米国株は今後、暴落するのでしょうか。2026年9月の米国株は最高値圏にあり、過去10年間の平均的な企業利益と株価を比較するCAPEは約40.6倍です。これは1929年の株価暴落前を上回り、ITバブル末期に近い水準です。さらに米10年国債利回りは5%前後まで上昇し、インフレを抑えるためFRBは政策金利を引き上げています。
一方、米国経済はプラス成長を維持し、雇用、銀行、信用市場にも、金融危機が始まったことを示す明確な変化は確認できません。株価が割高であることと、リーマンショックのような金融危機が起きることは、同じではありません。
この記事では、1929年の大恐慌、ITバブル、リーマンショックと現在の米国株を比較します。なぜ株価暴落が大恐慌へ発展したのか、ITバブルと現在のAI相場は何が同じなのか、リーマンショック級の金融危機が起きる条件は何かを整理します。
現在の米国株がどこまで危険なのか、そして暴落を予測するのではなく、投資家がどのように備えるべきかを詳しく見ていきます。

目次
1.アメリカで株価暴落は起きるのか【結論】
2026年9月の米国株には、株価調整への警戒が必要な材料があります。株価は企業利益と比較して歴史的に高く、米国の長期金利も5%前後まで上昇しています。一方、米国経済はプラス成長を維持し、雇用や銀行、信用市場にも金融危機を示す明確な変化は現れていません。現在は「株価が割高で下落しやすい状態」と「金融危機が始まっている状態」を分けて考える必要があります。
1-1.株価調整の危険性は高まっている
米国株の割高感を示す指標の一つが、CAPEです。
CAPEは、簡単に言えば「米国企業の過去10年間の平均的な稼ぐ力に対して、現在の株価が何倍まで買われているか」を示す指標です。*CAPEについては7-1でも解説しています。
企業の利益は、景気が良いときには大きく増え、不況になると急激に減ることがあります。1年間だけの利益を使って株価を判断すると、好景気のときは実際より割安に見え、不況のときは実際より割高に見える場合があります。
そこでCAPEでは、過去10年間の企業利益を物価変動の影響を除いた実質値へ調整し、その平均を使います。一時的な好景気や不況の影響を小さくして、米国株が長期的な企業の稼ぐ力に対して高いのか、安いのかを確認するためです。
通常のPERが「現在または今後1年間の利益と株価を比べる指標」であるのに対し、CAPEは「過去10年間の平均的な利益と現在の株価を比べる指標」です。
2026年9月1日時点のCAPEは約40.6倍でした。
単純化すると、米国企業の過去10年間の平均的な利益を1とした場合、現在の株価が約40.6まで買われていることを意味します。ただし、投資資金を回収するまで40.6年かかるという意味ではありません。将来の利益成長、配当、自社株買いなどは、この数字だけでは分からないためです。
過去の主な株価暴落前と比較すると、1929年9月のCAPEは約32.6倍、ITバブル末期だった2000年3月は約43.2倍でした。
現在の約40.6倍は、1929年の株価暴落前を上回り、ITバブル時に近い水準です。つまり、現在の米国株には、今後も企業利益が大きく成長するという期待が、すでにかなり織り込まれていると考えられます。
ただし、CAPEが高いからといって、すぐに株価が暴落するわけではありません。CAPEは米国株の長期的な割高感を判断する指標であり、暴落が起きる日や時期を予測する指標ではないからです。実際に、株価が割高な状態が数年間続くこともあります。
現在の米国株にとって、株価の高さと同時に問題となるのが金利です。2026年9月18日の米10年国債利回りは5.01%でした。さらにFRBは9月16日、政策金利を0.25%引き上げ、誘導目標を3.75~4.00%としました。
国債利回りが上昇すると、投資家は価格変動の大きい株式を保有しなくても、国債から一定の利回りを得られます。そのため、株式に対して求められる収益率も高くなり、PERの高い企業ほど株価が調整しやすくなります。
特に影響を受けやすいのが、現在の利益よりも将来の成長期待によって高く評価されている大型テクノロジー企業やAI関連企業です。企業の成長が続いていても、金利上昇によって株価評価だけが引き下げられる可能性があります。
現在は、歴史的に高い株価評価と高金利が同時に存在しています。この組み合わせは、米国株が10~20%程度調整する可能性を考えておく必要がある状態です。
1-2.金融危機が始まっているとは判断できない
米国株の割高感が強い一方で、実体経済や金融システムには、リーマンショックのような金融危機が始まっていることを示す明確な兆候は確認できません。
2026年4~6月期の米国実質GDPは、前期比年率1.5%増加しました。1~3月期の2.1%からは減速していますが、米国経済は依然としてプラス成長を維持しています。
2026年8月の失業率は4.1%でした。景気後退の初期に見られるような急激な失業率上昇は起きておらず、非農業部門雇用者数も前月から16万2,000人増加しています。少なくとも雇用統計からは、米国経済がすでに深刻な景気後退に入ったとは判断できません。
信用市場にも、金融危機を示す急激な変化は現れていません。2026年9月18日の米国ハイイールド債スプレッドは2.68%でした。信用スプレッドは、信用力の低い企業が米国国債よりどれだけ高い金利を支払わなければならないかを示す指標です。
金融不安が広がると、投資家は信用力の低い企業への融資や投資を避けるため、信用スプレッドは急速に拡大します。現在の水準は、企業の資金調達市場が機能不全に陥っている状態ではありません。
銀行についても、FDICは2026年第2四半期時点で、米国の銀行業界は全体として強い資本と流動性を維持していると評価しています。FDICの問題銀行リストに掲載された銀行は47行で、銀行全体の1.1%でした。FDICによると、これは金融危機ではない通常期の範囲内です。
ただし、銀行が抱える債券の含み損は約3,267億ドル残っています。商業用不動産の借り換え、プライベートクレジット、ヘッジファンドの高いレバレッジなども、今後の注意点です。
したがって、金融システムが完全に安全という意味ではありません。しかし、GDP、雇用、信用市場、銀行の資本状況を総合すると、現時点で2008年のような金融危機が始まっているとは判断できません。
1-3.現在は「暴落の燃料はあるが導火線は点火していない」
現在の米国株を分かりやすく表すと、「暴落の燃料はあるが、導火線はまだ点火していない状態」です。
暴落の燃料となり得るのは、40倍を超えるCAPE、5%前後の米10年国債利回り、FRBによる利上げ、AI関連企業への成長期待、FRBの目標を上回るインフレです。これらは、企業利益の見通しが悪化したときに、株価下落を大きくする要因になります。
一方、導火線に当たるのが、企業利益の急減、失業率の継続的な上昇、信用スプレッドの急拡大、銀行からの預金流出、ファンドの強制売却などです。こうした変化が同時に起きると、株価下落が金融システムや実体経済へ広がる可能性が高まります。
2026年9月時点では、割高な株価や高金利という燃料は確認できますが、景気後退や信用収縮という導火線には、まだ明確に火がついていません。
そのため、米国株が10~20%程度調整する可能性は十分に考えておく必要があります。しかし、現在のデータだけから、1929年の大恐慌やリーマンショック級の金融危機が迫っていると結論付けることはできません。
重要なのは、株価が高いという理由だけで暴落を断定しないことです。今後は株価だけでなく、企業利益、失業率、信用スプレッド、銀行の資金調達状況を合わせて確認する必要があります。
2.株価暴落・金融危機・大恐慌の違い
株価暴落、金融危機、大恐慌は同じ意味で使われることがありますが、実際には影響する範囲と深刻さが異なります。株価が大きく下落しても、銀行や企業への資金供給が維持されていれば、金融危機に発展するとは限りません。反対に、株価下落をきっかけに融資や資金調達が止まると、企業倒産や失業の増加を通じて実体経済へ影響が広がります。米国株の危険度を判断するには、この違いを理解する必要があります。
2-1.株価調整と弱気相場の違い
株価の下落は、その大きさによって「株価調整」や「弱気相場」と呼ばれます。ただし、いずれも法律や金融当局によって厳密に定められた公式基準ではなく、市場で一般的に使われている目安です。
株価調整は、一般に株価指数が直近の高値から10%前後下落した状態を指します。企業業績の見通し、金利、政治情勢などが変化したときに起こり、長期的な上昇相場の途中でも繰り返し発生します。
弱気相場は、株価指数が直近の高値から20%以上下落した状態です。企業利益の悪化や景気後退への懸念が強まっている場合が多く、株価調整よりも回復に時間がかかる傾向があります。
一方、株価暴落には、下落率や期間について明確な公式基準がありません。通常は、投資家が一斉に売却へ動き、株価が短期間で急激に下落する状態を指します。
整理すると、次のようになります。
- 株価調整:高値から10%前後の下落
- 弱気相場:高値から20%以上の下落
- 株価暴落:明確な基準はなく、短期間で急激に下落する状態
重要なのは、20%以上下落したから金融危機になるわけではないことです。株価の下落率だけでは、経済全体への影響を判断できません。
2-2.株価が暴落しても金融危機になるとは限らない
株価暴落は、株式市場で起きる価格の急激な変化です。一方、金融危機は、銀行、債券、短期金融市場、投資ファンドなどを通じた資金の流れに問題が起きる状態です。
例えば1987年10月19日のブラックマンデーでは、NYダウが1日で22.6%下落しました。しかし、銀行の連鎖破綻や大規模な預金流出は発生せず、その後に米国経済が景気後退へ入ることもありませんでした。
この場合、株価は暴落しましたが、企業や家計への信用供給は維持されました。そのため、株式市場の混乱が金融システム全体の危機へ発展しなかったのです。
ITバブル崩壊でも、NASDAQは2000年3月の高値から2002年10月の安値まで約78%下落しました。多くのIT企業が倒産し、投資家は大きな損失を受けましたが、銀行システム全体が機能不全に陥ったわけではありません。
これに対して、2008年のリーマンショックでは、住宅ローン関連商品の損失が銀行、証券会社、保険会社などへ広がりました。金融機関同士が相手の財務内容を信用できなくなり、短期資金市場や企業融資にまで影響が及びました。
この違いから分かるのは、株価の下落率だけでは金融危機の深刻さを判断できないということです。
株式市場の中だけで損失が収まれば、株価暴落で終わる可能性があります。しかし、損失が銀行の資本や資金調達を圧迫し、企業や家計への融資が止まると、金融危機へ発展します。
2-3.金融危機は信用の流れが止まる状態
金融システムは、資金を持つ人や企業から、資金を必要とする企業や家計へお金を移す役割を持っています。銀行融資、社債、住宅ローン、投資ファンドなどは、この資金の流れを支える仕組みです。
金融危機とは、この信用の流れが正常に機能しなくなる状態です。
最初のきっかけは、株式、不動産、債券などの価格下落である場合があります。資産価格が下がると、融資の担保として使われている資産の価値も低下します。
担保価値が下がった投資家や企業は、金融機関から追加の担保や資金を求められます。必要な資金を用意できなければ、保有資産を売却しなければなりません。
多くの投資家が同時に売却すると、資産価格はさらに下落します。価格下落によって新たな追加担保が必要になり、さらに売却が増えるという悪循環が発生します。
金融機関も損失が増えると、自己資本を守るために融資を減らします。銀行が融資を減らし、投資家が社債を買わなくなると、企業は事業や設備投資に必要な資金を調達できなくなります。
金融危機では、次のような変化が連鎖します。
- 株式や不動産などの資産価格が下落する
- 担保価値が低下し、追加の資金が必要になる
- 強制売却によって資産価格がさらに下がる
- 銀行や投資ファンドの損失が増える
- 銀行が融資を減らし、社債の発行も難しくなる
- 企業が投資や雇用を削減する
- 倒産や失業が増え、個人消費も減少する
この段階になると、問題は株式を保有している投資家だけにとどまりません。住宅ローン、自動車ローン、企業融資、雇用などを通じて、金融市場に直接参加していない人にも影響が広がります。
金融危機を見分けるには、株価だけではなく、信用スプレッド、銀行の資本、預金流出、企業の資金調達、延滞率などを確認する必要があります。
2-4.大恐慌には長期間の不況とデフレが伴う
大恐慌には、株価調整や弱気相場のような明確な数値基準はありません。単にGDPが2四半期連続で減少した状態を大恐慌と呼ぶわけでもありません。
一般に大恐慌とは、通常の景気後退よりも経済活動の落ち込みが深く、失業や企業倒産が大規模に発生し、その状態が長期間続くことを指します。
1929年に始まったアメリカの大恐慌では、株価暴落に加えて銀行取り付けが相次ぎ、銀行システムが大きく傷つきました。銀行が預金を守るために融資を減らしたことで、企業や家計への資金供給も縮小しました。
さらにマネー供給が減少し、物価が継続的に下落するデフレが進みました。物価や賃金が下がっても、借金の金額は自動的には減りません。そのため、企業や家計が実質的に負担する借金は重くなります。
借金返済のために消費や投資が減ると、企業の売上が落ち、企業は生産と雇用を削減します。失業者が増えることで個人消費がさらに減少し、経済全体が縮小する悪循環に陥ります。
NBERによると、1929年8月に始まった景気後退は1933年3月まで43か月続きました。その後も完全な回復には長い時間が必要となり、1937年には再び景気後退が発生しています。
株価暴落、金融危機、大恐慌の関係は、次のように整理できます。
- 株価暴落:株式市場で価格が急激に下落する
- 金融危機:銀行や信用市場が機能不全に陥る
- 大恐慌:金融危機が深刻な失業、デフレ、長期不況へ発展する
