持ちこたえられません。大恐慌期の悲劇を繰り返さないためにも、安易な借金による資産購入は避けるべきだと分かります。
3-6. 外貨・預金・社債:信用リスクをどう扱うか(安全資産の定義)
最後に、外貨・銀行預金・社債といった資産について触れます。これらは一見バラバラに見えますが、共通点があります。それは「信用リスク」や「通貨リスク」の扱いが問われる資産だということです。大恐慌期には、この信用・通貨リスクの評価が大きく変動し、資産選好に影響を与えました。
- 外貨預金・外貨資産: 外国通貨で資産を持つことは、一種の保険になります。自国通貨が危機に陥ったとき、他国通貨で資産を保有していれば自国のインフレや通貨切下げの影響を避けられるからです。大恐慌期でも、イギリス人が米ドル資産を持っていた場合、1931年のポンド切下げでドル建て資産が大きく価値を増しました。同様に米国人がスイスフランや金貨を海外に持っていた場合、1934年のドル切下げで資産価値が跳ね上がっています。しかし、外貨資産も万能ではありません。まず、自国通貨と逆の動きをするかはケースバイケースです。大恐慌初期、米ドルは金本位制で安定しており、主要国通貨間の変動は限定的でした。むしろ各国一斉にデフレだったため、通貨間での有利不利は表面化していません。各国が金本位制を離脱し始めると、離脱順で通貨価値が下がり、残存する金本位国の通貨価値が相対的に上がるという現象が起きました。つまり「安全な外貨」とは時期によって違ったのです。1931年時点では米ドルが安全通貨、1933年以降は金本位制を維持したフランス・スイスの通貨が安全通貨、そして1936年のフラン切下げ後は金そのものが究極の安全通貨……と、状況が変遷しました。このように、外貨建て資産を持つ意義はその時々の各国政策で左右されます。また、各国が資本規制(為替管理)を導入すると、外貨への交換や海外への送金が制限され、折角外貨資産を持っていても有事に引き出せないリスクもあります。大恐慌期、イギリスやドイツは為替管理を実施し、自国民の資本逃避を防ぎました。従って外貨資産は「効くときは効くが、封じられるリスクもある」ものと評価できます。
- 銀行預金: これについては既に現金の項で述べましたが、預金は預け先の銀行の信用リスクを負う資産です。当時、銀行預金は決して安全資産ではなく、多数の銀行破綻で預金封鎖・消滅が発生しました。しかし一方で、政府が信用ある大手銀行を救済したり、1933年以降に預金保険(FDIC)制度を導入したことで、徐々に預金も安全度を取り戻しました。つまり、大恐慌の全期間を通じて見ると、預金の安全性は時間とともに変化したのです。危機初期には預金より手元現金が確実でしたが、後半には政府保証が付き安全性が改善しています。安全資産とは本来「額面と流動性が保証された資産」ですが、預金はその保証が脅かされた時期があったわけです。したがって投資家は、「誰にお金を預けているのか」を常に意識する必要があります。大恐慌を機に各国で預金保険が整備されましたが、それでも保証限度額や制度の信頼度が問題になります。現代日本でも一金融機関あたり元本1,000万円と利息しか保護されません(ペイオフ)。究極的には、預金ですら信用リスクゼロではないのです。この教訓は「現金最強」と言っても、それは手元の現金か政府保証の裏付けある預金に限るという点につながります。
- 社債(企業債券): 社債は企業が発行する債券で、国債に比べると格段に信用リスクが高い資産です。大恐慌期、社債を巡る状況は悲惨でした。多くの企業が経営危機に陥ったため、社債のデフォルト(債務不履行)が続発しました。特に投機的格付け(いわゆるジャンク債)の企業では、社債の半分以上がデフォルトに陥った年もあります。投資適格級の優良社債(格付けA以上)であっても、倒産こそ免れても利払い繰り延べや条件変更など投資家に損失を強いるケースが発生しました。当時のデータによれば、1930年代前半の社債平均デフォルト率は10%超に達し、ピーク年(1933年)では15%前後に上ったとの推計があります。この数字はリーマンショック時(2008–09年)の米ハイイールド債デフォルト率とほぼ同水準で、歴史上でも最悪クラスです。社債保有者は額面が返ってこないどころか、金利も停止される例が相次ぎました。結果、社債市場からは資金が干上がり、企業は社債をリファイナンス(借換え)できず倒産する、という負の連鎖にも陥りました。社債の多くは担保が無いか二番手以下の劣後債務だったため、破綻処理でも回収率は低く、投資家損失が大きかったのです。唯一、超優良企業(当時のAT&Tなど)の社債は比較的信頼を保ちましたが、それでも価格下落は避けられませんでした。
以上のように、外貨・預金・社債はいずれも「信用」や「通貨」への信頼が揺らぐと価値を失い得る資産でした。逆に言えば、信用が保たれている限り有用でもあります。例えば米国の優良社債を安値で買えた投資家は、高い利回りを得つつ無事償還まで行きついて利益を上げました。また、ポンド切下げ前にドルに換えていた人はその判断が的中しています。重要なのは、何に対する安全性を優先するかです。大恐慌期、人々が最重視したのは「元本の確実な保全」と「流動性」でした。外貨や社債は元本毀損リスクがあり、預金は流動性リスクが顕在化しました。ゆえに究極的には政府の信用が裏付ける現金や国債が生き残り、その他は周縁へと追いやられたのです。
今日の視点では、預金は預金保険があるぶん当時より安全ですが、社債や外貨は相変わらずリスクが付きまといます。大恐慌の教訓は、「安全資産」の定義は状況次第で変わり、信用や通貨のリスクを見誤ると痛手を負うということです。分散投資においても、この信用・通貨のリスク分散が鍵になります(後述の実践編で詳説します)。
4. 図表で比較する:大恐慌期に「得した」を定量化する方法

ここからは、大恐慌期の各資産の成績を定量的に比較してみましょう。資産の優劣を判断する指標はいくつか考えられますが、ここではリターン(名目・実質)、最大下落率(ドローダウン)、回復年数、流動性といった評価軸を取り上げます。これらの軸に沿って図表を用いながら比較することで、「一番得した資産」がどの観点で得だったのかを明確にできます。
- リターン(名目/実質): 資産価格や配当・利息を含めたトータルリターン。名目はそのままの数値、実質は物価変動を調整した購買力ベースの数値です。大恐慌期はデフレが大きかったため、名目と実質で順位が変わるケースがあります。実質リターンこそが最終的な豊かさへの寄与度を示すので、本質的には実質を見るべきですが、投資家の心理や契約は名目値で動くため両方確認します。
- 最大下落率(ピークからどれだけ下がったか): 投資家が被った最大の含み損の割合です(ドローダウン)。これは「生存率」とも言えます。例えば株式は-89%の最大下落を記録しましたが、現金は0%です。ドローダウンが大きい資産ほど途中で投げ売りする可能性が高まり、長期保有が難しくなります。よって、精神的・資金的に耐えやすい資産かを見る指標になります。
- 回復年数: 資産価値がピークを取り戻すのに何年かかったか、あるいは回復しなかったか、を示します。株式は25年かかりましたが、国債や現金はそもそも下落していないので回復期間ゼロです。これも投資家にとっては重要で、あまりに長い回復期間は実質的な損失と言えます。人的な寿命や必要資金の時期との関係で、回復が間に合わなければ意味がないからです。
- 流動性: 売買や現金化のしやすさです。数値化しづらいですが、市場が常に開いていて薄商いでもない資産は流動性が高いと考えます。大恐慌期、現金や国債は流動性が高くすぐ使えましたが、不動産は全く売れませんでした。流動性が低い資産は、暴落時に売りたくても売れず損失確定できないor含み損拡大という事態になります。ゆえに流動性の低さは隠れたリスクです。
以上の軸を意識しつつ、図表1~3で具体的なデータ比較を行います。図表1では資産別のリターン(名目・実質)を俯瞰し、図表2では最大下落率(=生存率)を並べ、図表3では期間設定の違いによる結果の変化を示します。なお比較対象は米国を中心に、現金(タンス預金)、短期国債、長期国債、金、株式(S&P指数)、不動産(住宅価格)とします。他の資産(社債・外貨など)は定量比較が難しいため含めていません。期間は大恐慌のピークとボトムを含む1929年末~1933年末を基本とし、図表3で延長期間を見る形にします。データソースは主に米国の歴史統計(ダモダラン教授のリターンデータセット等)を用い、実質リターン計算には消費者物価指数の変動(1929–1933累計で約-25%)を反映しています。
4-2. 図表1:資産別の名目リターンと実質リターンの見取り図
大恐慌期(1929年末~1933年末)における代表資産のリターンを、名目値と実質値で比較したものが以下の表です(配当・利息込のトータルリターン)。実質リターンは物価下落(約25%のデフレ)を加味して算出しています。
| 資産クラス | 名目リターン | 実質リターン |
|---|---|---|
| 現金(紙幣) | 0% | +約33% |
| 短期国債(3ヶ月) | +約15% | +約50% |
| 長期国債(10年) | +約20% | +約60% |
| 金(ゴールド) | 0% ※米国では価格固定 | +約33% |
| 株式(S&P指数) | -約24% | 約0% |
| 不動産(住宅価格) | -約25% | 約0% |
※デフレ率を約-25%として計算。実質リターンは概算値。株式の名目-24%は配当込み、住宅価格は住宅指数の下落率。
【図表1】より、まず名目リターンで見ると、現金(紙幣)は±0%で価値維持、国債は+15~20%程度のプラス、株式と不動産は約-25%前後のマイナスでした。一方、実質リターンに直すと、現金・金がともに+33%(購買力3割増)、国債は+50~60%と大きなプラス、株式と不動産は実質ほぼ±0%付近まで改善します。これはデフレによる底上げ効果です。特に株式・不動産は名目では大きく下げましたが、物価も下がったため購買力ベースでは下落幅が埋まった形です(もっとも、これは1933年末時点で反発していたおかげで、1932年底で比較すれば実質でも大幅マイナスです)。国債の実質リターンが突出して高いのは、名目利息とデフレのダブル効果で購買力が増大したためです。金の名目リターンが0%なのは米国では公定価格が固定されていたからですが、実質ではやはりデフレ分だけ価値が増しています。
こうしてみると、名目ベースのランキングでは「短期国債 ≒ 長期国債 > 現金 ≒ 金 > 株式 ≒ 不動産」となり、実質ベースでは「長期国債 > 短期国債 > 金 ≒ 現金 > 株式 ≒ 不動産」という序列になります。国債と現金(および金)が優秀で、株式と不動産は低調だったことが読み取れます。ただし先述のように、株式・不動産も1933年末まで含めれば実質では横ばい近くまで戻しており、「長期では価値回復し得るが、短期では大損した」資産とも言えます。
重要なのは、実質リターンで見れば現金・国債・金は確かに購買力を増やして勝者だったという点です。一方、名目リターン重視の観点では金と現金は横ばい(損していないだけ)とも評価できます。実際当時の人々の実感としては、「現金預金が減らなかっただけで御の字」「株や土地は酷い損失」というものでしょう。購買力という観点は後になって振り返れば重要ですが、人々の行動は名目に引きずられる側面があります。その意味では、「損をしなかった」という事実自体が大恐慌では称賛に値する成果だったとも言えます。現金・国債・金はまさにその境地にあったわけです。
4-3. 図表2:最大下落(ドローダウン)比較で見える「生存率」
次に、各資産の最大下落率(ピークからの最大値下がり)を比較します。大恐慌期は資産によって値動きの振れ幅が大きく異なりました。この振れ幅は、投資家が途中で耐えられたか(生き残れたか)を左右します。以下の図表2は、主要資産のピーク対比の最低価値を%表示したものです(100から何%減ったかと、残存率何%になったか)。
| 資産クラス | 最大下落率 | 価値残存率(ピーク=100) |
|---|---|---|
| 現金(紙幣) | 0% | 100 |
| 短期国債(3ヶ月) | ほぼ0% | 約100 |
| 長期国債(10年) | -約5% | 約95 |
| 金(米ドル建) | 0% | 100 |
| 株式(ダウ平均) | -89% | 11 |
| 不動産(住宅価格) | -35% | 65 |
【図表2】から明らかなように、現金・短期国債・金は元本価値のドローダウンが0%(価値残存100)でした。長期国債も一時的な価格変動はあったものの、最大で5%程度の下落に留まりました。これに対し、株式はピーク比-89%もの壊滅的下落を経験し、価値残存率わずか11となっています。不動産も全国平均で-35%程度の下落(残存65)ですが、差し押さえ物件など実際の取引価格ベースでは半額以下になった例も多く、地域によっては実質的に残存率20~30相当のケースもありました。