つまり、株価暴落が起きても、必ず金融危機になるわけではありません。金融危機が起きても、政策対応や金融システムの状態によっては、大恐慌への発展を防げる可能性があります。
現在の米国株を分析するときも、株価の下落率だけを見るのではなく、銀行や信用市場が正常に機能しているか、企業と家計へ資金が届いているかを確認することが重要です。
3.1929年・ITバブル・リーマンショックを一覧で比較
1929年の大恐慌、2000年のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックは、いずれも米国株が大きく下落した出来事です。しかし、株価下落の原因、銀行への影響、景気後退の深さは大きく異なります。現在の米国株と比較するときは、下落率だけではなく、株価評価、借金、銀行の健全性、信用市場への波及を分けて見る必要があります。まずは、3つの暴落と2026年9月の状況を一覧で比較します。
3-1.3つの暴落と2026年の比較表
| 比較項目 | 1929年大恐慌 | ITバブル | リーマン ショック | 2026年9月 |
|---|---|---|---|---|
| 株価下落 | NYダウ約89% | S&P500約49%、NASDAQ約78% | S&P500約57% | 直近最高値から約1.9%下落 |
| 主に問題となった市場 | 株式・銀行 | IT・通信株 | 住宅・金融機関 | AI・大型成長株への期待 |
| 暴落前のCAPE | 約32.6倍 | 約43.2倍 | 約27.3倍 | 約40.6倍 |
| 景気後退 | 極めて深刻 | 比較的軽度 | 深刻 | 現時点では確認されず |
| 銀行危機 | あり | なし | あり | 現時点ではなし |
| 主な原因 | 証拠金取引・銀行取り付け・通貨収縮 | 過剰な成長期待・割高な株価 | 住宅ローン・証券化・過剰レバレッジ | 高い株価評価・高金利・AI期待 |
| 金融システムへの影響 | 銀行システムが大きく混乱 | 限定的 | 世界的な信用収縮 | 現時点では限定的 |
| 高値回復までの期間 | NYダウは約25年 | NASDAQは約15年 | S&P500は約5年5か月 | 現在進行中 |
株価下落率は、配当を含まない株価指数の高値から安値までを基準としています。1929年はNYダウ、ITバブルとリーマンショックは主にS&P500を使用しているため、完全に同じ条件での比較ではありません。
CAPEも、各暴落前または直前に近い月次値です。2026年9月のCAPE約40.6倍は9月1日時点、株価下落率約1.9%はS&P500の8月13日の高値と9月18日の終値を比較したものです。
1929年の大恐慌では、NYダウが1929年9月の高値から1932年7月の安値まで約89%下落しました。株価下落に加えて銀行取り付けが発生し、銀行融資とマネー供給が急減したため、問題が株式市場だけにとどまりませんでした。
ITバブルでは、NASDAQが約78%、S&P500も約49%下落しました。下落率だけを見ると極めて深刻ですが、銀行システム全体の危機には発展していません。IT企業や通信企業への投資損失は大きかったものの、銀行の資本や決済機能が全面的に損なわれたわけではなかったからです。
リーマンショックでは、S&P500の下落率は約57%でした。ITバブルのNASDAQより下落率は小さいものの、住宅ローン関連商品の損失が銀行、証券会社、保険会社へ広がり、企業や家計への信用供給まで縮小しました。そのため、実体経済への影響はITバブルより深刻になりました。
2026年9月の米国株は、CAPEではITバブルに近い水準です。しかし、GDP、雇用、銀行、信用市場には、1929年や2008年と同じ金融危機が始まっていることを示す明確な変化は、現時点では確認できません。
3-2.株価の割高さだけでは危機の規模は決まらない
3つの暴落を比較すると、株価の割高さと経済危機の深刻さが必ずしも一致しないことが分かります。
ITバブル直前の2000年3月、CAPEは約43.2倍でした。これに対して、リーマンショック前の2007年10月は約27.3倍でした。株価評価だけを比較すれば、ITバブル時の方が明らかに割高でした。
実際にNASDAQはITバブル崩壊で約78%下落しました。しかし、2001年の景気後退は、NBERによると3月から11月までの8か月でした。株式市場では大きな損失が発生しましたが、銀行システム全体が機能不全に陥る金融危機には発展していません。
一方、リーマンショック前のCAPEはITバブル時ほど高くありませんでした。それでもS&P500は約57%下落し、景気後退は2007年12月から2009年6月まで18か月続きました。失業率は10%まで上昇し、米国だけでなく世界の金融市場へ影響が広がりました。
この違いを生んだのが、金融機関のレバレッジと住宅ローン関連商品への関与です。
ITバブルでは、主に投資家が割高なIT企業の株式を保有していました。株価が下落すると、投資家は大きな損失を受けますが、その損失が直ちに銀行の支払い能力や企業への融資を停止させるとは限りません。
リーマンショックでは、銀行や証券会社が住宅ローン関連商品を大量に保有し、短期の借り入れによって資金を調達していました。住宅価格の下落によって担保価値が低下すると、金融機関の自己資本と資金調達の両方に問題が発生しました。
つまり、CAPEは株式市場の割高感を判断するためには有効ですが、銀行の健全性や金融危機の発生を直接示す指標ではありません。
現在のCAPE約40.6倍は、米国株の長期的な割高感を示しています。しかし、この数字だけを根拠に、1929年の大恐慌やリーマンショック級の金融危機が起きると判断することはできません。
3-3.金融危機の深刻さを決めるのは借金と信用市場
株価下落が金融危機へ発展するかどうかを決める重要な要素は、誰が、どれだけ借金を使って資産を保有しているかという点です。
自己資金で株式を保有している投資家は、株価が下落しても、保有を続けることができます。しかし、借入金で株式や不動産を購入している場合は、資産価格の下落によって追加の担保を求められる可能性があります。
追加資金を用意できなければ、保有資産を売却しなければなりません。多くの投資家や金融機関が同時に売却すると、価格下落がさらに進み、新たな強制売却を生みます。
1929年には、少ない自己資金で株式を購入する証拠金取引が広がっていました。株価下落による強制売却に加えて銀行取り付けが発生し、マネー供給が大幅に減少しました。当時は現在のような連邦預金保険制度もありませんでした。
リーマンショックでは、住宅ローンを組み込んだ金融商品が世界中の銀行や投資家に保有されていました。どの金融機関が、どれだけ損失を抱えているのか分からなくなったことで、金融機関同士の資金取引まで縮小しました。
ITバブルでは、株価下落による損失は大きかったものの、住宅ローンや銀行の短期資金調達を通じた連鎖は限定的でした。そのため、NASDAQが約78%下落しても、1929年や2008年のような銀行危機には発展しませんでした。
2026年の米国では、銀行の資本と流動性は全体として維持されています。住宅ローンの延滞率も、リーマンショック前と同じ状態ではありません。
一方で、ヘッジファンドの高いレバレッジ、プライベートクレジット、商業用不動産の借り換え、銀行が保有する債券の含み損には注意が必要です。これらの問題が単独で存在するだけでは金融危機とは言えませんが、景気後退や資金流出と重なると、強制売却や信用収縮を引き起こす可能性があります。
3つの暴落を比較して得られる結論は、次のとおりです。
株価の割高さは下落の大きさに影響しますが、不況の深さを決めるのは銀行、借金、信用市場です。
米国株が高いから暴落するのではなく、株価下落が借金と金融システムを通じてどこまで連鎖するかによって、通常の株価調整で終わるのか、金融危機へ発展するのかが変わります。
4.1929年の株価暴落はなぜ大恐慌へ発展したのか
1929年の大恐慌は、株価が割高だったという理由だけで起きたわけではありません。株価暴落の後に銀行取り付けが相次ぎ、銀行融資とマネー供給が縮小しました。さらにFRBの政策対応や金本位制の制約が重なり、通常の景気後退が長期的な大恐慌へ発展しました。現在の米国株と比較するには、1929年10月の暴落だけではなく、その後、1933年まで続いた銀行危機と通貨収縮を見る必要があります。
4-1.1920年代に株価と借金投資が急拡大した
1920年代のアメリカでは、自動車、ラジオ、電話、電力などの新しい産業が急速に成長しました。工場では大量生産が広がり、企業利益と生産性が向上しました。
新しい技術が生活と経済を変えるという期待から、企業の将来性に対する楽観的な見方が強まりました。株価が上昇すると、それまで株式投資に参加していなかった一般家庭にも投資が広がりました。
ここで問題となったのが、借金を利用した証拠金取引です。
当時は、株価の一部だけを自己資金で支払い、残りを証券会社などから借りて株式を購入する方法が広がっていました。投資家が支払う自己資金は、購入価格の10%程度で済む場合もありました。
例えば、1,000ドル分の株式を100ドルの自己資金と900ドルの借り入れで購入した場合、株価が10%上昇すれば、自己資金に対して大きな利益が得られます。
一方、株価が10%下落すると、自己資金に相当する100ドルが失われます。さらに下落すれば、証券会社から追加の資金や担保を求められます。資金を用意できない投資家は、保有株を売却しなければなりません。
株価が上昇している間は、借金によって投資利益を拡大できます。しかし、株価が下落すると、借金は損失と強制売却を拡大する方向に働きます。
1920年代後半には、「株価は今後も上がり続ける」という期待を前提に、多額の借り入れが株式市場へ流入しました。新しい技術や産業の成長自体は事実でしたが、その成長を先取りする形で株価と借金投資が膨らんでいったのです。
4-2.NYダウは高値から約89%下落した
NYダウは1921年8月の約63から上昇を続け、1929年9月3日に381.17でピークを付けました。
しかし、その直後から株価は不安定になり、10月下旬に大規模な売却が発生します。
1929年10月28日のブラックマンデーには、NYダウが1日で約13%下落しました。翌29日のブラックチューズデーにも約12%下落し、11月中旬までに高値からほぼ半分を失いました。
ただし、大恐慌期の株価下落は、1929年10月の数日間だけで終わったわけではありません。
株価はその後も一時的な反発を挟みながら下落を続け、1932年7月8日に41.22まで下がりました。1929年9月の高値381.17からの下落率は約89%です。
1929年の暴落は、数週間で株価が下がってすぐに回復する急落ではありませんでした。高値から安値まで約2年10か月にわたって下落が続いた長期的な弱気相場です。
NYダウが1929年の高値を終値で回復したのは、1954年11月23日でした。配当を含まない株価指数では、高値回復まで約25年かかったことになります。
ただし、株価暴落だけが大恐慌を引き起こしたわけではありません。NBERによると、アメリカの景気後退は株価暴落より前の1929年8月に始まっていました。
株価暴落は消費者と企業の心理を悪化させ、設備投資や耐久消費財の購入を減少させました。しかし、景気後退を大恐慌へ発展させた決定的な要因は、1930年以降に起きた銀行危機でした。
4-3.株価暴落後に銀行取り付けが発生した
1929年の株価暴落から約1年後の1930年秋、アメリカ各地で銀行取り付けが発生しました。
銀行取り付けとは、銀行の経営に不安を感じた預金者が、一斉に預金を現金で引き出そうとすることです。
銀行は預金のすべてを現金のまま保管しているわけではありません。預かった資金の多くを企業や家計への融資、債券などに振り向けています。そのため、多数の預金者が同時に現金を引き出そうとしても、すぐに全額を支払うことはできません。
現在のアメリカにはFDICによる連邦預金保険があります。しかし、1929年当時は連邦政府による全国的な預金保険制度が存在しませんでした。
銀行が破綻すれば預金を失う可能性があったため、ある銀行の経営不安が伝わると、実際には支払い能力がある銀行からも預金が引き出されました。預金流出に耐えられなくなった銀行は、保有資産を売却し、融資を回収し、最終的には営業を停止しました。
銀行の営業停止が増えると、預金者は現金を失い、企業は新しい融資を受けられなくなります。銀行から借りていた企業も、融資の早期返済を求められる場合があります。
企業は資金を確保するため、設備投資や生産を減らし、従業員を解雇します。失業者が増えると個人消費が減少し、企業の売上がさらに落ち込むという悪循環が生まれました。
1931年には銀行危機が国内だけでなく国際的に広がり、1933年3月には商業銀行システムが深刻な混乱に陥りました。フランクリン・ルーズベルト大統領は全国的な銀行休業を宣言し、銀行の健全性を確認してから営業を再開させました。
株価下落が投資家の損失だけで収まらず、銀行の破綻、預金の消失、融資の縮小へ広がったことで、通常の景気後退が大恐慌へ発展したのです。
4-4.FRBの政策失敗が不況を深刻化させた
FRBの政策対応も、大恐慌を深刻化させた要因の一つです。
FRBは1928年から1929年にかけて、株式市場への投機を抑えるために金融引き締めを進めました。ニューヨーク連邦準備銀行の割引率は、1929年8月に6%まで引き上げられています。
金利引き上げは投機資金を抑える一方で、企業の借り入れや設備投資にも影響を与えました。株価暴落前の1929年8月には、すでにアメリカ経済は景気後退に入っていました。
1929年10月の株価暴落直後には、ニューヨーク連邦準備銀行が国債購入や銀行への資金供給を行い、市場の混乱を抑えようとしました。そのため、FRBが暴落直後から何も対応しなかったわけではありません。
問題は、その後に各地で発生した銀行取り付けに対して、FRB全体が十分な「最後の貸し手」として機能しなかったことです。
FRB内部では、経営が悪化した銀行を救済するべきか、破綻させるべきかについて意見が分かれていました。中央銀行から直接資金を借りられない非加盟銀行も多く、銀行システム全体への支援は不十分でした。
さらに当時は、各国の通貨価値を金に結び付ける金本位制が採用されていました。アメリカから金が流出する局面では、FRBは国内景気や銀行を支えるために金利を下げるよりも、金の流出を防ぐために金利を維持または引き上げる必要がありました。
1931年秋に国際金融不安が強まると、FRBは金本位制を守るために金利を引き上げました。景気後退と銀行不安が進んでいる時期の利上げは、企業や銀行の資金調達をさらに難しくしました。
1930年秋から1933年冬にかけて、アメリカのマネー供給は約30%減少しました。銀行破綻によって預金が失われ、残った銀行も融資を減らしたため、経済全体を流れるお金が急速に減少したのです。
マネー供給の減少は、物価が継続的に下落するデフレを引き起こしました。物価や企業の売上、労働者の賃金が下がっても、借金の金額は自動的には減りません。
その結果、企業や家計が実質的に負担する借金は重くなりました。返済のために消費と投資が削られ、企業倒産や失業がさらに増える「債務デフレ」が進行しました。
NBERによると、1929年8月に始まった景気後退は1933年3月まで43か月続きました。株価暴落、銀行危機、通貨収縮、デフレ、政策対応の不足が重なったことで、アメリカ史上最も深刻な不況へ発展したのです。
4-5.現在が1929年と同じとは言えない理由
2026年の米国株には、1929年当時と同じように、新しい技術への期待や高い株価評価が見られます。
1920年代は自動車、ラジオ、電話、電力などへの期待が高まりました。現在はAI、半導体、データセンターなどへの期待が、大型テクノロジー企業の株価を押し上げています。
また、1929年9月のCAPEは約32.6倍でしたが、2026年9月は約40.6倍です。株価評価だけを比較すれば、現在の方が高い水準にあります。
しかし、金融制度は1929年当時と大きく異なります。
現在は、FDICに加盟する銀行の対象預金について、原則として預金者1人、1銀行当たり25万ドルまで保護されます。銀行に不安が生じても、預金保険の範囲内であれば、銀行破綻によって対象預金の全額を失うわけではありません。
FRBには、銀行へ一時的な資金を供給する割引窓口や、深刻な市場混乱に対応する緊急融資の仕組みがあります。2008年の世界金融危機や2020年のコロナショックでは、短期金融市場、社債市場、投資ファンドなどへ流動性を供給する制度も導入されました。
大手銀行には、自己資本と流動性に関する規制があり、深刻な景気後退や市場下落に耐えられるかを確認するストレステストも行われています。
株式市場では、S&P500が一定以上下落した場合に取引を一時停止するサーキットブレーカーが整備されています。これは暴落を完全に防ぐ制度ではありませんが、投資家が情報を確認し、売買注文を整理する時間を確保する役割があります。
このような制度があるため、現在の米国で1929年と同じ経路をたどって大恐慌が発生する可能性は、当時より低くなっています。
ただし、現代の金融システムにも新しい弱点があります。預金はオンラインで短時間に移動できるため、銀行取り付けの速度は1929年当時より速くなる可能性があります。ヘッジファンド、プライベートクレジット、マネー・マーケット・ファンドなど、銀行以外の金融機関を通じた資金の流れも大きくなっています。
したがって、預金保険やFRBの緊急融資制度があるから、金融危機が二度と起きないとは言えません。
それでも、現在の米国には1929年当時には存在しなかった預金保険、銀行規制、緊急融資、ストレステスト、市場停止措置があります。
株価評価には1929年との共通点がありますが、金融システムと政策対応の仕組みは大きく異なります。CAPEが1929年を上回っているという理由だけで、同じ大恐慌が起きると結論付けることはできません。
5.ITバブルはなぜ崩壊したのか
ITバブルは、インターネットという新しい技術への期待が株価に先行して織り込まれたことで発生しました。インターネットが世界経済を変えるという予想自体は、その後、現実になっています。しかし、すべてのIT企業が利益を生み出せたわけではなく、株価上昇を正当化できない企業も数多く存在しました。ITバブルから得られる最大の教訓は、成長する技術へ投資することと、その投資から利益を得ることは同じではないという点です。
5-1.インターネットへの期待が株価を押し上げた
1990年代、パソコンとインターネットが急速に普及しました。企業や家庭がインターネットへ接続するようになり、電子メール、ウェブサイト、オンライン広告、ネット通販など、新しいサービスが次々に登場しました。
それまで店舗や電話、紙の書類を通じて行われていた取引が、インターネット上へ移る可能性が見えてきました。投資家の間では、インターネットが通信、買い物、広告、金融、娯楽などを大きく変えるという期待が高まります。
新しい市場を獲得しようとする企業も急増しました。社名や事業内容にインターネットを連想させる言葉が含まれているだけで投資家の注目を集める企業も現れ、IT関連企業の株式公開が相次ぎました。
この時期の株式市場では、企業の現在の利益よりも、将来どれだけ利用者を増やせるかが重視されるようになります。
赤字企業であっても、利用者数やウェブサイトへのアクセス数が増えていれば、将来は大きな利益を生み出すと評価されました。売上が少なく、明確な収益モデルを持たない企業にも投資資金が集まりました。
株価が上昇すると、企業は新しい株式を発行しやすくなります。株式市場から調達した資金を広告、設備、人材へ投じることで、企業は赤字のままでも事業を拡大できました。
事業拡大によって利用者数が増えると、投資家の期待がさらに高まり、株価が上昇します。株価上昇によって新たな資金を調達し、その資金によって成長を続ける循環が生まれました。
しかし、この循環は株価上昇と新規資金の流入を前提としています。投資家が企業の将来性に疑問を持ち、新しい資金が入らなくなると、赤字企業は事業を継続できなくなります。
ITバブルでは、企業の利益によって株価が上昇したというより、株価上昇によって企業が事業を継続できる側面が強くなっていました。
5-2.米国株の評価は歴史的な水準まで上昇した
インターネットとIT企業への期待によって、NASDAQを中心に株価が急上昇しました。
株価の割高感を示すCAPEは、2000年3月に約43.2倍でした。CAPEの長期的な平均を大幅に上回り、1929年9月の約32.6倍よりも高い水準です。
NASDAQ総合指数は2000年3月10日に5,048.62で高値を付けました。しかし、企業利益が株価に追い付いていないことへの警戒が強まり、IT関連株への売りが広がります。
将来の成長期待だけで評価されていた企業ほど、株価は大きく下落しました。株価が下がると、赤字企業は株式市場から新しい資金を調達しにくくなります。
広告、人件費、通信設備などへ多額の資金を支出していた企業は、事業継続に必要な資金を確保できなくなりました。赤字企業の倒産や事業縮小が増えると、IT業界全体への期待も低下し、さらに株価が下がる悪循環が発生します。
アメリカでは1999年から2000年にかけて金融引き締めも進められました。金利上昇は企業の資金調達を難しくするだけでなく、遠い将来に期待される利益の現在価値を低下させます。
現在の利益が少なく、将来の成長期待によって評価されていたIT企業は、金利上昇の影響を特に受けやすい状態でした。
NASDAQは2002年10月9日に1,114.11まで下落しました。2000年3月の高値からの下落率は約78%です。
S&P500も2000年3月の高値から2002年10月の安値まで約49%下落しました。IT関連株だけではなく、米国株全体が長期的な弱気相場に入りました。
NASDAQが2000年3月の高値を終値で上回ったのは2015年4月です。配当を含まない指数では、高値回復まで約15年かかったことになります。
一方、S&P500は2007年にITバブル前の高値を回復しました。ただし、その直後に住宅市場と金融システムの問題が表面化し、リーマンショックによって再び大きく下落しています。
5-3.IT技術の成長予想自体は間違っていなかった
ITバブルが崩壊したからといって、インターネットに将来性がなかったわけではありません。
インターネットはその後、買い物、広告、金融、通信、旅行予約、動画配信、音楽、仕事など、社会の幅広い分野へ普及しました。現在では、インターネットを使わずに事業を行うことが難しいほど、経済と生活の基盤になっています。
1990年代に予想されていた「インターネットが世界を変える」という方向性は、長期的には正しかったと言えます。
しかし、新しい産業が成長することと、その産業に参入したすべての企業が成功することは別です。
市場が急速に成長すると、多くの企業が同じ分野へ参入します。競争が激しくなれば、売上が増えても利益率が低下する場合があります。技術的に優れたサービスでも、利用者から十分な料金を得られなければ事業は継続できません。
また、将来大きく成長する企業であっても、投資家が高すぎる株価で購入すれば、十分な投資収益を得られない可能性があります。
企業利益が10年後に大きく増えたとしても、その成長が現在の株価にすでに織り込まれていれば、株価がさらに上昇する余地は小さくなります。
ITバブルの問題は、インターネットの将来性を評価したことではありません。技術の成長速度、企業が利益を生み出すまでの時間、競争によって失敗する企業の数を十分に考慮せず、将来の成功を株価に織り込みすぎたことです。
ITバブルから得られる教訓は、次のように整理できます。
将来性のある技術が、必ずしも割安な投資先とは限りません。
優れた技術、優れた企業、優れた投資は、それぞれ分けて判断する必要があります。
5-4.現在のAI相場との共通点
現在のAI相場とITバブルには、新しい技術が経済や社会を大きく変えるという期待が株価を押し上げている共通点があります。
生成AIは、文章、画像、動画、プログラムの作成だけでなく、企業の業務効率化、医療、金融、製造、研究開発など、幅広い分野で利用され始めています。
AIの利用拡大に対応するため、大型テクノロジー企業はデータセンター、半導体、電力、通信設備などへ巨額の投資を行っています。
半導体メーカーだけでなく、クラウドサービス、データセンター、電力設備、冷却装置、通信ネットワークなど、AIを支える企業にも投資資金が集まっています。
ITバブル時も、インターネット企業だけでなく、通信回線、サーバー、ネットワーク機器などを供給する企業の株価が上昇しました。新しい技術を支えるインフラへ巨額の設備投資が行われた点は、現在のAI相場と共通しています。
もう一つの共通点は、将来の市場規模を現在の株価へ先に織り込む動きです。
AIが将来大きな市場になるとしても、設備投資に見合う売上と利益をいつ生み出せるのかは、まだ確定していません。企業がAIを導入しても、すぐに利用料金や生産性向上として回収できるとは限りません。
AI関連企業の利益が市場予想を上回り続ければ、高い株価評価を維持できる可能性があります。しかし、売上の成長が鈍化したり、設備投資の負担が利益を圧迫したりすると、将来の成長期待が修正されます。
現在のCAPE約40.6倍は、米国株全体を対象とした指標であり、AI関連企業だけの評価を示すものではありません。それでも、ITバブル時の約43.2倍に近いことは、米国株全体に高い成長期待が織り込まれていることを示しています。
ただし、CAPEがITバブルに近いという理由だけで、同じ規模の暴落が起きると断定することはできません。企業利益、金利、銀行の健全性、信用市場の状態も合わせて判断する必要があります。
5-5.現在のAI企業とITバブル企業の違い
現在のAI相場とITバブルの大きな違いは、市場をけん引している主要企業の収益力です。
ITバブル時には、売上が少なく、継続的な赤字を抱え、明確な収益モデルを持たない企業にも高い株価が付いていました。事業を続けるためには、株式市場から新しい資金を調達し続ける必要がある企業も少なくありませんでした。
これに対して、現在AI開発を主導している大型テクノロジー企業の多くは、クラウド、広告、ソフトウェア、半導体、電子商取引などの既存事業から、すでに大きな売上、利益、キャッシュフローを得ています。
そのため、株価が下落して新しい株式を発行できなくなっても、直ちに事業を継続できなくなる企業ばかりではありません。自社の利益と手元資金を使って、AI関連の研究開発や設備投資を続けられる企業もあります。
この点では、現在のAI相場は、赤字の新興企業が中心だったITバブルと同じではありません。
しかし、企業が優良であることと、現在の株価が割安であることは別です。
すでに大きな利益を出している企業でも、投資家が将来の成長を高く見積もりすぎれば、株価は実際の利益より先に上昇します。決算が増収増益であっても、市場が期待した成長率に届かなければ、株価が下落することがあります。
AI関連の設備投資には、半導体、データセンター、電力、冷却設備など多額の費用が必要です。投資額が増えても、AIサービスから得られる収入が十分に増えなければ、減価償却費や運営費が利益を圧迫します。
競争の激化によってAIサービスの価格が下がる可能性もあります。利用者が増えても、競合企業との値下げ競争によって利益率が低下すれば、現在の高い株価評価を維持できない場合があります。
現在のAI相場がITバブルと同じ結末になるとは限りません。一方で、「今回は利益を出している企業だから株価は下がらない」と考えることも危険です。
ITバブルと現在のAI相場を比較して得られる結論は、次のとおりです。
技術の将来性が正しくても、株価に将来の成長を織り込みすぎれば、優良企業でも大きく下落する可能性があります。
AIが世界経済を変える技術になるかどうかと、現在の株価でAI関連企業へ投資することが高い収益につながるかどうかは、分けて判断する必要があります。