この最大下落率=生存率で見ると、株式投資家の多くが途中退場したであろうことは想像に難くありません。実際、90%近い含み損に耐えて保有を続けられる投資家はほぼ皆無でしょうし、たとえ心臓に毛が生えていても証拠金取引なら強制決済されています。大恐慌期に株式で生き残れたのは、ごく一部の借金なしで余裕資金を投資していた幸運な投資家だけでした(そしてその人ですら、評価額回復に数十年を要しました)。不動産も同様で、多くは差し押さえで強制処分され、底値で資産を失いました。一方、現金・国債・金は価値がほぼ目減りしなかったため、保有し続けることに心理的負担は生じませんでした。ドローダウンが小さいということは「生存率が高い」ことを意味します。まさに、安全資産組は生き残り、不安全資産組は死滅したのが大恐慌期だったのです。
この比較から学べるのは、資産配分やリスク管理においてドローダウン耐性が極めて重要だということです。どんなに長期期待リターンが高くても、途中で-89%の含み損を食らう資産には集中すべきでないでしょう。人間の心理的キャパシティや投資継続力には限界があります。また、大恐慌のように金融システム自体が揺らぐ局面では、ドローダウンが小さい資産ほど実質的な価値を持つとも言えます。例えば、株価がいくら将来戻ると信じていても、その間に自分や周囲が失業したり破産したりすれば意味がありません。現金や国債はその点すぐに使える価値を保ったため、人々の生活や企業の運転資金としても役立ちました。資産の生存率は単なる投資尺度以上に、経済主体のサバイバルを左右するリアルな指標だったのです。
4-4. 図表3:同じ資産でも短期と長期で結果が変わる(期間依存性)
最後に、評価期間の違いによる資産リターンの変化を見てみます。大恐慌期は期間設定次第で資産の印象がかなり異なります。ここでは1929年末から1932年末まで(大恐慌の急落局面)と、1929年末から1939年末まで(その後の部分的回復を含む10年間)で主要資産の累積名目リターンを比較します。
| 資産クラス | 1929~1932年 | 1929~1939年 |
|---|---|---|
| 現金(紙幣) | 0% | 0% |
| 短期国債(3ヶ月) | +約15% | +約17% |
| 長期国債(10年) | +約16% | +約55% |
| 金(ゴールド) | 0% | +約67% |
| 株式(S&P指数) | -約49% | +約20% |
| 不動産(住宅価格) | -約22% | -約12% |
【図表3】によれば、1929~1932年の最悪期に限れば、現金と国債がプラス(現金は0%、国債+16%程度)、株式は-49%、不動産は-22%と大幅なマイナスでした。ところが、1929~1939年の10年間で見ると、株式は+20%とプラス圏に浮上し、不動産も-12%までマイナス幅が縮小しています。これは1933年以降の反発によるものです。一方、長期国債は後半も利息と価格上昇で利益を伸ばし+55%に達し、金もドル切下げで+67%となりました。短期国債や現金は後半の金利低下でほとんど増えず横ばいです。
この比較から、評価期間の違いが結論を左右することが分かります。1932年末時点で見れば、「現金・国債以外は惨敗」となりますが、1939年末まで見ると「株式も結局プラスに戻った」という評価になります。実質では物価が1930年代に若干上昇したものの依然1929年水準より低かったため、株式の実質リターンも1939年時点でおおよそ+20~30%程度だったと推計できます(年率換算+1~3%程度)。つまり10年という長期で辛抱すれば株も一応報われたのです。ただし、先に述べた通り途中で-89%のドローダウンに耐える必要があり、それができた人はほとんどいません。
また、短期債 vs 長期債でも期間依存性が見られます。短期債は景気回復局面で利払いがごく低く抑えられたため、1933年以降はほぼリターンが伸びず、10年累計で+17%に留まりました。一方、長期債は高クーポンを維持し価格も上昇したため、後半も利益を積み増しました。このように、「守り」の資産でも保有期間が長くなると、より利回りの良い資産に軍配が上がることが分かります。大恐慌後半のように金利が底打ちしてから先は、債券よりも株式の方がパフォーマンスが高くなる傾向が顕著でした(実際、1933年以降数年は株価の方が国債より上昇しています)。
以上の比較から導けるのは、「最悪の〇年間」をどこまで含めるかで資産評価は変わるという点です。投資戦略としては、危機が深刻化する局面では守り資産に注力し、危機が収束・反転し始めたら攻め資産に切り替えるのが理想でした。しかし実際には、どこが底でどこからが回復かをリアルタイムで見極めるのは困難です。多くの人は、底で悲観しすぎて株を安値で売り払い、回復してから買い戻せなかったでしょう。従って、大恐慌期を通して確実に利益を残すには、一貫して安全資産を厚く持ち、危機が完全に去った後も慎重でいることが必要でした。それができた人は1930年代を通じてプラスの資産成長を遂げ、できなかった人は山あり谷ありでトータルゼロかマイナスに終わったと考えられます。
要するに、期間設定は恣意的になり得ることを念頭に置きつつも、「大恐慌のピークからボトム」という一番キツい部分を耐え抜けたかが資産選択の成否を決めたと言えます。ピークからボトムにかけては現金・国債が王者であり、そこを逃せば株式も復権しましたが、そもそもそこに至るまで生き残っている人は多くなかったのです。
これら図表分析の結果をまとめれば、「名目・実質リターンの双方で優秀かつドローダウンが小さかった現金と国債が大恐慌期の勝者」であり、「長期間では株も値を戻したが、それは結果論であり、大半の投資家にとっては耐え難い道のりだった」と言えます。金は公的制約で特殊事情がありつつも、通貨危機耐性という点でやはり頼りになりました。一方、不動産・社債は負債や信用リスクの面でリスキーで、総じて負け組に回りました。では、なぜ現金や国債がそこまで強く、他の資産が脆弱だったのか——次章では、そのメカニズムをより深く掘り下げます。
5. なぜその資産が勝ったのか:メカニズムを分解する

ここでは、大恐慌期に特定の資産が強さを発揮した理由を、経済メカニズムの観点から解説します。ポイントはデフレ、信用収縮、制度変更の3つの要因です。それぞれの本質に立ち返ることで、「なぜ現金の購買力があそこまで上がったのか」「なぜ安全資産に資金が集中したのか」「なぜ政策によって資産間の優劣が逆転したのか」を理解できます。大恐慌期は極端な状況ではありますが、これらのメカニズム自体は現代でも原理的に当てはまる部分があります。それゆえ、当時の教訓を正しく活かすためにも、その背景にある仕組みを押さえておくことが重要です。
5-1. デフレの本質:モノが安くなるほど現金の購買力が上がる
デフレ(物価下落)は、それ自体が経済に大きな影響を与える現象です。大恐慌期のような深刻なデフレでは、お金(通貨)の価値が相対的に上がり続けることを意味します。デフレの本質は「財・サービスの価格が下がる=同じお金でより多く買える」ことであり、言い換えれば「お金の実質価値が上がる」ということです。
大恐慌期には、まさにこの現象が極端に現れました。冒頭で述べた通り、米国では1929年から1933年にかけて物価がおよそ25%下落しました。これは、1ドルで買えるものが4年間で約1.33ドル相当へ増えたことを意味します。例えば、1929年に100ドル握りしめてスーパーに行った人は、1933年には同じ100ドルで当時133ドル分に相当する量の商品を買えたわけです。現金そのものに年率7%強の実質利子が付いたようなものです。
この効果が端的に現れたのが、人々の消費行動でした。物価が下がると、「今買わなくても将来もっと安く買えるかも」と期待し、人々は消費を先送りにするようになります。そうなると需要がさらに減ってデフレが進みます(これをデフレスパイラルと呼びます)。つまり、デフレ期には現金を持って待っていることが最も得策という心理が働きます。大恐慌期はその極致で、消費も投資も滞り、人々はひたすら現金を抱え込もうとしました。企業も投資を控え、現金準備に走りました。こうした行動はデフレを一段と進行させるため、本来は望ましくないのですが、個々の合理的判断としては仕方ない面があります。
では、デフレ下ではなぜ現金や債券が有利で、株式や不動産が不利になるのでしょうか。現金・債券は基本的に額面が固定されており、物価下落により実質価値が上昇します。一方、株式は企業の将来利益への請求権です。デフレ下では企業の売上・利益が減少するため、株式の配当や株価は下がりやすくなります。また借金の実質負担が増えて企業倒産リスクも上がり、株式投資には不利です。不動産も、賃料収入が下がり固定費相対負担が上がるため利回りが悪化し、価格は下落します。しかも前述の通り流動性が低く、すぐ現金化できないため、デフレ時に不動産を持っていても購買力増加の恩恵を享受しにくいのです。むしろ、現金化できる人が強く、できない人が弱いという構図になります。
さらに、デフレ時には名目金利が下がっても実質金利は高止まりするという問題があります。中央銀行が金利をゼロ近くまで下げたとしても、物価が-10%で下がれば実質金利は+10%になってしまいます。大恐慌期、FRBは途中から金利を引き下げましたが焼け石に水で、実質金利の高騰を止められませんでした。こうなると借り手(企業・個人)は誰も借金したがらず、貸し手(貯蓄者)ばかりが得をします。「貸し手=現金・債券保有者天国」の到来です。つまり、構造的に見てデフレは金融資産(現金・債券)の価値を増し、実物資産(株式=実体経済や不動産)の価値を減じる力学を持っています。
以上がデフレの本質であり、大恐慌期に現金・債券が勝者となった根源的理由です。現代では、各国中央銀行はこのデフレの怖さを知っているため、必死に回避しようとします。リーマン危機(2008)後やコロナショック(2020)で大規模な金融緩和が行われたのも、「大恐慌のようなデフレを起こさないため」です。それほどまでに、デフレは経済に破壊的であり、特定の資産(現金・国債)だけが異様に得をして他が割を食う事態を招きます。大恐慌期にはまさにその構図が極端に現れたと言えるでしょう。
5-2. 信用収縮の本質:安全資産に資金が集中する構造
信用収縮(クレジットクランチ)とは、金融システム内で貸し渋り・貸し剥がしや信用収縮が起こり、資金の循環が滞る現象です。大恐慌期はまさに信用収縮の嵐であり、その結果として「安全だと見做された資産」にマネーが殺到しました。このメカニズムをひも解いてみましょう。
信用収縮の出発点は、借り手の信用悪化と貸し手のリスク回避です。1920年代後半のアメリカは信用バブルで、人々は借金して株を買い、不動産を買い、企業も過剰投資をしていました。しかし株価暴落を契機に状況が一変します。資産価格が下がり始めると、借り手の担保価値が目減りし、貸し手は「このままでは貸したお金が戻ってこないかも」と不安になります。そこで貸し手は融資を引き上げたり、新規貸出を止めます。典型例が証拠金貸付のコールローン引き上げで、1929年の株価急落時に金融機関が一斉に追証を求め、できない分は強制売却させました。これにより株価はさらに下落し、担保価値は一段と低下し、貸し手は益々資金回収を急ぐ……という悪循環です。
また、銀行同士でも疑心暗鬼が生じ、インターバンク市場で短期資金の融通が滞ります。一部の銀行が破綻すると、「他の銀行も危ないのでは」との疑念から銀行間で貸し借りしていたお金を引き揚げ、みんな現金を抱えて守りに入ります。これがさらに銀行の資金繰りを悪化させ、連鎖破綻を引き起こしました。銀行が信用を失えば、企業への貸出も停止されます。頼みの綱の資本市場(社債発行など)も、投資家が社債から手を引きますから機能しません。こうして経済全体から信用という潤滑油が消え去り、資金はただひたすら「一番信用できる場所」へ逃げ込むことになります。
当時、誰もが「信用できる場所」として認識したのが米国政府でした。米政府は戦争時にも債務不履行を起こさず、連邦準備制度があり、徴税権も強力です。そのため、「アメリカ政府が発行するもの(ドル紙幣や米国債)」は最も信用できる資産だというコンセンサスがありました。逆に、民間が発行するもの(社債・株式・銀行預金証書など)は疑われました。こうなると、資金はみな一方向に流れます。すなわち、「安全資産」への一極集中です。
これをフライト・トゥ・クオリティ(質への逃避)と言います。投資家・預金者がリスク資産を売り払い、安全資産を買い求める動きです。この過程で、安全資産の価格は上昇し利回りが低下します。実際、大恐慌期の米国では、社債利回り(Baa格)は1930年に7%台だったものが1933年には信用不安で10%以上に急騰し、一方で同期間に米国債10年利回りは3.3%から2.0%へ低下しています。社債スプレッド(社債利回り-国債利回り)は空前の開きとなりました。この「社債売り・国債買い」の流れは、究極的には「民間信用 → 政府信用」への逃避を意味します。銀行預金から現金への引き出しも同じ構図です。銀行は民間ですが、現金紙幣は政府発行物なので、人々は民間への信用を政府発行貨幣に変えたことになります。