6.リーマンショックはなぜ世界金融危機へ発展したのか
リーマンショックは、リーマン・ブラザーズという一つの証券会社が破綻したことで突然発生した危機ではありません。住宅価格の上昇、返済能力の低い人への住宅ローン、証券化、金融機関の高いレバレッジ、短期資金への依存が長年積み重なっていました。2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻は、すでに進行していた金融不安を一気に拡大させ、銀行や企業への信用供給を停止させる引き金になりました。
6-1.住宅価格の上昇と住宅ローンの拡大
アメリカでは1990年代から住宅価格が上昇し、2000年代前半にその動きが加速しました。
米国の平均住宅価格は、1998年から2006年までに2倍以上へ上昇しました。住宅所有率も1994年の約64%から2005年には約69%まで上昇しています。
住宅価格が上がり続けると、住宅を購入した人は値上がりによって資産を増やせます。返済が難しくなった場合でも、住宅を売却すればローンを返済できると考えられていました。
この「住宅価格は全国的には大きく下がらない」という前提が、住宅ローンの拡大を支えました。
銀行や住宅ローン会社は、信用力が低い人にも融資を広げました。こうした住宅ローンは、サブプライムローンと呼ばれます。
サブプライムローンの中には、当初の返済額を低く設定し、一定期間が過ぎると金利や返済額が上昇する商品もありました。住宅価格が上昇している間は、住宅を担保に借り換えたり、住宅を売却したりすることで返済を続けられます。
しかし、住宅価格が下落すれば、住宅を売ってもローンを完済できない可能性があります。借り換えも難しくなり、返済額の上昇に耐えられない人の延滞や差し押さえが増加します。
問題を金融システム全体へ広げたのが、住宅ローンの証券化です。
銀行や住宅ローン会社は、住宅ローンを実行した後、そのローンをまとめて住宅ローン担保証券、MBSとして投資家へ販売しました。
さらに、複数の住宅ローン関連商品を組み合わせ、返済順位や損失負担の異なる部分に分けたCDOなどの金融商品も作られました。
住宅ローンを証券化して売却できれば、融資した金融機関はローンが完済されるまで自社で保有する必要がありません。売却によって得た資金を使い、新しい住宅ローンを提供できます。
この仕組みによって住宅ローンの供給は増えましたが、融資した金融機関が最終的な返済リスクを負わないため、借り手の返済能力を慎重に確認する動機が弱くなりました。
住宅ローン関連商品は、アメリカ国内だけでなく、世界中の銀行、証券会社、保険会社、年金基金、投資ファンドへ販売されました。
住宅価格が上昇している間は、住宅ローンの延滞が発生しても、住宅を売却することで損失を抑えられます。しかし、住宅価格が全国的に下落すると、同じ住宅ローンを基に作られた金融商品の価値も一斉に低下しました。
どの金融機関が、どの商品を、どれだけ保有しているのか分かりにくかったため、住宅市場の問題が金融システム全体への不安に変わっていきました。
6-2.金融機関が高いレバレッジを抱えていた
リーマンショックを深刻化させたもう一つの要因が、金融機関の高いレバレッジです。
レバレッジとは、自己資本だけでなく、借り入れた資金を使って資産を保有することです。
例えば、自己資本が10億ドルの金融機関が、借り入れを利用して100億ドルの資産を保有している場合、資産が10%値下がりすると、単純計算では自己資本に相当する10億ドルが失われます。
レバレッジを高めると、資産価格が上昇している間は、少ない自己資本で大きな利益を得られます。しかし、資産価格が下落すると、損失も自己資本に対して大きくなります。
2008年以前の投資銀行や金融機関は、住宅ローン関連商品を含む大量の資産を、少ない自己資本と多額の借り入れによって保有していました。
さらに問題だったのが、長期間保有する住宅ローン関連商品を、短期間で返済期限を迎える資金によって支えていたことです。
金融機関は、レポ取引などを通じて短期資金を借り、満期の長い住宅ローン関連商品へ投資していました。短期資金を継続的に借り換えられる間は、この仕組みを維持できます。
しかし、金融機関の経営や保有資産に不安が生じると、資金の貸し手は新しい融資を拒否したり、より多くの担保を求めたりします。
金融機関は返済資金を確保するため、保有している住宅ローン関連商品やその他の資産を売却します。多くの金融機関が同時に売却すると、資産価格はさらに下落し、損失が拡大します。
資産価格の下落によって自己資本が減ると、金融機関はレバレッジを下げるために、さらに資産を売却しなければなりません。
このように、リーマンショックでは、次の悪循環が発生しました。
- 住宅価格が下落する
- 住宅ローンの延滞が増える
- 住宅ローン関連商品の価値が下がる
- 金融機関の自己資本が減少する
- 短期資金を借りにくくなる
- 金融機関が資産を売却する
- 資産価格がさらに下落する
住宅価格の下落そのものだけでなく、高いレバレッジと短期資金への依存が、損失を金融システム全体へ拡大させました。
6-3.リーマン・ブラザーズ破綻で信用市場が停止した
アメリカの住宅価格は2006年頃にピークを付け、その後、下落へ転じました。住宅ローンの延滞が増えると、住宅ローン関連商品の価格も下がり、2007年には金融市場で資金調達への不安が広がり始めました。
つまり、金融危機はリーマン・ブラザーズが破綻した2008年9月に始まったわけではありません。
2008年3月には、経営危機に陥った証券会社ベアー・スターンズが、FRBの支援を伴う形でJPモルガン・チェースに買収されました。
市場参加者は、他の大手金融機関が危機に陥った場合も、政府やFRBが支援すると考えていました。
しかし、2008年9月15日、リーマン・ブラザーズは連邦破産法の適用を申請しました。
リーマン・ブラザーズは世界中の金融機関と取引しており、債券、デリバティブ、短期資金取引などを通じて金融システムと深く結び付いていました。
破綻によって、リーマン・ブラザーズと取引していた金融機関や投資家が、どれだけの損失を受けるのか分からなくなりました。
さらに、ほかの金融機関が政府から支援を受けられるかどうかも不透明になりました。金融機関は、自分が資金を貸そうとしている相手が、次に破綻する可能性を警戒するようになります。
その結果、金融機関同士が短期間の資金を貸し借りする市場で取引が縮小しました。
翌9月16日には、保険大手AIGに対してFRBが支援を決定しました。AIGは住宅ローン関連商品の信用リスクを保証する取引を大量に行っており、破綻すれば多数の金融機関へ損失が広がる可能性がありました。
同じ時期には、短期金融商品へ投資していた一部のマネー・マーケット・ファンドでも元本割れが発生し、投資家の解約が増えました。
企業が短期資金を調達するために利用するコマーシャルペーパー市場にも不安が広がります。
企業は日常的な支払い、在庫、人件費などを賄うため、短期資金市場を利用しています。この市場が機能しなくなると、住宅や金融とは直接関係のない一般企業も資金を調達できなくなります。
リーマン・ブラザーズの破綻は、住宅市場で始まった問題を、銀行、保険会社、投資ファンド、一般企業へ一気に広げました。
金融機関が互いを信用できなくなり、短期資金の流れが止まったことで、株価下落が世界的な信用収縮へ発展したのです。
6-4.米国経済と株価への影響
S&P500は2007年10月9日に1,565.15で高値を付けました。その後、住宅市場と金融機関への不安が広がり、2009年3月9日に676.53まで下落しました。
高値から安値までの下落率は約57%です。
しかし、リーマンショックの深刻さは、株価下落率だけでは説明できません。
金融機関が融資を減らしたことで、企業は事業継続や設備投資に必要な資金を調達しにくくなりました。家計も住宅ローン、自動車ローン、クレジットなどを利用しにくくなります。
資金調達が難しくなった企業は、投資、生産、在庫、雇用を削減しました。失業者が増えると個人消費が減少し、企業の売上がさらに悪化します。
アメリカの実質GDPは、景気のピークから底まで約4.3%減少しました。第二次世界大戦後では、当時最も深い景気後退となりました。
失業率は5%未満の水準から10%まで上昇しました。金融業界や住宅関連産業だけでなく、製造、流通、サービスなど幅広い業種へ影響が広がりました。
NBERによると、米国の景気後退は2007年12月から2009年6月まで18か月続きました。
FRBは政策金利を実質的なゼロまで引き下げ、住宅ローン担保証券や米国国債を購入する量的緩和を開始しました。
アメリカ政府も、不良資産救済プログラムなどを通じて金融機関へ資本を供給しました。預金保険、金融機関への緊急融資、資本注入などが行われたため、1930年代のような銀行システム全体の崩壊は回避されました。
それでも、金融危機後の景気回復は緩やかで、失業率が危機前の水準へ戻るまでには長い時間がかかりました。
リーマンショックは、株価暴落が銀行と信用市場を通じて実体経済へ広がった代表的な金融危機です。
6-5.現在の金融システムとの違い
リーマンショック後、アメリカでは銀行規制と監督が強化されました。
大手銀行には、損失を吸収するための自己資本を以前より多く保有することが求められています。短期的な資金流出に備えるため、換金しやすい高品質の資産を保有する流動性規制も導入されました。
FRBは、大手銀行が深刻な景気後退、失業率上昇、株価下落、不動産価格下落に耐えられるかを確認するストレステストを実施しています。
住宅ローン市場も、2008年以前と同じ状態ではありません。
現在は、返済能力、所得、信用履歴などを確認する融資審査が当時より厳格になっています。住宅ローンの多くは長期固定金利であり、金利が上昇しても、すでに契約している借り手の返済額が直ちに増えるわけではありません。
住宅価格の上昇によって、住宅の時価がローン残高を上回る家計も多く、住宅を売却してもローンを返済できなかったリーマンショック時とは状況が異なります。
2026年5月のFRB金融安定報告では、米国の銀行部門は全体として健全で回復力があると評価されています。銀行の規制上の自己資本も歴史的に高い水準に近いとされています。
2026年第2四半期のFDIC統計でも、銀行業界は強い資本と流動性を維持していると評価されました。問題銀行は47行で、銀行全体の1.1%です。FDICによると、これは金融危機ではない通常期の範囲内です。
住宅ローンの延滞率も、全体としては低い水準にあります。
こうした点を比較すると、現在の銀行と住宅ローン市場は、リーマンショック前よりも危機への耐久力が高まっています。
したがって、米国株の株価評価が高いという理由だけで、2008年と同じ金融危機が起きると判断することはできません。
6-6.現在も残る金融システムの弱点
銀行の安全性が高まった一方で、金融リスクが消えたわけではありません。規制が強化された銀行の外側に、資金調達や融資の役割が移っている点には注意が必要です。
一つ目のリスクが、プライベートクレジットです。
プライベートクレジットは、銀行を通さず、投資ファンドなどが企業へ直接融資する市場です。銀行から融資を受けにくい企業にも資金を供給できる一方、融資内容や評価方法が外部から見えにくい場合があります。
変動金利で借り入れている企業は、金利上昇によって利払い負担が増えます。景気が悪化して企業利益が減少すると、返済能力が急速に低下する可能性があります。
二つ目が、ヘッジファンドのレバレッジです。
FRBは2026年5月時点で、ヘッジファンドのレバレッジが過去最高に近い水準にあり、一部の大手ファンドへ集中していると指摘しています。
ヘッジファンドは、米国国債、金利デリバティブ、株式など幅広い市場で取引しています。相場が急変して追加担保を求められると、複数の市場で同時に資産を売却する可能性があります。
三つ目が、商業用不動産です。
オフィス需要の変化や金利上昇によって、一部の商業用不動産は価格と収益性が低下しています。低金利時に借りた資金を高い金利で借り換える必要があるため、今後も返済や借り換えが難しくなる物件が出る可能性があります。
四つ目が、銀行が保有する債券の含み損です。
金利が上昇すると、過去に低い金利で発行された債券の市場価格は下落します。2026年第2四半期末、米国の銀行が保有する証券の含み損は約3,267億ドルでした。
銀行が債券を満期まで保有できれば、含み損が直ちに確定するわけではありません。しかし、預金流出によって現金が必要になり、債券を売却すれば、含み損が実際の損失になります。
五つ目が、非銀行金融機関からの資金流出です。
一部の非上場BDCでは、保有資産の質への懸念から解約請求が増加し、解約額に制限を設ける動きも確認されています。
換金しにくい融資や不動産を保有しながら、投資家に定期的な解約を認めているファンドでは、多数の投資家が同時に資金を引き出そうとすると、保有資産を急いで売却しなければならない可能性があります。
現在の金融システムは、2008年当時より銀行を中心に強化されています。しかし、リスクの一部はプライベートクレジット、ヘッジファンド、非上場ファンドなど、銀行以外の金融機関へ移っています。
現在とリーマンショック前を比較した結論は、次のとおりです。
銀行と住宅ローン市場は2008年以前より健全ですが、金融リスクは銀行の外側にも広がっています。
現在の米国で金融危機が起きるとすれば、2008年と全く同じ住宅ローン問題ではなく、プライベートクレジット、ヘッジファンド、商業用不動産、非銀行金融機関の資金流出が組み合わさる形になる可能性があります。
7.2026年の米国株はどこまで危険なのか
2026年9月の米国株には、歴史的に高い株価評価、5%前後の長期金利、FRBの目標を上回るインフレという危険材料があります。一方、米国経済はプラス成長を維持し、失業率の急上昇、銀行危機、信用市場の機能不全は確認されていません。現在の米国株は、安全とは言えないものの、すでに金融危機へ入った状態でもありません。株価、金利、景気、雇用、銀行を分けて確認する必要があります。