このように信用収縮局面では、「信用度の差」が資産価格に決定的影響を持ちます。大恐慌期、現金や米国債が強烈に買われたのは、単にデフレだからというだけでなく、「これだけは信用が落ちないだろう」と信じられたからです。逆に信用が危ぶまれたものは、たとえ利回りが魅力的でも見向きもされませんでした。
信用収縮が進むと、最後には中央銀行が市場の機能を肩代わりするしかなくなります。FRBは1932年になってようやく国債買入れなどの量的緩和的措置を取り始めましたが焼け石に水でした。1933年にルーズベルト新政権下で預金保険制度が導入され、銀行への信用が部分的に回復するまで、民間信用市場は壊滅状態でした。その間、現金・国債だけが孤高に売買され、他は干上がっていたわけです。
現代でも、リーマン破綻直後に起きたマネー・マーケット・ファンドからの資金流出(安全資産と思われたMMFですら取り付けが起きた)や、コロナショック時の社債市場急停など、似たようなミニ信用収縮が起きました。その都度、中央銀行が介入して国債やCPを買い支え、銀行に資金供給をして「質への逃避」を落ち着かせました。大恐慌期との違いは、対応の早さと規模です。大恐慌の教訓により、現代では信用収縮が起きそうになると政府・中央銀行が速やかに「最後の貸し手」として介入し、民間経済主体が安全資産に殺到しすぎないよう調整します。
しかしその副作用として、政府・中央銀行のバランスシートが肥大化し、通貨供給が増えすぎて今度はインフレになるリスクが出ます。つまり、信用収縮を防ぐことと引き換えに通貨の信用をある程度犠牲にしているのです。これが現代の課題であり、大恐慌との違いでもあります。大恐慌期は通貨信用を守りすぎて民間信用崩壊を招きましたが、現代は民間信用を守りすぎて通貨信用(インフレ)を揺るがす可能性があります。いずれにせよ、本質的に「安全資産 vs 危険資産」の構図は経済状況に応じて揺れ動くため、投資家は信用収縮の兆候が見られれば安全資産にシフトし、逆に過度な緩和でインフレ懸念が出れば危険資産側にも目を配る必要があります。この辺りは次章以降で現代との比較として掘り下げますが、大恐慌期の教訓として「信用が消えると最後は政府しか信じられなくなる」という点は、今なお刻まれています。
5-3. 政策と制度の本質:金・通貨・国債の相対関係が変わる瞬間
最後に、政府の政策や制度変更が資産価値に与える影響についてです。大恐慌期には、政府・中央銀行が行った「金本位制からの離脱」「通貨切下げ」「金保有禁止」「預金保険導入」などの政策変更が、資産間の相対的有利不利を一変させる場面がありました。これらの本質は、通貨制度や契約のルールそのものを変えることで民間の期待をリセットすることにあります。
例えば、米国の金本位制停止とドル切下げ(1933–34年)は、通貨ドルの対価値基準を変更する劇薬でした。これにより、それまで「1ドル=0.04838オンスの金」だった約束が反古にされ、「1ドル=0.0286オンスの金」に変わりました。これはドルの購買力を対金で59%に減らす操作であり、逆に金価格は1.69倍に上昇しました。これによって生じたことは二つあります。一つは、米国内のデフレ期待を断ち切りインフレ期待に転換させたことです。実際、図らずも1933年を境に物価は上向きに転じています。もう一つは、国債などドル建て債権の実質価値を棄損させたことです。前述の通り、外国人投資家や金条保有者にとってはドル資産が価値半減級のダメージを受けました。つまり、政府が一瞬で「金 vs 通貨 vs 債券」の力関係を変えてしまったのです。
また、金保有禁止は、それまで金を持っていれば安心と思っていた人々の算段を狂わせました。米国内では金を持ち続けることが違法になったため、金を手放してドル預金するしかなくなったのです。これは、民間資産の構成を強制的に変える政策でした。結果として、人々は嫌でもドルを信じるしかなくなり、金への逃避は封じられました。この政策の本質は、「民間の選好を制限することで、政府の望む資産需要構造を作り出す」ことです。大恐慌期には他にも、イギリスでの外国為替取引制限やドイツでの資本移動規制など、政府が市場ルールを書き換えた例が多数あります。そのたびに、何が安全で何が危険かの定義が変わりました。例えば外貨逃避を封じられたら、もはや外貨は安全資産たり得ません。金が禁止されれば、金はただの紙切れ(証書)にすぎなくなります。
そして預金保険制度の導入も大きな転換点でした。1933年以前、銀行預金は危険資産でしたが、FDIC創設後は一定額まで政府保証が付与され、一夜にして「かなり安全な資産」に生まれ変わりました。これは、制度変更によって銀行預金の信用力が政府並みに底上げされたことを意味します。以降、米国民にとって預金封鎖の心配は大幅に減り、現金をタンスに溜め込む動機も減りました。言い換えれば、政府が保証する範囲内であれば銀行預金も現金に近い安全資産になったのです。この制度変更は金融システム安定に極めて有効で、その後世界中に広がりました。日本でも預金保険は戦後になって導入されましたが、そのルーツは大恐慌の教訓です。
以上のように、政府・政策当局がルールを変えると資産特性も変わるというのが大恐慌期の大きな特徴でした。要約すれば、当時の政策変更は「金より通貨を重視する」「銀行預金を守る」という方向性で行われており、安全資産の軸足を金から法定通貨(とそれを担保する国債)へ移す意図がありました。その結果、1930年代後半には金本位制の束縛がなくなった各国は積極財政・金融緩和で経済を回復させ、株式や不動産も息を吹き返しました。政府が意図的に資産間のパワーバランスを調整したとも言えます。この経験から、「政府にはマーケットの趨勢を覆す力がある」こと、そして「その介入は常にしも個人投資家に公平ではない」ことが分かります。金を没収された人は政府に価値を奪われ、預金者は政府に救われたわけです。
現代においても、政策変更のリスクは存在します。極端な場合、財政危機の国では預金封鎖や資本規制が起こり得ますし、インフレが加速すれば給与・年金の指数連動(実質補償)を打ち切るなどの公的契約変更もありえます。中央銀行のデジタル通貨が普及すれば、金融システムのあり方がまた変わるかもしれません。大恐慌期ほど劇的ではないにせよ、政府・制度は資産リターンを決める重要な要素です。特に国家の信用に関わる金利・通貨制度は、政治判断で大きく変わり得る点に留意が必要です。例えば日本では1990年代に国債が急増しましたが、日銀が金利を抑え込む金融政策を続けたため国債価格は暴落せずに済みました。これもある種のルールメイキング(市場介入)です。結局、政府は自国通貨建て資産の価値配分を調整する力を持つというのが本質であり、大恐慌期はそれを痛感させられる局面だったと言えるでしょう。
以上、デフレ・信用収縮・政策変更という3つの要因の本質を見てきました。これらが絡み合い、大恐慌期には現金・国債・金が脚光を浴び、株式・不動産・社債が暗転したのです。では、そうした環境下で実際にどんな人が生き残り、どんな人が破綻したのか——次章ではケーススタディとして、当時の成功例・失敗例・その中間例を考察します。
6. ケーススタディ:勝った人・負けた人の分岐点

大恐慌という未曾有の危機を乗り越えられた人と、残念ながら資産を失った人。その差は一体どこにあったのでしょうか。当時の典型的な成功例・失敗例・中間的な例を3つ取り上げ、それぞれ何が明暗を分けたのかを分析します。これらのケーススタディから浮かび上がるのは、レバレッジ(借金)の有無、流動性(現金余力)の確保、資産分散の質とタイミングといった要因です。現代にも通じる教訓が多分に含まれていますので、一つ一つ見ていきましょう。
6-1. 成功例:レバレッジを避け、流動性を確保した家計の生存戦略
成功例として典型的なのは、借金に手を出さず、堅実に貯蓄と安全運用をしていた家庭です。例えば1920年代、周囲が株式投機に熱中する中で浮かれず、日頃から生活費の数ヶ月~数年分の現金(生活防衛資金)を蓄えていた家計は、大恐慌でも生き延びました。収入が途絶えても当面は取り崩しでしのげますし、銀行が倒産してもある程度の現金は手元にあります。また、そうした家庭は持ち家であってもローンを組んでいないか、あっても返済能力以上の無理な借入れはしていませんでした。そのため、デフレで収入が減っても返済不能に陥ることなく、家を手放さずに済みました。株式や不動産への投資にも手を広げず、主要な貯蓄先は預金と国債だったため、資産価値の目減りも小さかったのです。
具体例として、ある仮想の中流家庭「Aさん一家」を想定しましょう。Aさんは1920年代に堅実な職業(例えば公務員や鉄道職員)に就き、収入の一部を毎月コツコツ貯金していました。1929年時点で家計の金融資産は、地元の大手銀行の預金と米国債の保有が中心です。株式投資の誘いもありましたが、「よくわからないものに手を出すのはやめよう」と断りました。住宅も1920年代半ばに購入済みでしたが、頭金を多めに入れたおかげで住宅ローン残高は小さく、返済額は手取り収入の15%程度に抑えていました。預金には緊急用資金があり、仮に収入が半年途絶えても家族を養えるくらいありました。
こうしたAさん一家は、1929年の株価暴落時にも痛手を被りませんでした。銀行に預けたお金も、運良く破綻しなかった銀行だったため失わずに済みます(あるいは1934年以降に預金保険で保護されたかもしれません)。会社からの給料は1930年代に減りましたが、それでも失業は免れ、減給幅も耐えられる範囲でした。何より、彼らは生活レベルを落とす術を心得ており、収入減少に合わせて支出を切り詰めて家計を回しました。現金貯蓄があったため、いざという時に買い溜めやローン早期返済などの手も打てました。こうして、一家は多少の苦労はしたものの家も財産も守り抜きました。1930年代後半、景気が戻ると安くなっていた社債などを購入して資産を増やす余裕すらあったかもしれません。
この成功例の分岐点は、まとめると「借金に頼らず、流動性バッファーを持ち、ハイリスク投資を避けた」ことです。レバレッジをかけなければ資産が一瞬で吹き飛ぶことはありませんし、手元流動性があればパニック時にも冷静でいられます。さらに安全運用をしていれば評価額の下落も限定的で、失わずに済むわけです。平時には地味で退屈に見える戦略ですが、危機の局面では最強でした。「攻めないことで勝つ」一例と言えます。このような家計は確かに存在しており、彼らは大恐慌後に相対的に裕福層として台頭しました。現代でも、生活防衛資金を蓄え、無理な借金を避けている人は、リーマンショックやコロナ禍でも破産せず生き残っています。同じ原理です。
6-2. 失敗例:株と不動産を借金で買い、資金繰りが崩れる典型パターン
失敗例の典型は、レバレッジ過剰の投資を行っていた人たちです。1920年代後半、「株で一攫千金」と浮かれて借金までして投機に走った人や、「土地は値下がりしない」と高を括って重いローンを組んだ人々がこれに該当します。彼らは大恐慌突入とともに資金繰りが行き詰まり、資産だけでなく信用までも失いました。
例えば、ある架空の男性投資家「Bさん」のケースを考えます。Bさんは1928年頃、株式投資の才能があると自負し、証券会社から借入(信用取引)をしてハイテク株にのめり込みました。元手1万ドルに対し、9万ドルを借りて計10万ドル分の株を購入していました(信用倍率10倍)。また、郊外の不動産投資にも手を出し、50%ローンで賃貸アパートを建てていました。総じて、自己資本よりはるかに多い債務を負っていたわけです。1929年秋、株価が10%下落した時点で証券会社から追証を求められました。Bさんは別の預金を取り崩して差し入れましたが、次の暴落で株価はさらに20%下がり、ついに追証に応じきれず保有株はすべて強制売却となりました。元手1万ドルは消滅し、さらに借入金の残債まで抱える破滅的結果です。一方、不動産投資も、入居者が家賃を払えなくなりキャッシュフローが途絶えました。デフレで家賃相場も下がり、返済に不足するようになります。銀行への利息も払えず延滞が続き、ついに物件は差し押さえられ競売にかけられました。安値で叩き売られたためローン残債も消えず、Bさんは借金だけが残る形で破産しました。
この失敗例の分岐点は、明らかに「過剰な借入(レバレッジ)」です。追証と差し押さえという強制ロスカットの仕組みにより、市場が回復する前に資産を失う結果となりました。Bさんがもし無借金で同じ投資をしていたら、株価が回復するまで耐えられ、アパートも賃料下落に耐えて持ちこたえたかもしれません。実際、1929年に株を買って1950年代まで持ち続けた人は結果プラスになりましたし、不動産も戦後インフレで価値を取り戻しています。しかし借金はその時間を与えてくれません。期限の利益を失えば即アウトなのです。
さらに、資金繰り管理の甘さも敗因です。Bさんは平時なら回るプランを立てていましたが、危機シナリオへの備えがありませんでした。証券口座にも余力資金がなく、貸し手延命交渉も不能、家賃下落リスクも過小評価していました。これは「絶対大丈夫」という正常性バイアスに陥った典型と言えます。ローン審査も当時は緩かったため、誰も止めてくれませんでした。
また、分散の不足も挙げられます。Bさんは株と不動産に集中投資し、しかもどちらも景気循環に連動するリスク資産です。安全資産の保有比率が極端に低かったため、信用収縮時にポートフォリオが全滅しました。万一、投資額の半分でも国債や現金で持っていれば、破産までは避けられたでしょう。こうした偏った資産配分は危機に脆弱です。