7-1.CAPEはITバブルに近い水準
2026年9月1日時点のCAPEは約40.6倍です。これは1929年の株価暴落前を上回り、ITバブル末期に近い水準です。
CAPEは「Cyclically Adjusted Price Earnings Ratio」の略で、日本語では「景気循環調整後PER」と呼ばれます。ノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授らによって広く知られるようになったため、「シラーPER」と呼ばれることもあります。
一般的なPERとCAPEは、どちらも株価が企業利益の何倍まで買われているかを示します。ただし、計算に使用する利益が異なります。
通常のPERは、現在の1株利益や今後12か月の予想利益を使って計算します。
PER=株価÷1株利益
これに対してCAPEは、過去10年間の1株利益を物価変動の影響を除いた実質値へ調整し、その平均を使って計算します。
CAPE=現在の株価÷過去10年間の実質1株利益の平均
通常のPERとCAPEの違いを整理すると、次のようになります。
| 比較項目 | 通常のPER | CAPE |
|---|---|---|
| 使用する利益 | 現在または今後1年間の利益 | 過去10年間の実質利益の平均 |
| 物価調整 | 通常は行わない | 消費者物価指数などで調整 |
| 景気変動の影響 | 受けやすい | 受けにくい |
| 主な用途 | 現在の株価評価 | 長期的な株価評価 |
| 短期的な暴落予測 | できない | できない |
企業利益は景気によって大きく変動します。
景気が好調なときは企業利益が増えるため、株価が高くても通常のPERは低く見える場合があります。反対に、不況や一時的な損失によって企業利益が減ると、株価が下がっていてもPERが高く見えることがあります。
CAPEは過去10年間の実質利益を平均することで、好景気や不況による一時的な利益変動をならします。そのため、米国株全体が長期的な企業利益に対して、どの程度まで買われているかを確認するのに適しています。
CAPEが40.6倍ということは、現在の株価が、過去10年間の実質利益の平均に対して約40.6倍まで買われていることを意味します。
ただし、「投資資金を回収するまで40.6年かかる」という意味ではありません。将来の利益成長、配当、自社株買い、金利などが考慮されていないためです。
CAPEの逆数を計算すると、景気循環調整後の利益利回りを確認できます。
1÷40.6=約2.46%
これは、過去10年間の平均実質利益に対し、現在の株価が生み出している利益の割合を単純計算したものです。
2026年9月18日の米10年国債利回りは5.01%でした。単純に比較すると、米国債の利回りがCAPEから計算した利益利回りを上回っています。
ただし、株式の利益は将来増加する可能性があり、国債利回りとCAPEの逆数をそのまま比較することはできません。CAPEの逆数は配当利回りや今後の期待収益率でもありません。
それでも、価格変動の小さい米国債から5%前後の利回りを得られる中で、米国株が40倍を超えるCAPEで取引されていることは、株価にかなり高い成長期待が織り込まれていることを示します。
過去の主な株価暴落前と比較すると、CAPEは次の水準でした。
| 時期 | CAPE | その後の主な動き |
|---|---|---|
| 1929年9月 | 約32.6倍 | NYダウが高値から約89%下落 |
| 2000年3月 | 約43.2倍 | NASDAQが高値から約78%下落 |
| 2007年10月 | 約27.3倍 | S&P500が高値から約57%下落 |
| 2022年1月 | 約36.9倍 | S&P500が高値から約25%下落 |
| 2026年9月 | 約40.6倍 | 現在進行中 |
2026年9月のCAPEは、1929年9月の約32.6倍や2022年1月の約36.9倍を上回り、ITバブル時の約43.2倍に近い水準です。
長期的に見ると、CAPEが高い水準で投資した場合、その後10年程度の実質収益率は低くなる傾向があります。現在の株価が将来の企業利益を先に織り込んでいるため、実際に利益が増加しても、株価が同じ割合で上昇するとは限らないからです。
しかし、CAPEには重要な限界があります。
一つ目は、短期的な株価の方向や暴落時期を予測できないことです。
CAPEが歴史的に高くても、企業利益と投資家の期待が拡大すれば、株価はさらに上昇する可能性があります。ITバブルでも、CAPEが過去の水準を大きく上回ってから、実際に株価がピークを付けるまで上昇が続きました。
二つ目は、過去10年間の利益を使うため、現在の企業収益の変化が反映されるまで時間がかかることです。
過去10年間に不況や一時的な利益減少が含まれていると、平均利益が押し下げられ、CAPEが高く計算される場合があります。反対に、過去10年間の企業利益が非常に好調だった場合は、現在の割高感が小さく見える可能性もあります。
三つ目は、産業構造や会計制度の変化です。
現在のS&P500では、利益率の高いテクノロジー企業の比重が過去より大きくなっています。自社株買い、無形資産、研究開発費の会計処理なども、過去の企業と単純に比較できない要因です。
四つ目は、CAPEだけでは金融危機を予測できないことです。
ITバブル前のCAPEは約43.2倍でしたが、銀行システム全体の崩壊には発展しませんでした。一方、リーマンショック前のCAPEは約27.3倍とITバブル時より低かったものの、住宅ローンと金融機関の高いレバレッジによって世界金融危機へ発展しました。
CAPEが示すのは株価の割高感であり、銀行の健全性、企業の借金、信用市場の状態ではありません。
そのため、CAPEは次のように使用する必要があります。
- 短期的な売買時期を決める指標にはしない
- 米国株の長期的な期待収益率を考える材料にする
- 通常のPERや企業利益の成長率と合わせて確認する
- 金利、銀行、信用スプレッド、景気指標も同時に見る
FRBの2026年5月金融安定報告では、S&P500の今後12か月の予想利益を基にした予想PERは、4月時点で約20.8倍でした。1990年以降の中央値は16倍です。
CAPEだけでなく、将来の予想利益を使ったPERも過去の中央値を上回っています。このため、2026年の米国株が割高に見えるのは、CAPEだけの問題ではありません。
現在のCAPEから分かるのは、米国株が直ちに暴落するということではありません。
2026年の米国株は、長期的な平均利益に対して高い価格で取引されており、企業利益の下方修正や金利上昇が起きたときに、株価が大きく調整しやすい状態にあるということです。
CAPEは暴落を知らせる警報ではなく、現在の米国株にどれだけ楽観的な将来が織り込まれているかを測る指標として使う必要があります。
7-2.米国の長期金利が株価の重荷になっている
2026年9月18日の米10年国債利回りは5.01%でした。米2年国債利回りも4.76%で、米国債から比較的高い利回りを得られる状態です。
国債は、米ドル建て資産の中では信用リスクが低い資産とされています。国債利回りが低いときは、投資家が十分な収益を得るために株式を保有する必要性が高まります。
一方、国債利回りが5%前後まで上昇すると、価格変動の大きい株式を保有しなくても、国債から一定の利回りを得られます。投資家は株式に対して、国債よりも高い期待収益率を求めるようになります。
企業の将来利益から株価の理論価値を計算するときも、金利は重要です。金利が上昇すると、将来得られる利益を現在の価値へ換算した金額は小さくなります。
この影響を受けやすいのが、現在の利益より、数年後の成長期待によって評価されている高PER企業です。
例えば、成熟企業は現在の利益や配当を基準に評価される割合が高くなります。一方、AIや新しい技術へ投資している成長企業は、将来大きな利益を得ることを前提に高い株価が付いています。
金利が上昇すると、遠い将来の利益ほど現在価値が下がります。そのため、企業の売上や利益が増えていても、PERが低下することで株価が下がる可能性があります。
長期金利の上昇は、企業の事業にも影響します。
社債や銀行融資の金利が上がれば、企業の利払い負担が増えます。設備投資や企業買収の採算も悪化し、企業が投資を延期する可能性があります。
住宅ローン、自動車ローン、クレジットカードなどの金利上昇は、家計の支出も抑えます。個人消費が減れば、企業の売上と利益にも影響します。
つまり、高金利は株価評価を引き下げるだけでなく、時間差を伴って企業利益や個人消費を弱める可能性があります。
2026年9月の米国株は、CAPEが40倍を超える高い株価評価と、5%前後の長期金利が同時に存在しています。この組み合わせは、低金利だったITバブル後半や2020年直後とは異なる厳しい条件です。
7-3.インフレがFRBの目標を上回っている
FRBは、個人消費支出価格指数であるPCE物価指数を、金融政策を判断する重要な指標として使用しています。
2026年7月のPCE物価指数は、前年同月比で3.7%上昇しました。価格変動の大きい食品とエネルギーを除いたコアPCE物価指数も、前年同月比で3.3%上昇しています。
どちらも、FRBが長期的な目標としている2%を上回っています。
インフレが高い状態では、FRBは景気や株価を支えるために簡単に利下げできません。早い段階で利下げを行えば、個人消費や投資が再び増加し、インフレがさらに上昇する可能性があるためです。
FRBは2026年9月16日、政策金利を0.25%引き上げ、誘導目標を3.75~4.00%としました。
通常、景気が減速して株価が下落すると、FRBは利下げによって金融環境を緩和できます。しかし、インフレが目標を大幅に上回っている局面では、株価や景気が弱くても、金融引き締めを続けなければならない可能性があります。
これは、1970年代のようなスタグフレーションへ直ちに進むという意味ではありません。
2026年8月の失業率は4.1%で、米国経済もプラス成長を維持しています。現在は、高い失業率と高いインフレが同時に続いている状態ではありません。
ただし、原油価格の上昇、地政学的な緊張、関税や供給網の混乱などによってインフレが長引けば、FRBが利下げへ転じる時期も遅れます。
米国株にとって重要なのは、インフレ率そのものだけではありません。インフレによってFRBの政策選択が制限されることです。
インフレが低下すれば、景気悪化時にFRBが利下げできる余地が生まれます。反対に、インフレが高止まりすれば、高い金利が企業利益と株価評価の両方を圧迫する可能性があります。
7-4.米国経済と雇用はまだ崩れていない
株価評価と金利には警戒が必要ですが、2026年9月時点の実体経済は、深刻な景気後退を示していません。
2026年4~6月期の米国実質GDPは、前期比年率1.5%増加しました。1~3月期の2.1%からは減速していますが、経済全体はプラス成長を維持しています。
個人消費、輸出、設備投資などが成長に寄与し、政府支出の減少などを補いました。
雇用も、現時点では大きく崩れていません。
2026年8月の失業率は4.1%でした。6月の4.2%、7月の4.1%から大きく上昇しておらず、景気後退初期に見られるような急激な悪化は確認できません。
8月の非農業部門雇用者数も、前月から16万2,000人増加しました。雇用の伸びには月ごとの変動がありますが、労働者数が大幅に減少している状態ではありません。
景気後退を確認する指標の一つに、サームルールがあります。
サームルールは、直近3か月の失業率平均が、過去12か月の最低値から0.5ポイント以上上昇すると、景気後退の始まりを示す可能性が高いとする指標です。
2026年8月のリアルタイム・サームルールはマイナス0.07ポイントで、景気後退を示す0.5ポイントの基準を下回っています。
ただし、サームルールは将来の景気後退を何か月も前に予測する指標ではありません。雇用悪化が実際に始まったことを早い段階で確認するための指標です。
現在のGDPと雇用からは、米国経済がすでに景気後退へ入っているとは判断できません。
一方、GDP成長率は1~3月期から鈍化しています。高金利の影響は時間差で表れるため、今後も雇用者数、失業率、個人消費、企業利益を確認する必要があります。
株式市場は実体経済より先に動く場合があります。そのため、景気後退が公式に確認される前に株価が下落し始める可能性がある点には注意が必要です。
7-5.銀行と信用市場は金融危機を示していない
リーマンショックのような金融危機が迫っているかを判断するには、銀行と信用市場の状態を確認する必要があります。
2026年第2四半期のFDIC統計によると、米国の銀行業界は全体として強い資本と流動性を維持しています。
銀行業界の四半期純利益は901億ドルで、前期から増加しました。問題銀行リストに掲載された銀行は47行で、銀行全体の1.1%です。
FDICによると、問題銀行の割合が1~2%であることは、金融危機ではない通常期の範囲内です。
銀行の融資についても、延滞や未収利息となった融資の割合は2026年第2四半期に1.44%へ低下しました。銀行全体で貸し倒れが急増している状態ではありません。
ただし、銀行が保有する債券の含み損は約3,267億ドル残っています。
金利が上昇すると、過去に低い金利で発行された債券の市場価格は下落します。銀行が債券を満期まで保有できれば、含み損が直ちに確定するわけではありません。
しかし、大規模な預金流出が発生し、現金を確保するために債券を売却すれば、含み損が実際の損失へ変わる可能性があります。
信用市場でも、現時点では金融危機を示す急激な悪化は確認できません。
2026年9月18日の米国ハイイールド債スプレッドは2.68%でした。これは、信用力の低い企業が米国国債よりどれだけ高い金利を支払う必要があるかを示す指標です。
金融不安が強まると、投資家は信用力の低い企業への融資や投資を避けます。その結果、ハイイールド債スプレッドは急速に拡大します。
現在の2.68%という水準は、企業が社債市場から資金を調達できなくなっている状態ではありません。