1929年当時、Bさんのような破綻者は続出しました。信用取引の投資家はほぼ全滅し、住宅や農地の差押え件数は数百万人規模に上りました。アメリカ人の中産階級は急激に縮小し、富裕層と貧困層だけが残ったと言われます。「レバレッジをかけた者から死んでいく」のが大恐慌の残酷な現実でした。その教訓は、「平時の高リターンに目がくらんで過剰な借金をしないこと」「最悪のストレスシナリオでも資金繰りが破綻しない設計にすること」です。現代の例では、2000年代の住宅バブル崩壊でサブプライムローン利用者が家を失ったのと酷似しています。いつの時代も、借金による投資は成功すればリターン2倍、失敗すれば破産という非対称リスクを孕むことを忘れてはなりません。
6-3. 中間例:分散はしていたのに苦しくなった理由(信用・通貨・期間)
成功と失敗の中間には、「ある程度リスク分散していたにもかかわらず、なお苦境に陥ったケース」があります。大恐慌期には、保守的な投資を心掛けていたにもかかわらず、国・通貨・タイミングの不運によりダメージを被った人もいました。
例えば、欧州の資産家「Cさん」を考えてみましょう。Cさんは1920年代にイギリスとフランスで事業を営み、リスクヘッジとして資産を分散していました。資産ポートフォリオは、英ポンド建ての国債、不動産、仏フラン建ての預金、米ドル建ての社債、金地金など、複数の国と資産クラスにまたがっていました。レバレッジも低く、現金も十分保有しています。一見、堅固な分散戦略に思えます。
しかし、1931年に英国が金本位制を離脱(ポンド切下げ)すると、Cさんのポンド建て資産(国債・不動産)の国際的価値は約30%減少しました。さらに1933年に米国がドル切下げすると、持っていた米ドル社債も実質目減りし、しかも金利停止で売却もままなりません。仏フラン預金はフランスが最後まで金本位制を維持したので価値を保ちましたが、1936年にフランスも通貨切下げすると結局預金も3割価値が減りました。一方、安全だと思っていた金地金は、フランスが金輸出禁止をしたため海外送金できず国内では安く買いたたかれました。結局Cさんは、各国で徐々に起きた通貨切下げと資本規制により、分散した先全てで少しずつ損失を被ることになりました。極端な破産ではないものの、富のかなりを失い生活水準を落とさざるを得ませんでした。
この中間例の分岐点は、「分散の軸」が十分独立でなかったことや政策リスクを免れなかったことにあります。Cさんは国際分散したつもりでしたが、世界恐慌はグローバルに波及したため、分散しても各地で同時不況・通貨危機が起きてしまいました。真に効果的な分散とは、危機において値動きが逆になる資産を持つことですが、大恐慌級の危機ではほぼ全資産が同方向に動いたのです(片方向に安全資産へ逃避する動き)。Cさんの持ち物も例外ではなく、分散効果は限定的でした。
また、信用リスクと通貨リスクの見積もりが難しかった点もあります。Cさんは米社債や銀行預金を持っていましたが、前者は企業倒産や利払い停止に直面し、後者は為替価値の減価で損失が出ました。どちらも「信用の土台」が揺らいだ例です。個別に安全と思った先でも、全体の信用危機に巻き込まれると無傷ではいられませんでした。
さらに、期間の問題もあります。Cさんはかなり長期投資の視点で分散していましたが、各国の通貨政策が順次変化していくタイミングに翻弄されました。イギリス→米国→フランスの順に通貨切下げがあり、そのたびに痛手を負ったため、結果的に断続的な損失で資産目減りしました。仮に1936年のフラン切下げまで耐え、その後第二次大戦を経て1950年代まで持ち続けていれば、各国資産とも復興期に価値を取り戻した可能性はあります。しかし人的・政治的な要因でそれも難しく、Cさんは1930年代半ば時点で資産を減らした状態となりました。投資の長期継続にも国境を超えた政治リスクがあったわけです。
このような中間例からの教訓は、「広く分散していても危機の規模が大きければ不十分な場合がある」こと、そして「信用・通貨リスクのヘッジは極めて難しい」ことです。特に政府が介入してくるリスク(資本規制や通貨切下げ)は個人にはコントロール不能です。結局、大恐慌規模のイベントでは現金・国債のような一部の究極安全資産以外は程度の差こそあれダメージを受けるという現実がありました。その意味で、Cさんは最悪の破産こそ免れたものの、確実な安全策とは言えなかったわけです。
現代でも、国際分散投資は推奨されていますが、真のカントリーリスクヘッジには限界があります。グローバル不況では株安・社債安・不動産安が一斉に起こり、為替も乱高下します。各国当局がそれに介入すれば市場原理と異なる動きをします。従って、危機シナリオにおいては分散しているから大丈夫と過信しないことが大切です。最後にものを言うのはやはり「信用できる主体」の保証がある資産であり、大恐慌ではそれが現金と国債でした。Cさんのケースは、教科書的な分散をしていても全ての軸が同時崩壊することがあるという警鐘であり、分散は必要条件だが十分条件ではないことを示しています。
以上、成功・失敗・中間のケースを見てきました。総合すると、大恐慌を乗り切れたか否かの分岐点は、「借金しすぎない」「流動性を持つ」「安全資産をしっかり組み入れる」ことにあったと言えます。では、現代はどうでしょうか。次章では、現代(リーマン危機やコロナ危機)と大恐慌の違い・共通点を見ながら、当時の教訓を現代に適用する上での注意点を考えます。
7. 現代に置き換える:大恐慌と今の違い、同じところ

大恐慌からおよそ90年が経過し、経済制度や政策対応は大きく変化しました。現代の金融危機(例えば2008年のリーマンショックや2020年のコロナショック)を見ると、大恐慌と似ている点もあれば決定的に違う点もあります。この章では、(1)金本位制の有無による違い, (2)近年の危機との比較(リーマン期・コロナ期), (3)インフレ局面では結論が逆転する可能性の3つに焦点を当て、当時の知見を現代に適用する際のポイントを整理します。「大恐慌と同じことがまた起きたら何が有利か?」を考えることは有用ですが、前提条件が今は異なることも踏まえねばなりません。特に、現代は管理通貨制度下でありインフレリスクも顕在化している点が重要です。それでは順に見ていきましょう。
7-1. 金本位制がない世界で「同じ結論」になるとは限らない理由
まず大前提として、現代は金本位制ではなく管理通貨制度(フィアットマネー)だという違いがあります。大恐慌期の分析では、「金本位制ゆえにデフレを深刻化させた」「通貨切下げでデフレから脱出した」といった要素が大きな意味を持ちました。しかし1970年代以降、主要国は金との兌換を停止し、変動為替相場制と管理通貨制度に移行しています。この違いは、同じような経済ショックが起きても政策対応や結果が異なる可能性を示唆します。
管理通貨制度下では、中央銀行は通貨発行量を比較的自由に増減できます。つまり、デフレになりそうなら積極的に紙幣を増刷(量的緩和)して対応できるのです。実際、2008年の金融危機や2020年のコロナ禍では、各国中央銀行が迅速に大規模な金融緩和を実施し、強烈なデフレを回避しました。一方、大恐慌期のFRBは金準備制約で通貨供給を増やせず、むしろ引き締めてしまいデフレを悪化させています。この政策対応の違いが、景気の底打ち時期や資産価格の動きに影響を与えています。
つまり現代では、当局は大恐慌のようなデフレを全力で避けることが期待されます。極論すれば、「同じほどの信用収縮が起きても、中央銀行が無制限にお金を刷ればデフレにはならない」わけです。これは安全資産の選好にも影響します。デフレが避けられるなら、現金や債券の実質価値が自動的に上がる現象も限定的でしょう。一方で、大規模緩和はインフレの可能性を孕みます。リーマンショック後はインフレにはならず慢性的低インフレでしたが、コロナ後の2022年前後には先進国でインフレ率が急上昇しました。これは供給制約もありますが、膨張したマネーサプライが影響した面もあります。
したがって、現代版大恐慌がもし起きるとすれば、その様相は当時と必ずしも同じではないでしょう。無理にデフレを受け入れるより、適度なインフレ誘導で債務を軽減する道がとられる可能性が高いのです。そうなると、現金や固定利付債券は価値を保てず、むしろ実物資産やインフレ連動資産の方が優位になるシナリオも考えられます。大恐慌期との違いは、政策当局がインフレを恐れすぎず行動できるかどうかです。少なくとも金本位制の鎖から解き放たれている分、中央銀行の裁量は大きいです。この点で「現代に大恐慌と同規模のデフレが来る」とは限らないわけです。逆にインフレの大恐慌版(スタグフレーション的な危機)もあり得るので、当時と同じ資産配分がベストかは状況次第と言えます。
要約すると、金本位制がない現代ではデフレ対策が取りやすく、その結果資産価値の動き方が変わる可能性があります。これは後の7-3節で詳しく触れるインフレシナリオの話とも繋がります。いずれにしろ、当時の「現金・国債最強」シナリオが今後も再現されるとは限らない点に留意が必要です。ただ、金本位制がない代わりにフィアットマネーの信用は中央銀行の責任に委ねられているので、逆方向(通貨信認の低下)への舵取りミスにも注意が要るでしょう。
7-2. リーマン期・コロナ期での再現性チェック(何が似て、何が違うか)
次に、近年の代表的な危機である2008年のリーマンショックと2020年のコロナショックを、大恐慌と比較してみます。これらの危機における安全資産・リスク資産の挙動を振り返ると、共通する動きとしては「危機局面では国債価格が上昇し金利低下」「株価が急落」「リスク資産からの資金逃避」が見られました。つまり、質への逃避(フライト・トゥ・クオリティ)は現代でも起きています。実際、リーマンショック時には米長期国債利回りが急低下し、金価格も一時下落後に急騰しました。株式は先進国で約半値まで暴落し、不動産価格も多くの国で下落しました。コロナショック時も、短期的に株価が暴落する一方、米国債や金に資金が集まりました。
しかし大きく違う点は、危機の持続期間と政策反応です。リーマンショック時、株式市場は2007年末から2009年初まで1年強かけて底打ちしましたが、その後の金融緩和と財政刺激で比較的早期に回復軌道に乗りました。例えばS&P500株価指数は2007年末ピークから約-57%下げましたが、4年後の2013年にはピークを回復しました。これは大恐慌の25年に比べれば格段に短いです。コロナショック時に至っては、株式市場はわずか1ヶ月あまりで急落し、その後半年で元の水準に戻るというV字回復を遂げました。これらの背景には、各国当局の積極的な流動性供給・市場安定化策があります。FRBはリーマン時にゼロ金利と量的緩和QE1~QE3を実施し、ECBや日銀も緩和を行いました。コロナ時にはFRBは社債ETF買入れまで踏み込み、市場機能を直接支えました。
これにより、信用収縮がある程度人工的に止められたのが近年の特徴です。大恐慌期は政府が後手で対応が不十分だったため、信用収縮が長引き資産価格も長期低迷しました。しかしリーマン・コロナでは「中央銀行が最後の貸し手となる」ことへの信認が早期に形成され、安全資産への逃避が一定で止まり、リスク資産も早めに底を打ったのです。例えば米国では、リーマン後もTARPなどで大手銀行は救済され預金封鎖は起きず、現金への取り付け騒ぎも限定的でした(MMFからの取り付けはあったがFRB介入で沈静化)。
資産別に見ると、国債と現金の安全性は依然健在でした。リーマン時もコロナ時も、米ドルや円といった基軸通貨に資金集中し、国債利回りは低下して価格上昇しています。その意味では「安全資産はやはり安全」と言えます。ただ、一部では“安全神話”崩壊の危機もありました。2008年にはリーマン破綻翌日に米国のあるMMF(リザーブ・プライマリーファンド)が1ドル下回る(ブレーク・ザ・バック)事態となり、MMFから1週間で3000億ドル超の資金流出が起きました。これは預金のように安全と見なされていた短期金融商品が揺らいだ瞬間です。FRBがMMF支援策を打ち出さなければ金融市場が麻痺しかねませんでした。同様に、コロナ時は米国債市場ですら一時流動性が低下し、FRBが緊急介入する場面がありました。「誰もが安全と思う資産が一時的に機能不全に陥る」リスクは、現代でもゼロではないと示されました。
金(ゴールド)については、近年の危機では“最後の避難先”としての役割が再確認されています。リーマン後、金価格は2008年末から2011年にかけて歴史的高値まで上昇しました。一方コロナショック初期には、流動性確保のためか金も一時売られましたが、その後各国の大規模緩和を背景に急騰し最高値を更新しました。これは、大恐慌期と似た構図で、最初の混乱時には金も換金売りされるが、やがて通貨増発による通貨価値下落懸念から買われるという動きです。ただ、現代では金の保有・取引規制がないため、投資家は自由に金に逃避でき、ETF等を通じた市場参加も容易です。そのため当局も金価格を無理に抑え込むことはしていません。金本位制ではなくとも、金は依然“無国籍通貨”として機能しているのです。