シカゴ連銀の全米金融環境指数も、2026年9月11日時点でマイナス0.56でした。この指数は、ゼロを上回るほど金融環境が過去の平均より引き締まり、ゼロを下回るほど平均より緩和的であることを示します。
現在の数値からは、高金利であっても、金融市場全体の資金調達環境が極端に引き締まっているとは言えません。
ただし、信用スプレッドが低いことは、将来も安全であることを保証しません。投資家がリスクを楽観視している場合にも、信用スプレッドは低くなります。
金融危機では、市場参加者の見方が変わると、信用スプレッドや資金調達環境が短期間で悪化することがあります。
2026年9月時点の米国株を整理すると、次のようになります。
| 確認項目 | 現在の状態 | 判断 |
|---|---|---|
| 株価評価 | CAPE約40.6倍 | 危険水準 |
| 長期金利 | 米10年国債利回り5%前後 | 株価の重荷 |
| インフレ | PCE・コアPCEともに2%を上回る | 警戒が必要 |
| GDP | プラス成長 | 景気後退は未確認 |
| 雇用 | 失業率4.1%、雇用者数増加 | 現時点では安定 |
| 銀行 | 資本・流動性は全体として強い | 金融危機は未確認 |
| 信用市場 | ハイイールド債スプレッドは低い | 資金調達は機能 |
| 非銀行金融 | ヘッジファンドやプライベートクレジット | 継続監視が必要 |
現在の米国株には、割高な株価、高金利、インフレという明確な危険材料があります。そのため、株価調整や弱気相場への警戒は必要です。
一方、GDP、雇用、銀行、信用市場は、1929年の大恐慌や2008年のリーマンショックと同じ状態ではありません。
2026年9月の米国株は、株価下落への耐性が低下している状態ではありますが、金融危機がすでに始まっている状態ではないというのが、現時点での結論です。
8.現在の米国株は過去のどの暴落に近いのか
2026年の米国株には、1929年大恐慌、ITバブル、リーマンショックと共通する部分があります。しかし、株価評価、金融機関の健全性、家計の借金、政策対応の仕組みはそれぞれ異なります。特定の時代と完全に同じ状態ではありません。現在に最も近いのは、ITバブル型の高い株価評価に、2022年のような金利上昇とインフレの問題が加わった状態です。
8-1.株価評価はITバブルに最も近い
1929年大恐慌、ITバブル、リーマンショックの3つを比較すると、現在の米国株は、株価評価の面ではITバブルに最も近い状態です。
2026年9月1日時点のCAPEは約40.6倍でした。これは1929年9月の約32.6倍、リーマンショック前の2007年10月の約27.3倍を上回り、ITバブル末期だった2000年3月の約43.2倍に近い水準です。
| 時期 | CAPE |
|---|---|
| 1929年9月 | 約32.6倍 |
| 2000年3月 | 約43.2倍 |
| 2007年10月 | 約27.3倍 |
| 2026年9月 | 約40.6倍 |
CAPEだけでなく、現在の米国株では、一部の大型テクノロジー企業が株価指数に大きな影響を与えています。
S&P500は約500社で構成されていますが、時価総額の大きい企業ほど指数への影響が大きくなります。そのため、AI、半導体、クラウドなどに関係する大型テクノロジー企業が上昇すると、ほかの多くの企業の株価が上昇していなくても、S&P500全体は上昇できます。
これは、IT・通信関連株へ投資資金が集中したITバブルと共通する部分です。
新しい技術への期待という点でも共通しています。
ITバブルでは、インターネットが買い物、通信、広告、金融などを変えると期待されました。現在は、AIが事務作業、製造、医療、金融、研究開発などを変えると期待されています。
さらに、ITバブル時には通信回線、サーバー、ネットワーク機器へ巨額の設備投資が行われました。現在も半導体、データセンター、電力設備、冷却設備など、AIを支えるインフラへ巨額の資金が投入されています。
新しい技術の普及を見込み、将来得られる利益を現在の株価へ先に織り込んでいる点は、ITバブルと現在のAI相場に共通しています。
一方、現在の主要AI関連企業とITバブル期の企業には違いもあります。
ITバブル期には、売上が少なく、赤字で、明確な収益モデルを持たない新興企業にも高い株価が付いていました。株式市場から新しい資金を調達できなくなると、事業を継続できない企業も少なくありませんでした。
現在の大型テクノロジー企業の多くは、広告、クラウド、半導体、ソフトウェア、電子商取引などから、すでに大きな売上、利益、キャッシュフローを得ています。
このため、現在のAI相場をITバブルと完全に同じと考えることはできません。
ただし、企業が利益を出しているから株価が下がらないわけではありません。
現在の株価が将来の高成長を前提としている場合、企業利益が増えていても、市場予想に届かなければ株価評価が引き下げられます。AIへの設備投資に対して十分な収益が得られなければ、利益予想とPERが同時に低下する可能性もあります。
現在とITバブルの最大の共通点は、技術が本物かどうかではありません。
新しい技術が生み出す将来の利益を、現在の株価へどこまで織り込んでよいのかという問題です。
8-2.金融システムはリーマンショック前とは異なる
株価評価ではITバブルに近い一方、銀行と信用市場は、現時点ではリーマンショック前と同じ状態ではありません。
リーマンショック前は、住宅価格の上昇を前提に住宅ローンが拡大していました。返済能力の低い借り手にも融資が行われ、住宅ローンを組み込んだ証券が世界中の金融機関へ販売されていました。
銀行や証券会社は、高いレバレッジと短期資金を使って住宅ローン関連商品を保有していました。そのため、住宅価格の下落によって金融商品の価値が下がると、金融機関の自己資本と資金調達の両方に問題が発生しました。
現在の住宅ローン市場は、2008年以前とは異なります。
住宅ローンの融資審査は当時より厳格になり、借り手の所得、信用履歴、返済能力が確認されています。米国の住宅ローンは長期固定金利が中心であるため、市場金利が上昇しても、既存の借り手の返済額が直ちに増えるわけではありません。
住宅価格の上昇によって、住宅の時価がローン残高を上回る家計も多く、住宅ローンの延滞率は全体として低い水準にあります。
銀行の自己資本と流動性も、リーマンショック前より強化されています。
2026年5月のFRB金融安定報告では、米国の銀行部門は全体として健全で回復力があり、規制上の自己資本は歴史的に高い水準に近いと評価されています。
2026年第2四半期のFDIC統計でも、銀行業界は強い資本と流動性を維持しているとされています。問題銀行は47行で、銀行全体の1.1%です。これはFDICが通常期の範囲としている1~2%に収まっています。
信用市場にも、現時点で金融危機を示す急激な悪化は見られません。
2026年9月18日の米国ハイイールド債スプレッドは2.68%でした。信用力の低い企業が社債を発行できなくなるような水準ではなく、企業への信用供給は維持されています。
銀行の預金流出も、金融システム全体を揺るがす規模では確認されていません。FRBによると、銀行の無保険預金への依存度は、2022年から2023年初めのピークを下回っています。
ただし、現在の金融システムに問題がないという意味ではありません。
銀行が保有する債券の含み損、商業用不動産の借り換え、プライベートクレジット、ヘッジファンドの高いレバレッジなど、別の場所にリスクが存在しています。
現在は2008年と同じ住宅ローン危機ではありませんが、景気後退や資金流出が起きれば、銀行以外の金融機関から問題が広がる可能性があります。
現時点では2008年型の金融危機ではないものの、非銀行金融のリスクを含めて継続的に確認する必要があります。
8-3.1929年のような銀行システム崩壊も起きていない
現在の米国では、1929年の株価暴落後に発生したような銀行システム全体の崩壊も起きていません。
1929年当時は、全国的な連邦預金保険制度がありませんでした。銀行の経営に不安が広がると、預金者は預金を失う前に現金を引き出そうとしました。
多数の預金者が同時に銀行へ殺到すると、支払い能力のある銀行でも手元の現金が不足します。銀行は融資を回収し、保有資産を売却し、それでも預金の払い戻しに対応できなければ営業を停止しました。
銀行の営業停止によって預金が失われ、企業への融資も減少しました。1930年秋から1933年冬にかけてマネー供給が約30%減少し、デフレと失業が深刻化しました。
現在は、FDICに加盟する銀行の対象預金について、原則として預金者1人、1銀行当たり25万ドルまで保護されます。
FRBには、銀行へ一時的な資金を供給する割引窓口や、深刻な市場混乱に対応する緊急融資の仕組みがあります。
大手銀行には自己資本規制と流動性規制があり、深刻な景気後退や資産価格下落に耐えられるかを確認するストレステストも行われています。
アメリカは金本位制ではないため、FRBは金の流出を防ぐために、景気後退中でも金融引き締めを続けなければならない状況ではありません。
株式市場には、急激な下落が起きた場合に取引を一時停止するサーキットブレーカーもあります。
これらの制度によって、銀行不安が発生しても、1929年当時より早く流動性と信用を支えられるようになっています。
一方で、現代には新しい危険もあります。
インターネットバンキングによって、預金者は短時間で多額の資金を別の銀行へ移せます。情報がSNSなどを通じて急速に広がるため、銀行取り付けが始まった場合の速度は1929年当時より速くなる可能性があります。
また、ヘッジファンド、プライベートクレジット、マネー・マーケット・ファンドなど、FDICの預金保険の対象ではない金融機関が、企業や市場への資金供給で大きな役割を持っています。
現在の金融制度は1929年より強化されていますが、金融危機が完全に防げるわけではありません。
それでも、預金保険、FRBの緊急融資、銀行規制、ストレステストが機能している現在を、1929年の銀行システムと同じ状態と考えることはできません。
8-4.現在は「ITバブルと金利ショックの複合型」
現在の米国株は、1929年大恐慌、ITバブル、リーマンショックのどれか一つと完全に一致する状態ではありません。
株価評価と新技術への期待という点では、ITバブルに最も近い状態です。
一方、銀行の資本、住宅ローンの審査、信用市場、預金保険などを見ると、リーマンショック前や1929年当時とは異なります。
現在特有の問題は、ITバブルに近い高い株価評価へ、高金利とインフレが重なっていることです。
2026年9月1日時点のCAPEは約40.6倍です。企業の過去10年間の実質平均利益に対して、米国株が高い価格で取引されています。
同時に、2026年9月18日の米10年国債利回りは5.01%でした。投資家は価格変動の大きい株式を保有しなくても、米国債から5%前後の利回りを得られます。
2026年7月のPCE物価指数は前年同月比3.7%、コアPCE物価指数は3.3%上昇し、FRBの2%目標を上回っています。
FRBは9月16日に政策金利を0.25%引き上げ、3.75~4.00%としました。
株価が割高なときに金利が上昇すると、企業利益が減少しなくても、PERが低下することで株価が下がる可能性があります。
さらに、インフレが高止まりしていると、株価や景気が弱くなっても、FRBがすぐに利下げできない場合があります。
この点は、ITバブルだけでなく、インフレと急速な利上げによって米国株が下落した2022年とも共通しています。
現在の米国株を過去と比較すると、次のように整理できます。
| 比較対象 | 現在との主な共通点 | 現在との主な違い |
|---|---|---|
| 1929年大恐慌 | 高い株価評価、新技術への期待 | 預金保険、緊急融資、銀行規制が存在 |
| ITバブル | 高いCAPE、テクノロジー株への集中、将来期待 | 現在の主要企業はすでに大きな利益を持つ |
| リーマンショック | 一部にレバレッジと不動産リスク | 銀行資本、住宅ローン、信用市場は当時より健全 |
| 2022年 | インフレ、高金利、成長株への逆風 | 現在はCAPEがさらに高い水準 |
以上を踏まえると、現在の米国株は次のように表現できます。
現在の米国株は、1929年大恐慌やリーマンショックよりも、ITバブル型の株価評価に、高金利とインフレの問題が加わった状態に近いと考えられます。
そのため、現時点で最も警戒すべきなのは、銀行システムの崩壊よりも、AI関連企業の成長期待や企業利益が修正され、高PERの大型テクノロジー株を中心に株価評価が引き下げられることです。
ただし、その下落がプライベートクレジット、ヘッジファンド、商業用不動産などの問題と重なれば、株価調整が信用不安へ発展する可能性があります。
現在は金融危機ではありません。しかし、株価評価が高く、FRBがインフレ対応を優先しなければならないため、株価下落が始まった場合に政策で支えにくい市場環境であることには注意が必要です。
9.米国株が本当に暴落する4つのシナリオ
米国株が今後どの程度下落するかは、株価の割高さだけでは決まりません。企業利益の変化、景気後退の有無、信用市場、銀行の健全性、FRBの政策対応によって下落の深さは変わります。ここでは、株価評価だけが修正されるケースから、金融システムの危機へ発展するケースまで、4段階に分けて考えます。下落率はS&P500など米国株全体を想定した目安であり、将来の値動きを予測したものではありません。
9-1.株価評価だけが修正されるケース
最初のシナリオは、米国経済と企業利益は成長を続けるものの、株価が割高だったためにPERだけが低下するケースです。
想定する下落幅は、米国株全体で10~15%程度です。
このケースでは、企業の売上や利益が大きく減少するわけではありません。失業率も急上昇せず、銀行や信用市場も正常に機能しています。