株式や不動産は、リーマン時には回復に数年要したものの、その後の超低金利環境もあり大幅に上昇し、むしろ資産バブル化しました。コロナ後も、金融緩和と財政出動で株価は過去最高を更新、不動産も上昇しました。この点で、現代の危機後半はインフレ気味の資産バブルに転じやすい傾向があります。大恐慌との違いは、危機からの出口がインフレ的ということです。大恐慌期は緊縮でデフレ続きだったのに対し、現代は危機対応でマネーをじゃぶじゃぶ入れるため、出口では資産インフレ・消費者物価インフレが起きやすくなっています。
以上より、近年の危機は大恐慌に比べれば期間も浅く、政策対応で資産価格の底が支えられた点が際立ちます。ただし、それは通貨価値の毀損や将来のインフレ加速というツケを残す可能性もあります。リーマン後長らく顕在化しなかったインフレが、コロナ後に一気に噴き出したことは記憶に新しいでしょう。これは次節にも関連しますが、安全資産の条件がインフレ局面では変わりうることを示唆しています。まとめれば、リーマン・コロナでは大恐慌ほど「安全資産一強」にはならなかった代わりに、危機後半でリスク資産が急騰し、そのカウンターとして通貨価値が下がるシナリオが見られました。教訓としては、中央銀行の介入が早期すぎるとむしろバブル的局面を生み、不均衡が先送りされること、そして現代の投資家は大恐慌当時よりインフレリスクを織り込む必要があることです。
7-3. インフレ局面だと最適解が変わる(大恐慌の逆張り注意点)
最後に強調したいのは、大恐慌期とは逆の環境(インフレ局面)では、「得した資産」の順位が逆転し得るという点です。具体的には、高インフレ下では現金や国債が最も不利で、株式や不動産、コモディティ(金を含む)が相対的に有利になります。大恐慌の経験から「とにかく現金と国債を持てば安心」と思い込むのは、インフレ局面において大きなリスクとなり得ます。
歴史を振り返ると、1970年代のスタグフレーション期がこの逆張りの好例です。アメリカで1970年代にインフレ率が年10%前後に達した際、現金預金や債券の実質リターンは大きなマイナスでした。一方で、金価格は1970年代を通じて年率20%超の実質上昇を遂げ、不動産や一部株式もインフレに連動して値上がりしました。典型的には、1970年代米国の実質リターンを見ると、「株式: -1.5%/年、現金: -1.1%/年、長期国債: -2.0%/年、住宅: +1.3%/年、金: +21.2%/年」というデータがあります。これは大恐慌期1930年代(先述の図表1や図表3)と正反対の結果です。1930年代は現金+3%/年、国債+6%/年、株+1%/年、金+7%/年といった実質CAGRでした。つまり、インフレ局面では現金・国債が実質マイナス、金や実物資産が大幅プラスであり、デフレ局面とは真逆なのです。
これは理屈に合致します。インフレとは、物やサービスの価格が上がりお金の価値が下がることです。従って、額面固定の資産(現金・債券)は実質価値が目減りします。一方、企業収益や家賃収入はインフレに応じて増える傾向があるため、株式や不動産の価格は名目上上昇しやすいです。また、金などの実物資産も通貨安に対するヘッジとして買われやすくなり、1970年代の金価格急騰はまさにその典型でした。加えて、政府はインフレ下では債務負担が軽くなるため、債券投資家にとっては事実上のデフォルトに近い打撃を受けます(大恐慌期は逆にデフレで債務負担が重くなり債券投資家が得をしました)。デフレは債権者有利・債務者不利、インフレは債権者不利・債務者有利という左右対称の関係があります。大恐慌期に現金・国債が輝いたのは債権者(貸し手)が有利な環境だったからであり、インフレ期はその逆です。
現代の状況を考えると、直近ではコロナショック後の2021-2022年にインフレが顕在化し、それまで好調だった債券市場が暴落する一方、コモディティ価格や一部不動産価格が急騰しました。また、インフレ対策として各国中央銀行が利上げすると、経済がリセッション懸念となり株式市場は調整しました。ここで難しいのは、インフレと不況(信用収縮)が同時に来る局面です(いわゆるスタグフレーション)。1970年代はまさにそれで、株も債券もダメで金と不動産だけが頼りという状況でした。このような局面では、大恐慌期の再現と単純にはいかず、より柔軟な資産戦略が求められます。
要するに、投資戦略は経済環境次第で反転するということです。「大恐慌で勝った資産=いつの時代でも絶対安全資産」という誤解は危険です。大恐慌期は極端なデフレと信用収縮だったからこその結果であり、インフレや違う政策環境では通用しないかもしれません。極端な例を出せば、もし今後世界的なハイパーインフレが起きれば、紙幣や固定債券は紙屑となり、逆に土地や現物資産(そしておそらくビットコインのような非政府通貨も?)が重宝されるでしょう。大恐慌期とは真逆です。その意味で、本章で大恐慌の知見を学んだ上で、「では現代に活かすには、前提条件が違う場合どうするか」を考えることが肝要です。次章では、その点を踏まえて、現代の個人投資家が次の危機に備えるための具体的なポートフォリオ戦略や行動指針を提示します。
8. 実践:個人投資家が「次の危機」に備える設計図

ここからは、以上の考察を踏まえて現代の個人投資家が危機に備えるための具体策に落とし込んでいきます。大恐慌期の教訓は「借金をしない」「安全資産を重視する」「流動性を確保する」でしたが、現代ではインフレリスクや市場構造の変化も織り込む必要があります。そこで、本章では(1)生活防衛資金の確保・管理, (2)資産配分における債券・金・株の役割と具体的比率例, (3)避けるべき危険な設計(レバレッジ・集中・流動性ゼロの組み合わせ), (4)危機時にパニック売りしないための事前ルールという実践面を解説します。それぞれチェックリスト形式や箇条書きを交え、今日からでも取り組めるような内容にします。
8-1. 生活防衛資金の最適化:現金の量と置き場所(銀行分散など)
生活防衛資金とは、収入が途絶えたり緊急出費が発生した場合に備えて確保しておく現金(およびすぐ現金化できる資産)のことです。大恐慌期の成功者はこれを十分に持っていたため耐えられました。現代でも、まず土台として生活防衛資金をしっかり確保・管理することが危機耐性の鍵です。
生活防衛資金について、以下のポイントを最適化しましょう。
- 必要額の見積もり: 一般に、少なくとも6ヶ月~2年分の生活費を現金で確保するのが望ましいです(職業の安定性や家族構成によって調整)。例えば、毎月の生活費が30万円なら最低でも180万円、できれば360~720万円程度を準備しておきます。大恐慌期は失業期間が長引いたケースも多かったため、現代でも不況期には半年以上無収入を想定した額が安心です。
- 保管場所の分散: 生活防衛資金は手元現金+銀行預金+αで持つと安心です。具体的には、自宅に数日~数週間分の現金を置き(災害等でATMが止まっても対応できるように)、残りは信頼できる銀行の普通預金に入れておきます。銀行も1行だけでなく、複数行に分散するのがベターです。万一一つの銀行がシステム障害や経営破綻しても、一部は他行で引き出せます。また預金保険の範囲(元本1,000万円+利息)内に収まるよう各行に配分すれば、公的保護も期待できます。例えば防衛資金が500万円なら、A銀行300万・B銀行200万という具合です。
- 流動性の確保: 防衛資金は安全第一なので、元本割れリスクのある運用は避けます。同時に、すぐ現金化できることも重視します。従って普通預金・定期預金・MMF・国庫短期証券等が適しています。株式や債券(投信含む)は価値変動や換金に日数がかかるので防衛資金には不向きです(もちろん別途運用資金では保有すれば良い)。また外貨預金は為替変動リスクがあるため、防衛資金は基本自国通貨で持ちます。大恐慌期に米ドル現金が強かったように、緊急時には自国通貨現金が一番役立つためです。
- 非常用現金の置き場所: 自宅に置く現金は、火災や盗難に備えて耐火性のある金庫や目立たない安全な場所に保管します。額は生活費1~2週間分もあれば十分です(例: 10万~20万円)。あまり多額を家に置くと却ってリスクなので、残りは前述のように銀行等に分散しましょう。なお、家族にも現金の在処や使い方を共有しておくと、いざという時に混乱がありません。
- 定期的な見直し: 防衛資金は貯めっぱなしで良いですが、ライフステージ変化に応じて額を見直します。結婚・出産で生活費が増えたら増額、ローン完済や子供独立で支出減なら相応にといった具合です。また年1回程度は残高と分散状況をチェックし、足りなければ追加積立てします。ちなみに、給与天引きや積立定期を活用するとムリなく貯められます。
- 負債の管理: 生活防衛資金は「無借金であること」とセットで真価を発揮します。せっかく防衛現金があっても、高金利の借金(カードローン等)があると危機に脆弱です。よって、不況に備える一環として金利の高い消費者債務は繰上返済しておくべきです。住宅ローンなどは金利が低ければ防衛資金優先でも良いですが、借金ゼロが理想です。大恐慌期を見ても、無借金の家庭は生き延びました。
以上を実践すれば、万一の失職・所得減が起きても半年~数年は資産を取り崩して生活維持できますし、取り付け騒ぎや金融機関破綻の際も慌てずに済みます。
チェックリスト
- 6ヶ月~2年分の生活費を計算し、目標防衛資金額を設定した
- 手元現金を〇ヶ月分、銀行Aに〇ヶ月分、銀行Bに〇ヶ月分…と分散預金した(預金保険範囲内に収めた)
- 防衛資金は元本保証&即時換金可能な手段(預金等)で保有している
- 家に非常用の現金を安全な場所に保管した(額:〇〇円)
- 高金利の借入れ残高をゼロまたは許容水準まで減らしている
生活防衛資金の最適化は、平時にはリターンを生まないため軽視されがちですが、危機時の最大の武器になります。大恐慌でもまず手元資金がある人が勝ち残りました。現代でも、これが資産運用以前に整えるべき土台と心得ましょう。
8-2. 債券・金・株の役割分担:守りと成長を混ぜる具体配分の考え方
次に、平時の資産配分(ポートフォリオ)において、債券・金・株それぞれをどう組み入れるか、その役割と具体的比率例を考えます。大恐慌期の教訓から、安全資産(債券・現金・金)の重要性は明らかですが、前章で見たように現代はインフレリスクもあり、成長資産(株式)も取り入れておく必要があります。ここでは「守り」と「成長」のバランスを取る配分案を提示し、自身のリスク許容度に合わせた調整方法を示します。
基本的な役割分担
- 債券(国債中心): 「守り」のコア資産です。不況・デフレ時に値上がりし、株の下落をカバーします。また定期的な利息収入で安定したキャッシュフローも生みます。ただしインフレには弱いので、全資産を債券に偏らせるのはインフレ局面で危険です。よって中核的安全資産として全体の20~50%程度を国債・高格付け債券で持ちます。年齢が高く守り重視なら比率高め、若く成長重視ならやや低めに設定します。
- 現金(預金): 超安全資産&流動性要員です。前項の生活防衛資金に相当する部分です。通常運用ポートフォリオでは0~数%程度に留め、それ以外は積極運用に回して構いません。ただし、景気後退が迫る局面では一時的に比率を上げて防御力を高める戦略も有効です。平時は5%未満、危機前兆では20%近くまで上げるなど柔軟に対応します。
- 金(ゴールド): 「守り」の補完資産です。信用不安・通貨不安時に真価を発揮します。株や債券とは異なる値動きをしやすく、分散投資効果があります。インフレにも強い傾向です。ただし無利息で平時はリターンを生まないため、ポートフォリオの一部(5~15%)程度を目安に組み入れます。大恐慌級の危機では金がポートフォリオ最後の砦になる可能性もあり、この比率が投資家の安心感につながります。金ETFや純金積立で少しずつ買い増すと良いでしょう。
- 株式: 「成長(攻め)」の資産です。長期的には経済成長と企業利益成長を享受でき、インフレにもある程度強いです。若年層ほどリスク許容度が高ければ多めに配分します。ただ、大恐慌級の暴落に備えてレバレッジはかけない・集中投資しないことが肝要です。広く分散された株式インデックスファンドなどで保有し、比率は年齢やリスク許容度に応じて30~60%程度が一般的でしょう(若ければ高め、シニアなら低め)。株式はリターン源泉として重要ですが、危機時半減も想定して無理ない比率にとどめます。
- 不動産・REIT: 自宅以外の投資不動産は、流動性と借入の問題があるため慎重に。ポートフォリオ全体の一部(例えば10~20%以内)に抑えます。インフレ時の実物資産ヘッジにはなりますが、リーマン時のように不動産価格急落もあり得るのでレバレッジは控え、現金収支が回る範囲で。REIT(不動産投信)なら分散投資しやすいですが、株同様暴落しうる点は認識を。
- その他(コモディティ・代替資産等): コモディティ(商品)はインフレヘッジによいですが専門性が高く、一般には金だけでも十分です。仮想通貨など新興資産は値動きが読めず安全資産にはなり得ないため、投機的に買う場合も少額に留めます(多くても資産の5%以内推奨)。
具体的配分例
守り重視の例(シニアや保守的投資家)
- 国債・安全債券 40%
- 現金 10%
- 金 10%
- 株式 30%(主にインデックス)
- その他(不動産/REIT等) 10%
攻めも取り入れるバランス例(中年層向け)
- 国債・安全債券 25%
- 現金 5%
- 金 10%
- 株式 50%(国内外株インデックス中心)
- 不動産/REIT 10%
成長重視の例(若年層向け)
- 国債・安全債券 15%
- 現金 5%
- 金 5%
- 株式 65%(国内外株)
- その他リスク資産 10%(REIT・コモディティなど)
上記はあくまでモデル比率なので、各人の事情に応じて微調整してください。例えば、公務員など安定収入がある人はリスク高めでも良いでしょうし、自営業で収入変動が大きい人は安全資産厚めにするなどです。
チェックリスト
- 株式:〇%保有(○○万円)。地域・業種は分散されている(インデックス等利用)。
- 債券:〇%保有(○○万円)。主に国債と一部高格付社債。満期分散できている。
- 金:〇%保有(○○万円相当)。純金ETF/積立等で徐々に蓄えている。
- 不動産:自宅以外に△%相当投資。不動産ローンの返済負担は適正範囲内(手取り収入の×%以内)。
- レバレッジ投資は行っていない(信用取引の建玉ゼロ、FX証拠金は生活防衛資金外の余裕資金のみ)。
このように、複数資産を組み合わせることで危機に強いポートフォリオが構築できます。大恐慌期に最強だった現金・債券を土台に、インフレや成長にも対応できる株式・金を織り交ぜるのがポイントです。重要なのは、平時から偏り過ぎない配置にしておき、危機前兆時に微調整できる柔軟性を残すことです。金融市場の状況に応じ、株式比率を10~20ポイント落として現金を増やす、逆に危機後割安になったら株式を買い増す、といった機動戦も有効でしょう。
8-3. 絶対に避けたい設計:借金投資、集中、流動性ゼロの組み合わせ
大恐慌期の失敗例に倣って、現代のポートフォリオ設計で絶対避けるべき危険な組み合わせを明確にしておきます。それは、(1)借金を使った投資, (2)特定資産への過度な集中投資, (3)換金性のない資産への過大投資の組み合わせです。この3つが重なると、危機時に破滅的なリスクを負うことになります。
具体例で言えば、「住宅ローンを最大限組んで不動産投資をし、さらに信用取引でハイテク株に集中投資している」ようなケースです。これこそBさんのような大恐慌期の失敗パターンを現代で再現しているようなものです。その結果は容易に想像できます。景気後退や金利上昇で不動産価格が下がり家賃も減ればローン返済が苦しくなり、株式市場の暴落で追証が発生し、手元流動性がないため両方とも破綻……といった最悪シナリオです。
避けるべきポイントを箇条書きにすると
- 高レバレッジ運用: 証拠金取引(CFD、FXも含む)で資産以上のポジションを持つのは、危機時に真っ先に強制ロスカットされるのでNGです。また、不動産投資でもフルローンやオーバーローン(借入>物件価値)は避けるべきです。住宅ローンも支払いが給与の3割超に及ぶような過大な額は危険です。借入は返済が長期間続く固定的負担なので、不況でも対処できる範囲内に留めます。
- 資産集中: 「全財産を自社株で持っている」「暗号資産オールイン」などは論外です。特に雇用や住まいと資産が同じ要因に依存していると(例: 勤務先株に集中投資&社宅住まい)、その会社が傾くと収入と資産と住居を同時に失うリスクすらあります。卵は一つの籠に盛るなです。かならず資産は分散し、一つがダメでも残りが生きる形にします。集中投資は成功すればリターン大ですが、大恐慌期を見ても一発逆転狙いの投資家ほど破産しています。
- 流動性ゼロ資産への過大投資: 不動産や未公開株、ヘッジファンドなど、すぐに現金化できない資産を資産の大半にするのはやめましょう。景気が良いうちは良いですが、いざ売りたい時に売れず、評価損を抱えたまま身動きできなくなります。不動産投資は全体の一部に留め、他の流動資産でバランスを取るべきです。また、自社株など制限付きの資産も同様です。いつでも売れる資産で相応のカバーを持つことが大事です。
結局のところ、「借金×集中×非流動性」は最悪の組み合わせです。大恐慌期のBさんはそれで破綻し、現代でもそれに類する事例(例えば2000年代の不動産バブルで多額のローンを組んだ投資家の破産)が起きています。対策は単純で、上記3つのうちせめて1つは絶対避け、できれば全て避けることです。つまり、どうしても集中投資するなら借金しない&換金余力を十分持つ、借金するなら分散投資を徹底し流動性も確保、流動性の低い資産を持つなら借金せず他の資産も持つ、といった具合にリスクを一箇所に集めない設計にします。
チェックリスト
- 保有資産において、レバレッジ取引や過大ローンは存在しない(ある場合すぐ圧縮する計画を立てた)。
- 特定銘柄や資産クラスへの投資割合が過剰ではない(全資産の○%以上を一つに入れていない)。
- 保有資産のうち、通常時数日以内に売却現金化できる割合が〇%(目標50%以上)確保されている。
- 勤務先・業界と資産の連動が高すぎない(例えば同じ業界の株のみ持っているなどがない)。
- 最悪の場合の損失シナリオを描き、それでも破綻しない資産構成になっている(ストレステストで確認)。
もしこのチェックで怪しい点があれば、即座に見直すことを強くお勧めします。なぜなら、平時は問題なくても危機が来れば手遅れだからです。大恐慌の例が示すように、余裕があるうちに危ない橋から退くことが生死を分けます。マーケットは人間の予想を超える動きをし得るので、自身の資産設計は常に「ありえないほどの悪材料」にも耐えられるよう保守的にしておくのが賢明です。
8-4. 行動ルール:暴落時に売らないための手順(先に決める項目)
最後に、どんなにポートフォリオを堅固にしていても、投資家自身の行動が間違ってしまえば元も子もありません。大恐慌期にも、理論上持ちこたえられたはずの人がパニックで狼狽売りし損失を確定させたケースが山ほどありました。現代でも同じ心理的罠が存在します。そこで、市場暴落時に冷静に対処するための事前ルール作りが極めて重要です。以下に、平時に決めておくべき行動ルールのポイントを挙げます。
- 損切り条件・持ち続け条件を明文化: 暴落局面では感情が支配しがちなので、何%下落したら売る or 絶対売らないというルールを先に決めておきます。例えば、「インデックス投資は20%下落までは売らず、むしろリバランスで買い増す」「個別株で30%下げたら損切りする」等です。大事なのは一貫性で、ルールを守ることで後悔を減らせます。もちろん状況次第で柔軟判断も必要ですが、指針がないとパニックに流されます。
- リバランス戦略: 暴落時には、相対的に安全資産比率が高まるので、予め決めた資産比率に戻す(リバランス)手順を決めておきます。例えば、「株:債券=7:3」を目標にしているなら、株価暴落で6:4になったら債券の一部を売って株を買い増す、といった具合です。これにより、安値で買い増す逆張りが機械的にできます。大恐慌期にこれができれば最高ですが、人間は難しいので、ルールで実行します。
- 最低5年は使わない資金で運用: 暴落に耐えるには、余裕資金で行うことが重要です。5年以上使う予定のないお金で投資し、短期の生活費や目先の学費・住宅資金などは投資に回さないルールを徹底しましょう。大恐慌時も、余裕資金なら長期放置で復活し得ましたが、必要資金まで投資していた人は引き出さざるを得ず損を確定しました。従って、「運用資金=10年放置しても困らないお金」と心得ます。
- 分散・ヘッジの継続: 暴落時に特定の資産だけ助かった場合でも、そこに全振りするのは危険です。大恐慌後、金本位離脱後の株価上昇を見て株に全力復帰したら1937年二番底でまたやられた人もいます。なので、危機後も基本分散は崩さないルールが必要です。もし守り戦略が奏功したなら、それを継続しつつ徐々にリスク資産に戻す計画を立てます。一点賭けはしないと肝に銘じます。
- 情報遮断・冷却期間: パニック相場ではメディアが過激な報道をし、不安心理を煽ります。そこで、自身の行動ルールとして「○○が起きてもXXしない」と決めたら、下落中はむしろマーケットニュースから一時離れるのも有効です。或いは、売買判断は最低1日は寝かせてから実行するなど、クールダウンの仕組みを取り入れます。「本当に売るべき理由があるか?」「この売買は自分の長期方針と合致するか?」と自問するチェックリストを用意するのも良いでしょう。
- 出口戦略: 逆に、危機を乗り越え資産が増えた後の出口戦略も決めておきます。大恐慌後のように急回復局面では強欲になりがちですが、目標に達したらリスク資産を一部売却して安全資産に移すなど、利確基準を持っておきます。これにより、次の波に備えます。
チェックリスト
- 資産ごとの「売却・持続」ルールを書面で持っている(例: 株インデックスは暴落時も売らない/個別株は▲20%で損切など)。
- リバランス方針が決まっている(各資産目標比率逸脱時にどう対応するか)。
- 運用資金は当面使わない余裕資金だけで行っている(生活費や短期必要資金は別枠確保)。
- 暴落時にフォローする信頼できる情報源・アドバイザーを事前に決めている(感情的なSNSではなく)。
- パニック時には24時間売買しない/一部ニュース遮断する等の自己ルールがある。
これらの準備は、一見手間ですが、いざ暴落が来た時に「狼狽せず何もしないor適切に対処する」ための命綱になります。大恐慌期に資産防衛できた人も、内心の不安はあったでしょうが、信念と計画を持って「売らない」「動かない」を貫いたはずです。現代の私たちも、冷静な行動こそ最大の武器です。そのためには先に決めておくこと。危機は忘れた頃にやって来ます。今平穏なうちに、この行動ルールチェックを一つずつ実行しておきましょう。
以上で、現代の実践的な備え方を述べました。次章では、よくある誤解や疑問にQ&A形式で答え、さらに理解を深めます。
9. 誤解を潰す:よくある勘違いと検証ポイント

大恐慌に関する議論や、そこから導かれる投資アドバイスには、しばしば誤解や極端な主張が見受けられます。歴史的事実を正しく踏まえないと、誤った方向にポートフォリオを導くリスクがあるため、ここで代表的な3つの勘違いを取り上げ検証します。具体的には、(1)「株は長期なら必ず勝つ」という楽観論, (2)「金さえ持てば安心」という金万能論, (3)「国債は絶対安全」という思い込みについて、それぞれ何が間違いで、どんな条件下では成り立たないかを解説します。
9-1. 「株は長期なら勝つ」だけで大恐慌を語る危険
現代の投資常識では、「株式は長期保有すればプラスのリターンをもたらす」という主張が広く認知されています。確かに過去200年程度の米国株データでは、長期的に年平均約7%の実質リターンを達成してきました。しかし、この常識をもってしても、大恐慌期のような極端なケースを安易に説明することは危険です。
大恐慌期の米国株は、ピークから実質で25年間も損益トントンという長期低迷を経験しました。1929年に投資した人が実質的に元本回復するのは1950年代になってからです。これは、多くの投資家の投資可能期間(30年程度)を超えています。例えば30歳で1929年に全財産を株に投じた人は、55歳になるまで実質利益ゼロだったわけです。人間の一生は有限で、「いつかは戻る」は一種の信仰でしかありません。現実には、1929年に引退間近だった人々は資産を取り崩してしまい、戻る前に資金が尽きたでしょう。「長期なら勝つ」はあくまで確率的な話であり、個々の投資家の時間枠とは一致しません。長期が40年必要なパターンもありうるのです。
また、1930年代を通じての株式投資は、精神的圧力も大きかったはずです。89%ものドローダウンを目前にしてなお「長期で勝つから大丈夫」と思い続けるのは人間業ではありません。多くの人が途中で投げ、残った人も極少数でした。結局、理論的な長期リターンがどうであれ、実際の投資家行動はそれに追いつかない可能性があります。
現代においても、「○○年積立すれば必ずプラスになる」といった謳い文句があります。しかし、その前提には安定成長期が想定されています。もし、これから先に長い停滞や大暴落が起きれば、当てはまらないシナリオです。例えば日本株は1989年ピークから2021年現在でも実質ではピークを超えていません(名目では下回ったまま)。この30+年に渡り「長期なら勝つ」のロジックは通用しなかったわけです。
従って、大恐慌級の事態では「長期なら勝つ」だけを信じてフルリスクを取るのは危険です。株式は長期成長するが、投資家がその長期を経ても大丈夫とは限らないのです。適切なリスク管理(前述の資産分散や防衛資金)がなければ、長期を待つ前に破綻するかもしれません。
誤解してはいけないのは、株式投資自体を否定する必要はないということです。株式は成長資産として魅力があり、恐慌後に大きなリバウンドも見せました。重要なのは、それに過信・フルコミットしないことです。大恐慌期に債券や現金を持ち、株は余裕資金で運用する姿勢だった人は生き残っています。「株は長期で勝つ」の裏には「大きく負ける局面も必ずある」という戒めが潜んでいます。その戒めを無視してはいけない、というのがこの勘違いへの回答です。