それでも、長期金利の上昇や投資家心理の変化によって、同じ企業利益に対して投資家が支払ってもよいと考える株価が下がることがあります。
例えば、1株利益が10ドルの企業がPER25倍で評価されている場合、株価は250ドルです。
企業利益が10ドルのままでも、適正なPERが22倍へ引き下げられれば、株価は220ドルになります。企業利益が減っていなくても、株価は12%下落します。
2026年の米国株は、CAPEが約40.6倍、S&P500の予想PERも過去の中央値を上回っています。現在の高い株価を維持するには、企業利益が市場の期待どおりに増え続ける必要があります。
米10年国債利回りが5%前後にある状況では、投資家は株式を保有しなくても、米国債から一定の利回りを得られます。そのため、投資家が株式に求める期待収益率も高くなり、PERが低下しやすくなります。
このシナリオでは、次のような動きが考えられます。
- S&P500が高値から10~15%下落する
- 高PERの成長株が市場平均より大きく下落する
- 企業利益の予想は大きく変わらない
- 失業率は低い水準を維持する
- 信用スプレッドは大幅に拡大しない
- 銀行の融資機能は維持される
10~15%程度の下落は、一般的には金融危機ではなく株価調整です。
企業利益の成長が続き、長期金利が安定すれば、株価は時間をかけて回復する可能性があります。現在の経済、雇用、銀行、信用市場の状態に最も近いのは、このシナリオです。
9-2.AI期待が修正されるケース
二つ目は、AI関連企業の成長期待が修正され、大型テクノロジー株を中心に下落するケースです。
想定する下落幅は、米国株全体で20~35%程度です。AI関連株や高PERの成長株では、それ以上の下落が起きる可能性があります。
現在、大型テクノロジー企業は、AI向け半導体、データセンター、電力設備、冷却設備、通信ネットワークなどへ巨額の投資を行っています。
これらの投資が将来の売上と利益につながれば、現在の高い株価評価を維持できる可能性があります。
しかし、AIサービスの利用者が増えても、設備投資に見合う料金を得られなければ、十分な利益は残りません。
競争によってAIサービスの利用料金が下がる可能性もあります。データセンターや半導体への投資額が増えると、減価償却費、電力費、人件費なども増加します。
AI関連の売上が増えていても、設備投資と運営費の増加が上回れば、利益やフリーキャッシュフローが市場予想に届かない可能性があります。
企業が赤字になる必要はありません。増収増益を維持していても、市場が期待していたほど成長できなければ、株価は下落します。
例えば、市場が年間30%の利益成長を期待していた企業が、実際には15%しか成長できないと分かった場合、利益予想とPERの両方が引き下げられる可能性があります。
現在のS&P500は、時価総額の大きい大型テクノロジー企業の影響を強く受けます。そのため、少数の大型企業が大きく下落すると、その他の企業が安定していても、株価指数全体が下がります。
このシナリオでは、次のような動きが考えられます。
- AI関連企業の利益予想が下方修正される
- 設備投資は増える一方、フリーキャッシュフローが減少する
- 大型テクノロジー株のPERが大幅に低下する
- NASDAQ100やFANG+がS&P500以上に下落する
- 株価指数の上昇を支えていた少数企業が下落する
- 景気後退がなくても弱気相場へ入る
このケースは、ITバブル崩壊と一部共通します。
ただし、現在の主要AI関連企業は、すでに大きな売上、利益、キャッシュフローを持っています。そのため、赤字の新興企業が次々に倒産したITバブルと完全に同じ展開になるとは限りません。
それでも、優良企業であっても、購入価格が高すぎれば大きく下落します。
このシナリオで確認するべきなのは、AI技術の利用者数だけではありません。AI関連の売上、設備投資額、利益率、フリーキャッシュフローがどのように変化しているかです。
現在の高いCAPE、テクノロジー株への集中、AIへの成長期待を考えると、現時点で特に警戒が必要なのが、このシナリオです。
9-3.景気後退と信用不安が重なるケース
三つ目は、高金利の影響によって米国経済が景気後退へ入り、企業利益の減少と信用不安が同時に進むケースです。
想定する下落幅は、米国株全体で35~55%程度です。
このケースでは、問題が株価評価の修正だけにとどまりません。
高金利によって住宅、自動車、設備投資などの需要が減少すると、企業の売上と利益が悪化します。企業が採用や設備投資を減らし、従業員の解雇を始めると、失業率が上昇します。
失業者が増えると個人消費が減少し、住宅ローン、自動車ローン、クレジットカードなどの延滞も増えます。
企業の売上が減る一方で、借入金の利払い負担が高止まりすると、信用力の低い企業を中心に倒産が増加します。
投資家が企業の返済能力を警戒すると、ハイイールド債の価格が下落し、米国国債との利回り差である信用スプレッドが拡大します。
社債金利が上昇すると、企業は新しい社債を発行しにくくなります。変動金利で資金を借りている企業は、金利上昇と利益減少の両方に直面します。
プライベートクレジットでも、融資先企業の返済遅延や債務不履行が増える可能性があります。
商業用不動産では、物件収入の減少と借り換え金利の上昇が重なることで、ローンを返済できない物件が増える可能性があります。
銀行やファンドが損失を警戒して融資基準を厳しくすると、信用力のある企業でも資金を調達しにくくなります。
このシナリオでは、次のような悪循環が発生します。
- 高金利によって需要が減少する
- 企業の売上と利益が悪化する
- 雇用削減によって失業率が上昇する
- 個人消費と住宅需要が減少する
- 企業倒産とローン延滞が増加する
- 信用スプレッドが拡大する
- 銀行やファンドが融資を減らす
- 景気と株価がさらに悪化する
このシナリオへ近づいているかを確認するためには、次の指標が重要です。
- 失業率が継続的に上昇しているか
- サームルールが0.5ポイント以上へ上昇したか
- ハイイールド債スプレッドが急拡大しているか
- シカゴ連銀金融環境指数がプラスへ上昇したか
- 銀行の融資基準が厳しくなっているか
- 企業倒産とローン延滞が増加しているか
- プライベートクレジットや不動産ファンドで解約が増えているか
2026年9月時点では、GDPはプラス成長を維持し、失業率は4.1%です。ハイイールド債スプレッドも低く、銀行の資本と流動性は全体として強い状態です。
そのため、このシナリオがすでに始まっているとは判断できません。
ただし、高金利の影響は時間差を伴って表れます。企業利益、雇用、信用市場が同時に悪化し始めた場合は、単なる株価調整ではなく、景気後退を伴う弱気相場へ進む可能性があります。
9-4.銀行危機と政策失敗が重なるケース
四つ目は、銀行や大手金融機関の経営不安が連鎖し、信用市場が停止するケースです。
想定する下落幅は、米国株全体で60%以上です。ただし、これは発生頻度が極めて低い危機的なシナリオであり、2026年9月時点のデータが、この状態を示しているわけではありません。
このケースでは、景気後退と企業利益の悪化だけでなく、金融システムそのものが資金を供給できなくなります。
きっかけは、銀行だけとは限りません。
プライベートクレジット、ヘッジファンド、商業用不動産ファンド、保険会社、マネー・マーケット・ファンドなどで大きな損失や資金流出が発生する可能性もあります。
高いレバレッジを抱えた金融機関やファンドに追加担保が求められると、現金を確保するために国債、株式、社債などを一斉に売却します。
資産価格が急落すると、別の金融機関にも追加担保が求められ、新たな強制売却が発生します。
銀行では、預金者が経営不安を感じると、オンラインバンキングを通じて短時間で資金を移動させる可能性があります。預金流出に対応するため、銀行が含み損を抱えた債券を売却すると、実際の損失が発生します。
複数の金融機関で同じ動きが起きれば、銀行間取引、短期資金市場、社債市場などが機能しにくくなります。
このとき、政府やFRBの対応が遅れたり、支援の対象や範囲が不明確だったりすると、市場の不安がさらに拡大します。
インフレが高い状態も政策対応を難しくします。
金融危機が起きれば、FRBは利下げや資金供給によって市場を支える必要があります。しかし、インフレが目標を大幅に上回っている場合、大規模な金融緩和は物価上昇を再加速させる可能性があります。
政策対応が遅れ、銀行危機と信用収縮が長期化すると、企業倒産、失業、消費減少が連鎖します。さらに物価下落まで進めば、借金の実質負担が増え、1929年の大恐慌に近い債務デフレへ発展する可能性があります。
このシナリオでは、次のような変化が同時に現れます。
- 複数の銀行や大手金融機関に経営不安が広がる
- 預金やファンドから大規模な資金流出が発生する
- 国債や社債市場の流動性が急低下する
- 企業が短期資金を調達できなくなる
- FRBが緊急融資制度を相次いで導入する
- 信用スプレッドが急拡大する
- 失業率と企業倒産が急増する
- デフレと長期不況が進行する
現在は、FDICによる預金保険、FRBの緊急融資、銀行の自己資本・流動性規制、ストレステストなど、1929年当時には存在しなかった安全網があります。
銀行の資本と流動性も全体として強く、問題銀行の割合も通常期の範囲です。
そのため、60%以上の株価下落と大恐慌を現在の基本シナリオにする必要はありません。
ただし、金融危機は予想されていなかった場所から始まることがあります。銀行だけでなく、プライベートクレジット、ヘッジファンド、商業用不動産、非銀行金融機関の資金流出も確認する必要があります。
4つのシナリオを整理すると、次のようになります。
| シナリオ | 下落イメージ | 主な原因 | 2026年9月時点の 評価 |
|---|---|---|---|
| 株価評価の修正 | 10~15% | 高いPER・長期金利 | 十分に考えられる |
| AI期待の修正 | 20~35% | 利益予想・成長期待の低下 | 特に警戒が必要 |
| 景気後退と信用不安 | 35~55% | 失業・倒産・信用収縮 | 現時点では未確認 |
| 銀行危機と政策失敗 | 60%以上 | 金融システム停止・長期不況 | 現時点では可能性が低い |
下落幅は将来の予測値ではなく、それぞれの条件が重なった場合に考えられるシナリオです。
現在の経済、雇用、銀行、信用市場を見る限り、1929年大恐慌やリーマンショック級の金融危機がすでに始まっているとは判断できません。
現時点で現実的に警戒するべきなのは、高い株価評価と高金利による10~15%程度の調整、またはAIへの成長期待が修正されることによる20~35%程度の弱気相場です。
ただし、景気、雇用、信用市場が同時に悪化し始めた場合は、より深い下落シナリオへ移行する可能性があります。
10.米国株の暴落に投資家はどう備えるべきか
米国株の暴落に備える方法は、暴落する日を予測して株式をすべて売却することではありません。相場の転換点を正確に当て続けることは難しく、売却後に株価が上昇すれば、再び購入する判断も必要になります。重要なのは、株価が30%、40%と下落しても、生活や投資計画を崩さずに保有を続けられる資産配分を事前に作ることです。
10-1.暴落を予測して全売却しない
CAPEが歴史的に高く、米国株が割高に見えても、それだけで株式をすべて売却するのは危険です。
CAPEは長期的な株価評価を確認する指標であり、暴落する時期を予測する指標ではありません。割高な状態が数年間続き、その間に株価がさらに上昇する場合もあります。
すべての株式を売却した場合、次に判断しなければならないのが、いつ買い戻すかです。
株価が10%下落したときに買い戻すのか、20%まで待つのか、景気後退が終わってから買うのかを決める必要があります。
株価が下落すると、ニュースでは企業倒産、失業、金融不安などが連日報道されます。相場が最も割安になったときほど、投資家にとっては買いにくい心理状態になります。
反対に、売却後も株価が上昇を続ければ、「もう少し下がってから買い戻そう」と待っている間に、買い戻す機会を失う可能性があります。
暴落を予測して全売却する方法には、売却時期と買い戻し時期の両方を判断しなければならない難しさがあります。
米国株の割高感が気になる場合は、すべて売却するのではなく、次の方法で段階的にリスクを調整できます。
- 新規資金による株式購入を減らす
- 現金や債券への積立を増やす
- 大型成長株への集中を減らす
- 値上がりによって増えすぎた資産だけをリバランスする
- 一度に売買せず、複数回に分けて調整する
長期投資では、暴落を完全に避けることより、暴落時に投資を中断しなくて済む状態を作ることが重要です。
10-2.大型成長株への集中度を確認する
複数の投資信託やETFを保有していても、実際には同じ大型テクノロジー企業へ集中している場合があります。
例えば、FANG+、NASDAQ100、S&P500には、大型テクノロジー企業やAI関連企業が重複して含まれています。
商品名や指数が異なるため、複数の商品へ分散しているように見えます。しかし、上位構成銘柄を確認すると、同じ企業を複数の商品を通じて保有していることがあります。
S&P500は約500社で構成されていますが、時価総額の大きい企業ほど指数への影響が大きくなります。そのため、S&P500だけを保有していても、投資金額が500社へ均等に分散されているわけではありません。
NASDAQ100は金融企業を除くNASDAQ上場の大型企業で構成され、テクノロジー関連企業の比重が高くなります。
FANG+は、さらに少数の大型成長企業へ集中する指数です。構成銘柄数が少ないため、特定企業の決算やAIへの期待が変化したとき、S&P500より大きく上下する可能性があります。
集中度を確認するときは、商品名ではなく、次の内容を見る必要があります。
- 上位10銘柄が資産全体の何%を占めているか
- 同じ企業を複数の投資信託やETFで保有していないか
- テクノロジー、半導体、通信など特定業種に偏っていないか
- 米国以外の株式がどの程度含まれているか