要点を箇条書きにすると
- 株式の長期リターンは確かにプラス傾向だが、個人の投資期間内にプラスになる保証はない(大恐慌時は25年ゼロ、近年日本株も30年マイナスだった)。
- 極端な下落と長期停滞に耐えるには精神力と資金持久力が必要で、それは万人に可能ではない。長期勝利論は平均像であり、実際の投資家はその途中で脱落し得る。
- ゆえに、「長期だから大丈夫」と安易にフルリスクを取るのは危険。安全策を講じつつ株式投資するのが現実的。
- 実践的には、大恐慌期のケースを想定し、株の比率が大きい人でも非常時には売らなくて済むだけの安全資産を備えておくことが重要。
9-2. 「金を持てば安心」にならないパターン(制度・価格・保管)
「有事の金」という言葉があるように、金(ゴールド)は危機の安全資産と見なされることが多いです。しかし、「金さえ持っていればどんな危機も安心」という極端な主張には注意が必要です。大恐慌期を見ても、米国内では金保有禁止という措置により、金を持っていても利益を享受できなかったパターンがあります。
まず、政府による規制リスクです。大恐慌期の米国は極端な例ですが、現代でも各国政府が金取引に課税したり輸出入を制限する可能性はゼロではありません。特に自国通貨防衛のために金の海外持ち出しを禁じるとか、金保有に特別税を課すといった措置は歴史上も見られます。金は国家の信用に対抗する資産なので、国家は本気になれば金の自由を制約できます。大恐慌期の米国民が痛感したように、「金を持っていれば絶対大丈夫」は政府との力関係に左右されるのです。
次に、金の価格変動リスクも無視できません。確かに長期的には通貨価値下落に連れて金は値上がりしてきましたが、短期的・中期的には大きな変動があります。例えば1980年に金価格が850ドルの頂点をつけた後、20年近く低迷し、1999年には250ドル台まで下がりました。実に約70%の下落です。インフレが落ち着いた時期には金は不人気となり、他資産よりアンダーパフォームすることがあるのです。従って、金を大量に抱えていても、その間に物価が安定したり技術革新で他の安全資産が台頭したりすれば、思ったほど金が力を発揮しない可能性もあります。
また、金そのものは利息や配当を生まないので、長期保有コストがかかります。保管料やセキュリティ費用も馬鹿になりません。大恐慌期には金保有で利息ゼロだったため、機会費用が発生しました。現代でも、金を大量に現物保有するには保管リスクと費用が伴います。例えば自宅保管は盗難リスク、貸金庫利用は年数万円のコストなど。金ETF等で保有すれば流動性はあるものの、証券システムリスクなど間接的な不安要素もゼロではありません。
そして、流動性の問題もあります。平時は金は売り買い容易ですが、金融危機の急性期には一時的に金市場も流動性を失うことがあります(コロナショック時、金の現物と先物価格が乖離し現物不足が起きた例など)。金そのものは不滅とはいえ、いざキャッシュが必要な時にすぐ換金できるとは限らない場面も想定すべきです。
まとめると
- 金は万能ではない: 当時の米国のように政府が介入すれば金の価値顕在化を阻まれるケースがある。現代も制度リスクはゼロではない。
- 価格ボラティリティ: 金価格も上下変動が大きく、「常に右肩上がり」ではない。インフレがない時代や金融安定期には低迷しうる。
- 利回りゼロ: 金は保有コストがかかり現金収入を生まないため、長期にはインフレ分だけの上昇に留まり、他資産に劣る場面もある。
- 保管・流動性リスク: 物理的安全確保が必要で、非常時の換金性も絶対ではない。
以上から、「金だけ持っていれば安心」は偏りすぎです。適切なのはポートフォリオの一部に金を入れることで、前述したように5~15%程度が目安でしょう。あくまで保険として有効なのであって、全財産金塊ではバランスを欠きます。特に、インフレとデフレどちらになるか不明な現代では、金と並行して債券や株も保持しておくことが重要です。
金本位制が復活しない限り、金は民間の価値保全手段の一つですが、政府に勝てるとは限らないことを肝に銘じましょう。大恐慌期に米国民が味わった「金を差し出せ」という屈辱を忘れてはならないのです。
9-3. 「国債は絶対安全」ではない条件(通貨・財政・インフレ)
大恐慌期の勝者であった国債ですが、これも「絶対安全」と信じてはいけません。たしかに米国債はデフォルトせず、保有者は利息を得続けました。しかし、前述の通り1934年のドル切下げで外国人保有者は41%の実質損失を被っています。国債が守ってくれたのは名目元本であり、実質価値ではありませんでした。この点に着目すると、国債の安全性にも条件があります。
まず、通貨価値の変動です。国債は自国通貨建てであればデフォルトリスクは低いとされます(極論政府は紙幣を刷って返せる)が、その場合インフレリスクがあります。戦後の日本国債や米国債も、名目は返済されていますが高度成長期やインフレ期に実質価値は棄損しました。極端に言えば、ハイパーインフレが起きれば国債は実質紙屑です。つまり「返ってくるが価値はない」状態になり得ます。
さらに、財政の持続性も無視できません。大恐慌期の米国はまだ債務残高が小さく、政府信用が高かったですが、現代の先進国はGDP比で戦時並みの債務を抱えています。その債務維持のため、意図的なマイルドインフレ政策が取られる可能性があり、その場合国債保有者が実質負担を背負う形になります。また、まれにとはいえ政府債務不履行(デフォルト)も歴史上起きています。1930年代も、米国はしなかったものの、一部欧州諸国やラテンアメリカ諸国で外債デフォルトが発生しました。現代で主要国が自国通貨建て国債をデフォルトする可能性は低いですが、外国通貨建て(例えば新興国のドル建て国債)だと十分ありえます。
また、政治リスクも指摘されます。国債償還条件を法的に変更する(いわゆる「サプタ」など)ケースや、通貨そのものを放棄して別の通貨に移行する場合(ユーロ導入国など)には、国債保有者が不利益を被ることがあります。日本国債は安全と言われますが、将来財政が破綻し、資本規制や特別国債税のような措置が取られれば、保有者に痛みが及ぶでしょう。
ですから、「国債絶対安全」は相対的なものです。大恐慌期も、大恐慌後半の米国債保有者はインフレ再燃(1933年以降)で得た実質利息分を結局失いました。現代では、インフレ率>国債金利となる局面が多く、債券保有者は実質負けています。2021-2022年の米国債はまさに実質金利マイナスで、国債は名目返済されても購買力は減りました。
「絶対安全」の誤解を避けるには、国債の安全性の範囲を知ることです。元本と利息の名目支払いが守られる確率は高いですが、購買力を守る約束ではないということです。国家は合法的にインフレ税を課せるので、国債はその餌食になります。
ではどうするか。対策は、インフレ調整可能な資産(物価連動債や金・株など)も組み合わせることです。国債はデフレ・危機には強いがインフレに弱い、一方金や株はインフレに強くデフレに弱い傾向があるので、両方持ってバランスを取るしかありません(これまで述べた分散戦略の重要性に戻ります)。
箇条書きにすると
- 国債の信用 = 政府の信用。政府が通貨価値を毀損すれば国債も実質毀損。
- 自国通貨建て国債はデフォルトしにくいが、インフレにされるリスクあり。
- 外貨建て国債や政治不安国の国債は普通にデフォルトしうる(安全ではない)。
- したがって、「国債は絶対安全」と思い込んで全財産国債にするのは危険。インフレや政策変更のシナリオを考慮し、多角化すべき。
- “絶対安全”の資産は存在せず、条件付きで安全なだけである。国債も例外でなく、安全資産の一翼でしかない。
以上、3つの誤解を解きました。要するに、危機対策を一つに偏らせるのはどれもリスクがあるということです。株楽観論・金万能論・国債絶対論、すべて過信せず、「もし○○だったら?」と常に裏を考えて備えることが重要なのです。
10. Q&A:大恐慌で資産選びを迷うポイント5つ

最後に、大恐慌の文脈でよく出てくる疑問や議論を5つのQ&A形式でまとめます。読者が特に気になりそうな「現金 vs 金」「現代の国債の役割」「株の下落リスク」「不動産の強さ」「分散の基準」について、簡潔に答えていきます。これまでの内容と一部重複しますが、要点を再確認する形で役立ててください。
10-1. 大恐慌で「一番強かった資産」は現金?金?
質問: 大恐慌期に本当に一番強かった(得をした)資産は現金だったのでしょうか?それとも金でしょうか?結局どちらが正解なのか知りたいです。
回答: 「名目」だけ見るなら米ドル現金(紙幣)が最も安定し無傷でしたが、「実質(購買力)」で見ると金が最も増価しました。 ただし、当時の米国では金保有禁止があったため国内投資家は金の利益を享受できず、現金を持っていた方が安全だったのも事実です。一方、金本位制離脱によって通貨が切下げられた国(イギリスなど)では、金は対通貨で価値倍増し、金保有者が勝者になりました。つまり国と条件によります。
米国に限れば、1933年までのデフレ期間では現金が最強で購買力を約+30%伸ばしました。1934年にドル切下げ後は、金価格上昇で金の購買力が飛躍的に伸びています。しかし米国民はその恩恵を直接得られなかったため、一般論としては「国内投資家目線では現金(と短期国債)が一番安全だった」と言えます。一方、通貨危機をまたいだ国際投資の目線では金が一時的に最も強力だったとも言えます。
結論として、大恐慌期において「現金vs金」の優劣は状況次第です。デフレが続く限りは現金有利、通貨切下げが起きると金有利でした。したがって、安全策としては両方持つのが確実です。現代でも、デフレ型危機には現金(と国債)が強く、インフレ型危機には金が強い傾向があるので、両刃を備える分散が望ましいと言えます。
10-2. いま同じ危機が来たら国債は守りになる?
質問: 仮に今、大恐慌のような危機が起きたら、やはり国債は安全資産として機能するでしょうか? 現代の国債も守りになるのか疑問です。
回答: 大恐慌級の信用収縮・デフレ局面なら、おそらく主要国の国債(自国通貨建て)は「最後の貸し手」として安全資産になる可能性が高いです。 大恐慌当時と違い、現代は各国中央銀行が積極的に国債市場を支え、デフォルトを避けるでしょうから、元本利払いは守られるでしょう。ただし、その過程で大規模な金融緩和が行われればインフレ懸念が生じ、国債の実質価値は損なわれるかもしれません。実際、リーマン危機やコロナ危機では、初期には国債利回りが低下し価格が上がりましたが、その後の緩和でインフレが高まると国債は売られ利回り急騰する局面がありました。
要するに、短期~中期の守りには国債が機能するが、長期では通貨価値次第です。デフレ的危機が長引けば国債ホルダーが勝ちます(1930年代前半や2008-2015年の日本のように)。しかし、途中で政策転換してインフレ誘導になれば国債の実質リターンは低下します。極端なインフレになれば国債は実質負けです。
総合すると、「危機初期~真っ只中までは国債が避難先となり得るが、危機対応で刷られたお金のツケとして国債価値が薄まる可能性」があります。従って現代でも国債は防御に組み入れるべきですが、その後のインフレ局面には備えておく(物価連動債や金・株の保有も並行する)のが賢明でしょう。
10-3. 株はどこまで下がる想定で組むべき?
質問: 大恐慌期には株価が約90%も下がりましたが、そんな極端な下落まで普通は想定しません。現代の資産配分では、株はどの程度の下落を想定して組むべきでしょうか?
回答: 最悪シナリオとしては、「株価が半値になる」程度は現実的に起こり得るし、より悲観的には80%安くらいもゼロではありません。 大恐慌期の-89%は例外的としても、先進国株でも-50%超の下落は歴史上何度もあります(2000-2002年ITバブル崩壊、2008-09年金融危機など)。日本株は1989-2003で名目-80%強もの下落を経験しました。従って、50%下落は確率的に十分起こり、80%減も想定外と切り捨てない方がいいです。
資産配分では、少なくとも50%のドローダウンに耐えられるかを基準にします。例えば株式比率が50%なら、その部分が半減してもポートフォリオ全体では25%の損失ですむ計算です(安全資産が残り50%あるので)。逆に株式比率が80%だと、半減時に全体で40%損失となり、心理的にもリカバリー的にも厳しいでしょう。従って、株式比率はリスク許容度とドローダウン耐性に応じて50%前後までに留めるのが一つの目安となります。若年層でリスクを取るにしても70%などが上限でしょう。
また、「株価がどれだけ下がったら買い増すか」も決めておくと良いです。例えば20%下落ごとに段階的に買い増す計画や、リバランスルールを設定しておくと、暴落時に冷静に対応できます。
まとめると、資産設計上は「株式は価値が一時的に半分以下になる」前提で組み、行動上は「現実に半分下がったら買い増し/リバランスする」シナリオを準備しておくことが望ましいです。これくらいの覚悟があれば、大恐慌級はともかく通常の暴落には十分耐えられるでしょう。
10-4. 不動産は危機に強い?弱い?
質問: 不動産は「現物資産だからインフレに強い」「賃料収入があるから安定」とも言われますが、一方で流動性や借金の問題もあります。大恐慌や現代の危機で、不動産は強い資産なのでしょうか、弱い資産なのでしょうか?
回答: 不動産はインフレ耐性や実物価値保持の点では「強み」がありますが、流動性不足やレバレッジ依存の面で「弱み」があります。 大恐慌期にはローン破綻者続出で価格暴落し、不動産は非常に弱い資産でした。しかしその後インフレ期には価値を回復し、長期的には購買力を保ちました。現代でも、2008年の住宅バブル崩壊時には弱く、直近のインフレ期には強くというように、局面によって評価が分かれます。
一般に、不動産は「マイルドなインフレ環境下」では家賃も上昇し、借金負担も実質軽くなり強みを発揮します(1970年代や2020年代前半のような状況)。一方、「デフレ&信用収縮環境下」では不動産価値下落+ローン負担増で弱みが露呈します(1930年代や1990年代日本のように)。また、不況期には空室や賃料減少もあり得ます。
従って、不動産投資の扱いは「条件付きで強い資産」と考えるべきです。インフレ防衛としてポートフォリオに組み入れる価値はある一方で、借金まみれでの投資は危機に脆弱なので避けねばなりません。現物ゆえ売れないリスクも織り込み、全体の一部に留めて流動資産とのバランスを取ることが肝要です。
要約すると、不動産は「インフレヘッジ資産」として強みがあり、「デフレ&信用リスク資産」として弱みがあります。成功のポイントは、ローンを抑え健全財務で保有し、危機時でも手放さず維持できるキャッシュフロー管理をすることです。そうすれば、たとえ暴落しても売らずに耐えて、次のインフレ期に実質価値を取り戻すことも可能でしょう。
10-5. 分散は何を基準に決める?
質問: 分散投資が大事なのは分かりましたが、具体的にどう基準を決めれば良いでしょう? 資産の配分割合(株◯%、債券◯%、金◯%など)を決める目安を教えてください。
回答: 分散比率の基準は、(1)ご自身のリスク許容度・投資期間、(2)経済シナリオへの備え、(3)心理的安心感の3点で決めるのが良いです。
(1) リスク許容度は年齢や収入安定度などで変わります。若く長期投資できるなら株多め、高齢なら債券多めが目安です。一般論として、「110-年齢」を株式比率の目安とする手法もあります(例えば30歳なら80%株)ただし個人差大きいので、お勤めや家計状況で調整ください。
(2) 経済シナリオとは、インフレorデフレ、好況or不況への備えです。例えば、
- デフレ不況:現金・国債が◎、株不動産×
- インフレ不況(スタグフ):金・実物資産◎、債券×、株△
- インフレ成長:株・不動産◎、債券×、金△
- 低インフレ成長:株◎、債券◎、金×
このように、それぞれ強弱が違います。そこで、どのシナリオでも全部がゼロにならないよう配分します。株+債券+金をバランスよく入れるのはこのためです。それぞれが異なるシナリオで守ってくれます。ご自身が心配するシナリオ(例えばインフレ志向の政策が多いと感じれば金や不動産比率を上げる等)に合わせて調整します。
(3) 心理的安心は眠れる投資かどうかです。大恐慌級の下落でも持ち堪えられるか、夜も眠れない配分になっていないか、自問しましょう。例えば株80%で10%下落するだけでストレスを感じるなら、それは許容超えなので下げるべきです。一方、慎重すぎてリターンがゼロ近くでは将来資金が増えない問題もあるので、安心とリターンのバランスを見ます。シミュレーションで、配分ごとの過去危機のドローダウンを調べ体感するのも有益でしょう。
総合すると、
- 若年層なら: 株60%、債券20%、金10%、その他10%
- 中年層: 株50%、債券30%、金10%、その他10%
- シニア層: 株30%、債券50%、金10%、現金10%
などが一つの目安です(参考:の統計など)。
しかし万人に当てはまる答えはなく、「自分が危機でも売らず続けられる配分」が正解です。大恐慌も想定しつつ、いくつかモデルを作ってみて、これなら耐えられるというものを選びましょう。今日の内容で言えば、「現金・国債・金・株の4本柱」をそれぞれ絶やさぬよう、自身なりの黄金比率を見つけてください。
以上、Q&Aで重要論点を整理しました。それでは最後に、本記事全体のまとめと要点の再確認を行います。
11. まとめ

ここまでの内容を、現代の投資判断に使える形へ整理します。大恐慌で「得しやすかった資産」は、資産そのものの優劣だけでは決まりません。名目と実質のどちらで測るか、どの期間を切り取るか、通貨制度や規制の違いをどう扱うかで結論が変わります。まとめでは、当時に共通して有利になりやすかった条件を3つに絞り、次の危機で迷わないためのチェック項目に落とし込みます。今日から見直せる手順だけを残します。
11-1. 結論:大恐慌で強かった資産に共通する3つの条件
大恐慌期に生き残り「得をした」と言える資産群(現金・国債・金)を振り返ると、3つの共通条件が浮かび上がります。それは、(A)デフレ耐性(購買力を保つ), (B)信用リスクの低さ(発行者が破綻しない), (C)換金の容易さ(流動性)です。それぞれ解説します。
- (A)デフレ耐性: 物価下落時に価値が相対的に上がるか保てること。現金は額面一定で物価が下がるほど購買力↑。国債も固定利息がデフレで実質価値↑。金も固定価格下では購買力↑、通貨切下げでは名目でも価値↑。一方、株式や不動産は価格・収益がデフレで↓、債務負担↑でした。つまりデフレ環境下で強いことが勝者の条件でした。
- (B)信用リスクの低さ: 発行者や裏付けの信用が揺るがなかったこと。米政府は債務不履行せずドルも対内的には安定させました。だから現金・米国債は信認を保ちました。金も物理的実体として信用不安に強かったです。反対に、銀行預金は銀行破綻で消滅し社債はデフォルト頻発。勝者の資産は「返ってこない」リスクが極小でした。
- (C)換金の容易さ: 必要なときにすぐ現金化・取引できること。現金はそのまま使えますし、国債も市場で売却しやすく担保にも使えました。金は国外では換金性高く、国内でも密取引はあったでしょう。株や不動産は暴落局面では売りたくても売れない(買い手不在)状態。勝者資産は流動性が高く、パニック中も価値を交換手段として活用できたのです。
以上3条件を満たす資産を、大恐慌期の米国に当てはめれば「政府保証の現金・国債と、政府保証外の普遍通貨たる金」でした。それらは大多数の人が最後まで信頼を置いた資産とも言えます。いうなれば「信用のピラミッドの頂点」に位置する資産でした。この視点は、現代の危機対策でも重要です。もし類似の危機が来たら、誰もが信じるもの(政府・中央銀行・金の価値)が何かを考え、それを核に据えるのが安全策となります。
11-2. ここだけ覚える:名目と実質、信用リスク、換金しやすさ
本稿の内容は盛りだくさんでしたが、最後に特に肝要なポイントを絞って記します。大恐慌の教訓として、資産運用で忘れてはならないのは次の3点です。
- 「名目」と「実質」を取り違えない: 資産のリターンを見るとき、インフレ・デフレを調整した実質リターンで評価する重要性を痛感しました。名目上無傷でも、デフレで大きく得したりインフレで密かに損したりします。現金・債券の価値は物価次第、株式も長期リターンはインフレで目減りします。実質で資産配分を考える癖をつけましょう。特に安全資産と思うものほど、インフレ時の実質価値減に注意です。
- 信用リスクを常に意識: 「信用」が崩れると連鎖的に市場が崩壊する様を大恐慌は示しました。平時安全と思う預金・社債も、環境が変われば危険資産化します。政府・通貨の信用も絶対ではないです。よって、一カ所に信用リスクを集中させない(分散)、信用が揺らぐ兆候に敏感になる(情勢を注視)、リスク資産は余力でなどの対策が大事です。「信用」を失えば全てを失うため、最悪を想定した保険的資産(例えば金)を少し持つのも有効です。
- 換金しやすさ(流動性)を軽視しない: 危機では「売れる・使える」ということ自体が価値になります。どんなに評価額が高くても売れない資産は守りになりません。現金はその点王者でした。現代も、流動性資産(短期国債・預金・現金)の比率が適切か常にチェックしましょう。緊急時に1円たりとも引き出せない状況を避けることが、破綻を防ぎます。守りのために一定の遊休資金を持つ勇気も必要です。
要するに、お金の価値は固定でなく、信用で成り立ち、使えなければ意味がないという当たり前に思えることが、大恐慌級の試練で浮き彫りになりました。この3つ「実質価値」「信用」「流動性」を念頭に、自分の資産設計を今一度点検してみてください。
11-3. 今すぐできる:生活防衛資金と資産配分の最終チェック
最後に、読者が今日から実践できるアクションを提示して締めくくります。以下のチェックリストを使って、ご自身の備えを最終確認してみましょう。
- 生活防衛資金: 「半年~2年暮らせる現金」を確保していますか? そのお金はすぐ引き出せる状態で、1つの銀行に偏らず分散配置されていますか? 少なすぎる場合、今月からでも収入の一部を積み立てましょう。
- 負債の棚卸: 高金利の借金は残っていませんか? カードローン、リボ払い、不要な住宅投資ローン等があるなら、繰上返済や整理を検討しましょう。借金減少=固定支出減で危機耐性アップです。
- 資産配分: 現金・債券・金・株がバランスよく含まれていますか? どれか一つに極端に集中していないか確認しましょう。例えば現時点で株90%なら、一部を債券や金ETFに移すことを考えてください。逆に預金だけの人も、インフレ対策に少し株や金を取り入れて。
- 保有資産の流動性: ポートフォリオ内の各資産は、需要がない非常時でも一定の換金性がありますか?不動産・未公開株など流動性ゼロ資産は全体の何割か計算し、必要に応じて売却やヘッジの検討を。商品市況に左右される資産やマイナー資産は、不測の事態での売却難を織り込み、小さく持つのが基本です。
- 行動シミュレーション: 資産が50%急落したシナリオを想像し、それでも自分や家族が生活維持・投資継続できるか確認しましょう。難しい場合、株式比率過多の可能性大です。逆に何もしないと決めているなら、そのルールを紙に書いて家族と共有しておくと実践しやすくなります。
- 非常時チェックリスト: 危機が起きたら何を優先するか、自分なりの手順を書き出しておきましょう(例:「家族の安全確認→現金手元確保→預金分散確認→ニュースソース限定→リバランス実施…」など)。大恐慌時にはこれができずパニックになった人が多かったはずです。今なら準備可能です。
このような先手の準備が、大恐慌級の事態への生存戦略となります。この記事全体のキーメッセージを一言で言えば、「最悪を想定し、平時に偏りと油断を正せ」です。大恐慌は極限状況ではありましたが、私たちはそこから多くを学び、対策を講じる機会を得ています。どうか、本稿の知見を活かして、ご自身の資産防衛策を点検・強化してみてください。平穏な時代が続くのが一番ですが、備えあれば憂いなしです。
※本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品、銘柄、投資手法の売買を推奨するものではありません。大恐慌期は制度・政策・市場構造が現代と異なるため、結論をそのまま現代に当てはめることはできません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
出典
- Federal Reserve Bank of St. Louis: How Bad Was the Great Depression? – デフレ率やGDP変動、銀行破綻数など大恐慌期の経済統計
- FRB (Federal Reserve History): Stock Market Crash of 1929 – ダウ平均の下落率と回復年数等
- FRB (Federal Reserve History): Banking Panics of 1930-31 – 銀行休業件数や信用収縮の記録
- FRB (Fed History): Roosevelt’s Gold Program (1933) – 金本位制離脱とドル切下げに関する記述
- Aswath Damodaran, NYU Stern: Historical Returns on Stocks, Bonds and Bills: 1928-2024 – 米国株・債券・金・不動産の年次リターンデータ
- Encyclopedia.com: Housing 1929-1941 – 大恐慌期の住宅差し押さえ数や価格下落率
- Barry Eichengreen & Jeffrey Sachs (1985): Exchange Rates and Economic Recovery in the 1930s – 金本位制離脱と回復時期の国際比較データ
- Moody’s: Corporate Default and Recovery Rates, 1920-2008 – 社債デフォルト率(1930年代にスペキュレーティブ級15%等)
- 日本銀行: 戦後インフレ期の国債実質金利資料 – インフレ局面で国債保有者が実質損失を被った例の分析
- Ben Carlson (A Wealth of Common Sense blog): Historical Returns by Decade – 1930sと1970sの資産別実質年率リターン比較