- 為替ヘッジの有無
- 株価が30~50%下落した場合の損失額
例えば、S&P500、NASDAQ100、FANG+を同時に保有している場合、商品数は3つでも、実際には同じ大型テクノロジー企業への投資比率が高くなっている可能性があります。
重要なのは、投資信託やETFの本数ではなく、最終的にどの企業と資産へ、どれだけ投資しているかです。
大型成長株への集中が、自分の投資方針として意図したものであれば問題ありません。ただし、分散できていると思いながら、実際には同じ企業へ集中している状態は避ける必要があります。
10-3.生活資金と投資資金を分ける
暴落時に最も避けたいのが、生活費を確保するために、値下がりした株式を売却しなければならなくなることです。
企業や市場の将来性を信じていても、生活費、住宅費、医療費、税金などの支払いに現金が必要であれば、株価が安いときでも売却せざるを得ません。
そのため、投資を始める前に、生活に必要な資金と長期間使わない投資資金を分ける必要があります。
生活防衛資金として必要な金額は、収入、雇用形態、家族構成、住宅ローン、保険などによって異なります。
毎月の収入が安定している会社員と、月によって収入が変動する自営業者やフリーランスでは、必要な現金の金額も変わります。
生活防衛資金を決めるときは、次の支出を確認します。
- 毎月の生活費
- 住宅ローンや家賃
- 税金と社会保険料
- 医療費
- 自動車や住宅の修理費
- 数年以内に予定している旅行、教育、住宅購入など
- 収入が減少した場合に必要な期間
一般的な目安をそのまま当てはめるのではなく、自分の収入が途絶えた場合に、何か月生活できる現金が必要かを計算します。
1~3年以内に使う予定の資金は、株式市場へ投資しないことも重要です。使用時期が決まっている資金を株式へ投資すると、暴落時に損失を確定して引き出す可能性があります。
生活資金を確保できていれば、株価が下落しても、生活のために株式を売却する必要がありません。
暴落時に保有を続けられるかどうかは、投資知識だけでなく、手元資金の余裕によって決まります。
10-4.現金・債券・金を組み合わせる
暴落への備えでは、株式以外の資産を組み合わせる方法があります。
ただし、現金、債券、金は、それぞれ異なる役割と弱点を持っています。どのような危機でも必ず上昇する資産はありません。
現金
現金の役割は、生活費と買い増し余力を確保することです。
株価が下落しても現金の金額は減らないため、生活のために株式を売却する必要がありません。暴落時に割安になった株式を購入することもできます。
一方、現金には、インフレによって実質的な購買力が低下する弱点があります。長期間すべての資産を現金で保有すると、物価上昇によって買える商品やサービスが減る可能性があります。
債券
高格付け債券は、景気後退時の分散資産として利用できます。
景気が悪化してインフレが低下すると、中央銀行が利下げを行う可能性があります。市場金利が下がれば、すでに発行されている債券の価格は上昇しやすくなります。
一方、インフレが続き、金利がさらに上昇する場合は、債券価格も下落します。特に満期までの期間が長い債券ほど、金利変動による価格変動が大きくなります。
債券を保有すれば必ず安全なのではなく、信用力、残存期間、為替ヘッジの有無を確認する必要があります。
金
金は、インフレ、通貨価値への不安、地政学的な緊張に対する分散資産として利用されます。
株式や企業の利益とは異なる要因で価格が動くため、株式だけを保有する場合より資産全体の値動きを抑えられる可能性があります。
ただし、金は利息や配当を生みません。実質金利の上昇やドル高によって価格が下落する場合もあります。
金融危機の初期には、投資家が現金を確保するため、利益が出ている金まで売却することがあります。そのため、株価が下がれば必ず金が上がるわけではありません。
日本の投資家が為替ヘッジなしの金商品を保有する場合、円建ての価格は金そのものの価格とドル円の両方に影響されます。
金価格がドル建てで上昇しても、同時に円高が進めば、円建ての利益が小さくなる可能性があります。反対に、金価格が横ばいでも、円安によって円建て価格が上昇する場合があります。
株式
株式は短期的には大きく下落しますが、企業利益と経済成長を通じて、長期的な資産成長を期待できる資産です。
暴落が怖いから株式をすべて外すと、経済成長や株価回復の恩恵を受けられなくなります。
現金、債券、金を組み合わせる目的は、株式を保有しないことではありません。株価下落時にも株式を売却せず、長期投資を継続できるようにすることです。
各資産の役割は、次のように整理できます。
| 資産 | 主な役割 | 主な弱点 |
|---|---|---|
| 現金 | 生活資金・買い増し余力 | インフレで購買力が低下 |
| 債券 | 景気後退・利下げへの備え | 金利上昇で価格が下落 |
| 金 | インフレ・通貨・地政学リスクへの分散 | 利息がなく、短期的に下落する |
| 株式 | 長期的な企業利益と経済成長 | 暴落時の下落幅が大きい |
10-5.価格ではなく資産配分でリバランスする
暴落への備えとして、「株価が10%下がったら買う」「20%下がったら追加する」と決める方法があります。
ただし、株価の下落率だけで売買を判断すると、どこまで下がるか分からない相場で、資金を早く使い切る可能性があります。
そこで利用できるのが、資産配分を基準にしたリバランスです。
リバランスとは、株式、債券、金、現金などの比率が目標からずれたときに、元の配分へ戻すことです。
例えば、次の資産配分を決めていたとします。
| 資産 | 目標配分 |
|---|---|
| 株式 | 60% |
| 債券 | 20% |
| 金 | 10% |
| 現金 | 10% |
株価が大きく上昇し、株式の比率が70%まで増えた場合は、増えすぎた株式の一部を債券、金、現金へ移します。
反対に、株価暴落によって株式の比率が50%まで下がった場合は、債券や現金の一部を株式へ移し、60%へ戻します。
この方法では、相場の天井や底を予測する必要がありません。値上がりした資産を一部売り、値下がりした資産を買う行動を、決めたルールに沿って行えます。
リバランスの方法には、主に2つあります。
一つは、半年または1年ごとなど、決めた時期に資産配分を確認する定期型です。
もう一つは、目標配分から一定以上ずれた場合に調整する基準型です。
例えば、目標比率から5ポイント以上ずれたときにリバランスする方法があります。ただし、適切な幅は資産規模、売買手数料、税金、値動きの大きさによって異なります。
NISA口座では売却した商品の取得価格分の非課税保有限度額が翌年以降に再利用されますが、その年の年間投資枠が直ちに戻るわけではありません。課税口座では、利益確定によって税金が発生する場合があります。
そのため、すぐに売却して配分を戻すだけでなく、新しい積立資金を比率の低い資産へ回す方法もあります。
リバランスで重要なのは、相場が動いてから基準を考えないことです。
株価が暴落しているときは、「まだ下がるかもしれない」という不安が強くなります。株価が上昇しているときは、「もっと上がるかもしれない」と考え、増えすぎた株式を減らしにくくなります。
平常時に目標配分と調整基準を決めておけば、感情ではなくルールに沿って行動できます。
10-6.今後確認するべき指標
米国株の暴落が、通常の株価調整で終わるのか、景気後退や金融危機へ発展するのかを判断するには、株価以外の指標を確認する必要があります。
失業率
失業率が1か月だけ上昇したかではなく、数か月にわたって上昇しているかを確認します。
企業が継続的に採用を減らし、解雇を増やしている場合、個人消費と企業利益の悪化へつながる可能性があります。
サームルール
サームルールは、直近3か月の失業率平均が、過去12か月の最低値から0.5ポイント以上上昇すると、景気後退の始まりを示す可能性が高いとする指標です。
2026年8月時点ではマイナス0.07ポイントで、景気後退の基準を下回っています。
ただし、サームルールは将来を長期間予測する指標ではなく、雇用悪化が始まったことを確認する指標です。
ハイイールド債スプレッド
ハイイールド債スプレッドは、信用力の低い企業の社債と米国国債の利回り差です。
スプレッドが急拡大すると、投資家が企業の倒産や返済能力を警戒し、企業の資金調達が難しくなっていることを示します。
2026年9月18日時点の2.68%は低い水準ですが、今後も安全であることを保証するものではありません。水準だけでなく、短期間でどれだけ拡大したかを確認する必要があります。
シカゴ連銀金融環境指数
シカゴ連銀の全米金融環境指数は、金利、信用スプレッド、レバレッジなど多くの金融指標をまとめたものです。
ゼロを上回るほど過去の平均より金融環境が引き締まり、ゼロを下回るほど緩和的であることを示します。
2026年9月11日時点ではマイナス0.56で、金融環境が極端に引き締まっている状態ではありません。
銀行の預金流出
銀行から預金が急速に流出すると、銀行は現金を確保するため、保有資産を売却する必要があります。
債券に含み損がある場合、売却によって実際の損失が発生します。特に無保険預金の多い銀行で、短期間に預金が流出していないかを確認します。
FDIC問題銀行数
FDICの問題銀行リストは、財務や経営に重大な弱点がある銀行の数を示します。
2026年第2四半期の問題銀行は47行で、銀行全体の1.1%でした。これは通常期の範囲ですが、今後、問題銀行数と総資産が継続的に増えていないかを確認する必要があります。
企業利益予想
株価は現在の利益だけでなく、今後の利益予想によって動きます。
企業の決算が増益でも、将来の売上や利益見通しが引き下げられれば、株価は下落する可能性があります。
S&P500全体の利益予想が継続的に下方修正されているか、大型テクノロジー企業だけでなく幅広い業種へ悪化が広がっているかを確認します。
AI設備投資と収益のバランス
AI関連企業では、利用者数や売上だけでなく、設備投資に対してどれだけ利益とキャッシュフローを得ているかが重要です。
確認する項目は、次のとおりです。
- データセンターや半導体への設備投資額
- AI関連の売上
- 営業利益率
- 減価償却費
- フリーキャッシュフロー
- AIサービスの価格と利用量
設備投資が増えても、それ以上に売上と利益が増えていれば、投資を継続できます。
一方、設備投資だけが増え、利益率とフリーキャッシュフローが低下している場合は、AIへの成長期待が修正される可能性があります。
暴落への備えで最も重要なのは、暴落を正確に予測することではありません。
株価が大きく下落しても生活資金を確保でき、決めた資産配分と投資方針を維持できる状態を作ることです。
現在の米国株が割高に見えるからすべて売却するのではなく、自分の集中度、生活資金、資産配分、リバランス基準を確認することが、現実的な暴落対策になります。
11.まとめ
2026年の米国株には、歴史的に高い株価評価、5%前後の米10年国債利回り、FRBの目標を上回るインフレなど、株価調整につながる危険材料があります。
一方、米国経済はプラス成長を維持し、失業率の急上昇、銀行の連鎖破綻、信用市場の機能停止は確認されていません。
1929年の大恐慌、ITバブル、リーマンショックと現在を比較すると、重要なポイントは次の5つです。
- 2026年の米国株は歴史的に割高な水準にある
- 株価評価は1929年を上回り、ITバブルに近い
- ただし、銀行や信用市場はリーマンショック前とは異なる
- 現時点で最も警戒すべきなのはITバブル型の株価調整
- 暴落を予測するより、暴落しても継続できる資産配分が重要
2026年9月1日時点のCAPEは約40.6倍です。1929年9月の約32.6倍を上回り、ITバブル末期だった2000年3月の約43.2倍に近い水準です。
現在の米国株には、企業の利益が今後も大きく成長するという期待が、すでにかなり織り込まれています。企業利益が市場予想に届かなかったり、長期金利がさらに上昇したりすれば、PERの低下によって株価が調整する可能性があります。
特に注意が必要なのが、AI関連の大型テクノロジー企業です。
現在の主要AI関連企業は、ITバブル期の赤字企業とは異なり、すでに大きな売上、利益、キャッシュフローを持っています。しかし、優良企業であっても、将来の成長を株価に織り込みすぎていれば、利益予想の下方修正によって大きく下落する可能性があります。
この点では、現在の米国株は1929年大恐慌やリーマンショックよりも、ITバブル型の高い株価評価に、高金利とインフレの問題が加わった状態に近いと考えられます。
ただし、現時点で金融危機が始まっているとは判断できません。
米国の実質GDPはプラス成長を維持し、2026年8月の失業率は4.1%です。銀行の資本と流動性も全体として強く、FDICの問題銀行比率は通常期の範囲にあります。
ハイイールド債スプレッドも低く、企業が信用市場から資金を調達できなくなっている状態ではありません。
そのため、現在の基本的なリスクは、1929年型の大恐慌や2008年型の金融危機ではなく、高い株価評価が修正されることによる株価調整です。
一方、今後、失業率の上昇、企業利益の下方修正、信用スプレッドの拡大、銀行からの預金流出などが同時に進めば、株価下落が景気後退や金融危機へ発展する可能性があります。
投資家にできることは、暴落する日を予測して米国株をすべて売却することではありません。
生活資金と投資資金を分け、大型成長株への集中度を確認し、現金、債券、金などを組み合わせます。さらに、あらかじめ決めた資産配分から大きくずれたときにリバランスすることで、相場予測に依存せずリスクを管理できます。
暴落への最も現実的な備えは、暴落を避けることではなく、株価が大きく下落しても生活と投資を継続できる状態を作ることです。
2026年の米国株は安全とは言えませんが、すでに金融危機が始まっているわけでもありません。株価の高さだけで暴落を断定せず、雇用、企業利益、銀行、信用市場を合わせて判断する必要があります。